あさのかお

優月アカネ@note創作大賞受賞

九話

九月二十日 箱根
二十五日 自宅
十月三日 ホテル
十二日 六本木のクラブ




あす香の不倫記録をまとめる凛子はため息を付いた。

「よくもまあこんなに……」

いただきママのアカウントを監視して行動を把握したり、マンションを出入りする望月あす香の後をつけたりして不倫の証拠をおさえていく。ここ数週間はそんなことをして過ごしていた。
凛子が住むゲストルームのテーブルの上には、不倫の証拠写真や回収した録画機材が並んでいる。
呆れている凛子とは対照的に、隣に座る夏海は肌ツヤが良く嬉しそうだ。

「いやー、まさかいただきママが我が社の看板アナ・望月あす香だったなんて! 探偵みたいで毎日が楽しいよ!」
「……そんなに面白い?」
「もちろん! あっいや、凛子と小瀬田さんには気の毒なことだって心から思ってるけど、結局あたしは野次馬みたいなもんだからさ。復讐劇の仲間に入れてもらえてわくわくしてるってわけ!」
「ほんとに? わたしの同期は薄情者なんじゃないの?」

凛子はわざと顔をしかめてみせるが、夏海が「ごめん、ごめんて」と謝るとぷっと吹き出して相好を崩す。

「でも助かってる。イベント班の夏海ならわたしより自由に動けるし。この間も箱根まで行ってくれてさ……」
「フッ軽だけが取り柄みたいなもんだからね! ちょうど翌日は休みだったし、あの二人のイチャイチャ動画を録った後はあたしもしっぽり温泉楽しませてもらいやした」
「夏海はこの業界より刑事のほうが向いてるんじゃない?」
「いやいや、それはない! あたしが興味あるのは事件じゃなくてスキャンダルだからさー! それにしても何人男がいるのって感じだけどねー」

夏海の言う通り、あす香が関係を持っているのは旺介だけではなかった。把握しているだけでも他に二人いる。
いずれも各界の大物で、立場的にうかつに秘密を漏らすような相手ではない。一応、そのあたりはあす香も気をつけていることがうかがい知れる。
証拠の整理が終わって雑談していると、ピンポーンとチャイムが鳴る。モニターを確認し、凛子が玄関を開ける。

「――ごめん、撮影で遅れた」
「りんこおねーさん、こんにちは! あいぼうがきたぞう!」

廉と愛梨だった。凛子は愛梨とコツンと拳を突き合わせて相棒の挨拶をした後、廉に向き直る。

「いらっしゃい! 今、夏海と証拠の整理をしていたところです」
「なつみおねーさんもいるの!? わーっ! あそぼー!」
「フフフ、いいだろう。四歳の若造にあたしが倒せるかな?」

夏海と愛梨は相性がいいようで、さっそく絨毯の上を転げまわって遊び始めた。

「ふふふ。愛梨ちゃん、今日も元気いっぱいですね」
「助かってる。二人と会うようになってから、愛梨もすごく楽しそうなんだ」

二人が遊んでいるうちにと、凛子は取りまとめた証拠資料を廉の前に並べる。

「写真も動画も山ほどあるので、さすがに言い逃れはできないかと」
「ありがとう。ほとんど動けてなくて申し訳ない」
「愛梨ちゃんのお世話があるんです。そちらを優先するのは当然ですよ」

凛子が安心させるように微笑むと、廉はほっと肩の力を抜いた。

「……だからというわけではないけど、凛子さんの旦那への復讐は俺にさせてほしい」
「えっ。小瀬田さんが旺ちゃんに?」
「ああ。あす香は言うまでもないけど、旺介くんも相当ひどいことをしているでしょ。同じ男として許せないから、ここは俺に任せてほしい」

廉のまっすぐな眼差しに、凛子は目の奥が熱くなる。
自分のことを心配してくれているのだと、痛いほどに彼の気持ちが伝わってきた。
気を抜いたら涙が溢れそうだったが、すべてが終わるまではもう泣かないと凛子は決めていた。

「……ありがとうございます。正直、旺ちゃんのことは後回しになってました。お言葉に甘えてお願いしてもいいですか?」
「もちろん」

会話が途切れてもなお、廉は凛子を見つめていた。
会う回数を重ねるごとに、廉からの視線に含まれる意味が増しているような気がしている。
でも、それを指摘したり、自分の中で考えを深めることはしてはならないと、凛子は必死に自制していた。
凛子は気恥ずかしさを誤魔化すように、机の上の証拠資料に目を落とす。

「あっ、そうだ。いつ断罪を決行するかお伝えしてませんでしたよね」
「もう決まっているの? いつ?」
「さっき夏海と相談して、この日しかないという舞台があったんです」

凛子はニヤリと口角を上げた。

「グッドマザー賞の授賞式です」

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