あさのかお
十話
「それでは2024年度、グッドマザー賞の授賞式を始めます。受賞者の皆さま、壇上へお上がりください!」
十一月下旬、都内某イベント会場。
司会者がにこやかな表情で宣言すると、今をときめくママ女優、ママモデル、ママアスリートらが壇上に並んだ。
パシャパシャ パシャパシャ!
大勢の報道陣がフラッシュをたく。芸能記者に、テレビの担当者。ネットメディアの担当者など。
毎年行われるグッドマザー賞授賞式は業界内からの注目度も高い。
「――それではまず、今年初受賞の蒼井七海さんのご紹介です。蒼井さんは女優としてご活躍されながら、一昨年に男の子をご出産されました。ブログで発信されている肩肘張らない育児日記が多くの女性から支持されています。蒼井さん、一言お願いいたします」
「みなさんこんにちは。蒼井七海です。このたびは栄誉ある賞をいただきありがとうございます。子育ては日々悩みの連続ですが、ブログに寄せられる励ましの言葉やアドバイスに助けられています。息子にとって良いママであり続けられるよう、引き続き頑張っていきます」
「――ありがとうございました。スクリーンに映像が流れます。ご覧ください」
会場のスクリーンにVTRが流れる。蒼井七海の育児と仕事の両立にスポットを当てた、心温まる内容だった。
映像が終わるとグッドマザー協会の会長からトロフィーが授与された。
そのようにして四人のママが表彰される。最後は二年連続受賞となる人気女子アナ・望月あす香だった。
あす香は控えめな笑顔を浮かべながらも、しっかりとした足どりでマイクの前に立つ。
「二年連続受賞ということで大変光栄なことだと思っています。育児は楽しくやりがいのあることですが、一方でとても大変なことだと日々実感しています。理解ある夫とサポートしてくれている会社にこの場を借りて感謝します」
聖女のような微笑みに会場の男性記者らは薄く頬を染める。小瀬田廉・望月あす香夫妻はおしどり夫婦でも有名で、小瀬田廉はいい嫁を見つけたなあ、羨ましいなあというのが全国民男性の総意のようなものだった。
「では望月さんの紹介VTRが流れます。スクリーンをご覧ください」
会場の視線がスクリーンに向けられる。あす香は満面の笑みでそれを見守っていたが――。
『あっ……旺介くん……そこっ……!』
映し出されたのは育児のVTRではなく、小さな露天風呂のなかで情交に耽る男女の姿だった。
会場はしんとして静まり返る。あられもない声が響き渡っていた。
数秒すると映像は切り替わる。自宅マンションのリビングで、泣いている愛梨を放置してあす香はマニキュアを塗っていた。
『ままぁ〜! きょうはあいりとあそぶって、やくそくしたじゃん!』
『うるさいわね。別の日にして。一人で遊んでなさい』
『このまえもそういった! でもままあそんでくれない! ままあいぼうじゃない!』
『……っ。ねえ高橋さん。早く愛梨を連れて行って。きちんとしつけしてくれないなら、あなたもクビにするわよ』
『やだっ! ままぁ! ままぁー! うわぁぁ〜ん!!』
困り顔のシッターに愛梨が連れて行かれると、あす香は塗りたての爪を眺めながら悪態をついた。
『……ああやだ。子供なんて煩いだけね。見栄えが良いから産んでみたけど、ストレスばっかり』
「な、なによこれ……っ!? ちょっと誰か……!」
マズイと思ったあす香が声を荒らげると、司会の女性も我を取り戻す。
「あ、えーと……、少し映像が乱れておりますね……。スタッフさん、すぐに確認して頂いてよろしいでしょうか……?」
スタッフがバタバタと動き、映像はすぐに打ち切られた。
しかし会場の誰もが気がついてしまっていた。映像に映っていた女性は望月あす香で、関係相手は小瀬田廉ではない別の男性だということに。そして望月あす香は子供をネグレクトをしていたということに。
芸能記者を中心にザワッと大きなどよめきが上がる。
「なあ……これスクープじゃないか?」「望月アナが不倫……? 相手はおうすけって聞こえたが……」「あの映像はどこで手に入る!? 大至急裏をとれ!」
国民的アナが不倫となれば大スクープだ。もはやグッドマザー賞などどうでも良くなった記者たちは勝手な行動を始める。
「お静かに! まだ授賞式は終わっておりません!」
司会者が懸命に叫ぶものの、もはや騒ぎは収集困難になっていた。あす香は押し寄せる記者を避けるようにして、壇上から舞台袖に走り去った。
(なによこれ!? あの女ねの仕業ね!? よくもこんな舞台で恥をかかせてくれたわね……ッッ!)
あす香は真っ赤な爪を噛んで顔を歪める。
その様子を、夏海は物陰から愉快そうに眺めるのだった。
十一月下旬、都内某イベント会場。
司会者がにこやかな表情で宣言すると、今をときめくママ女優、ママモデル、ママアスリートらが壇上に並んだ。
パシャパシャ パシャパシャ!
大勢の報道陣がフラッシュをたく。芸能記者に、テレビの担当者。ネットメディアの担当者など。
毎年行われるグッドマザー賞授賞式は業界内からの注目度も高い。
「――それではまず、今年初受賞の蒼井七海さんのご紹介です。蒼井さんは女優としてご活躍されながら、一昨年に男の子をご出産されました。ブログで発信されている肩肘張らない育児日記が多くの女性から支持されています。蒼井さん、一言お願いいたします」
「みなさんこんにちは。蒼井七海です。このたびは栄誉ある賞をいただきありがとうございます。子育ては日々悩みの連続ですが、ブログに寄せられる励ましの言葉やアドバイスに助けられています。息子にとって良いママであり続けられるよう、引き続き頑張っていきます」
「――ありがとうございました。スクリーンに映像が流れます。ご覧ください」
会場のスクリーンにVTRが流れる。蒼井七海の育児と仕事の両立にスポットを当てた、心温まる内容だった。
映像が終わるとグッドマザー協会の会長からトロフィーが授与された。
そのようにして四人のママが表彰される。最後は二年連続受賞となる人気女子アナ・望月あす香だった。
あす香は控えめな笑顔を浮かべながらも、しっかりとした足どりでマイクの前に立つ。
「二年連続受賞ということで大変光栄なことだと思っています。育児は楽しくやりがいのあることですが、一方でとても大変なことだと日々実感しています。理解ある夫とサポートしてくれている会社にこの場を借りて感謝します」
聖女のような微笑みに会場の男性記者らは薄く頬を染める。小瀬田廉・望月あす香夫妻はおしどり夫婦でも有名で、小瀬田廉はいい嫁を見つけたなあ、羨ましいなあというのが全国民男性の総意のようなものだった。
「では望月さんの紹介VTRが流れます。スクリーンをご覧ください」
会場の視線がスクリーンに向けられる。あす香は満面の笑みでそれを見守っていたが――。
『あっ……旺介くん……そこっ……!』
映し出されたのは育児のVTRではなく、小さな露天風呂のなかで情交に耽る男女の姿だった。
会場はしんとして静まり返る。あられもない声が響き渡っていた。
数秒すると映像は切り替わる。自宅マンションのリビングで、泣いている愛梨を放置してあす香はマニキュアを塗っていた。
『ままぁ〜! きょうはあいりとあそぶって、やくそくしたじゃん!』
『うるさいわね。別の日にして。一人で遊んでなさい』
『このまえもそういった! でもままあそんでくれない! ままあいぼうじゃない!』
『……っ。ねえ高橋さん。早く愛梨を連れて行って。きちんとしつけしてくれないなら、あなたもクビにするわよ』
『やだっ! ままぁ! ままぁー! うわぁぁ〜ん!!』
困り顔のシッターに愛梨が連れて行かれると、あす香は塗りたての爪を眺めながら悪態をついた。
『……ああやだ。子供なんて煩いだけね。見栄えが良いから産んでみたけど、ストレスばっかり』
「な、なによこれ……っ!? ちょっと誰か……!」
マズイと思ったあす香が声を荒らげると、司会の女性も我を取り戻す。
「あ、えーと……、少し映像が乱れておりますね……。スタッフさん、すぐに確認して頂いてよろしいでしょうか……?」
スタッフがバタバタと動き、映像はすぐに打ち切られた。
しかし会場の誰もが気がついてしまっていた。映像に映っていた女性は望月あす香で、関係相手は小瀬田廉ではない別の男性だということに。そして望月あす香は子供をネグレクトをしていたということに。
芸能記者を中心にザワッと大きなどよめきが上がる。
「なあ……これスクープじゃないか?」「望月アナが不倫……? 相手はおうすけって聞こえたが……」「あの映像はどこで手に入る!? 大至急裏をとれ!」
国民的アナが不倫となれば大スクープだ。もはやグッドマザー賞などどうでも良くなった記者たちは勝手な行動を始める。
「お静かに! まだ授賞式は終わっておりません!」
司会者が懸命に叫ぶものの、もはや騒ぎは収集困難になっていた。あす香は押し寄せる記者を避けるようにして、壇上から舞台袖に走り去った。
(なによこれ!? あの女ねの仕業ね!? よくもこんな舞台で恥をかかせてくれたわね……ッッ!)
あす香は真っ赤な爪を噛んで顔を歪める。
その様子を、夏海は物陰から愉快そうに眺めるのだった。
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