ほっとけないよ?

清水レモン

恋愛小説ってこういうもの

 「驚いた」
 おれは思わず声にしてしまった。
 ほんとうは絶叫したいくらいだが、きわめて落ち着いているのが自分でも不思議。
 いままで考えたことなかった。まったく意識していない。
 
 『おれは誰に読んで欲しくて詞を書いているんだ』

 眩暈くらくらする。
 なんだか、ひとりでヘッドホンつけて大音量で音楽を流したい気分になった。

 『こんなの目の前にいる彼女に勘づかれたくないけどな』

 「おどろいたってなんに」
 こともなさげに彼女がつぶやく。
 
 「うん」

 「小説は書かないの? えーと、歌詞だけしか」

 「そういうの意識したことなかったよ」
 おれは正直に言う。

 「作家になりたいって言ったら小説を書くんだと思ってたわ、みんな」

 「小説とは限らないよ。エッセイとか人気あるし」

 「私は恋愛小説なら読みたいって思うけど、ちょっと残念に思うことも多いからなあ」

 「どう残念なんだ」

 「そりゃもう、なんでそこまで、どうしてそこで。って物足りない」

 よくわからなかった。
 でも、よくわからないと言うのは違う気がしたので黙っている。
 
 お待たせいたしました。
 ウェイトレスが飲み物を運んできてくれる。
 「コーヒーのお客さま」
 「はい」返事だけした。
 どうぞ、カチャリとスプーンの音が受け皿で。
 『あ。言い忘れた、おれ砂糖いらないからスプーンも』と思ったが、そのまま。
 「紅茶のお客さま」
 「はい」エリカが答えながらちょこんと手をあげ気味に、ちょこん。
 「お好みでおいれください」
 なにかがテーブルに置かれる。
 おそらく砂糖、ミルク、あとは。
 「ごゆっくりどうぞ」
 ウェイトレスが戻っていく。

 「それ、なんだい」おれはく。
 
 「たぶんレモン」エリカが答える。

 「本物のレモンじゃないんだね」

 「そういえばレモンにするかミルクにするかって」
 彼女が言いながらミルクを入れた。
 「私、かれたっけ。答えた?」

 さあ。
 
 覚えていない、っていうより思い出せなかった。

 おれはなにもいれずに、ひとくち。

 「あちっ」

 「いれないの? なにも」

 「ブラックが好き」

 「大人だね」

 「嫌味かよ」

 「え? どういう解釈ですかそれ」

 「っと失礼、つい。ついね、なんかよく言われるんだよ無理してる~とか」

 「好みの問題でしょう」

 「そうだよそうだよホントそうだよ、好みの問題。おれは苦いのが好きなだけ」

 「苦いのが好き? めずらしいね」

 「そうかな。グレープフルーツも好きだよ」

 「ちょっとわかる」

 「苦いって意味ならチョコもだけどな」

 「チョコ好きなんだー?」

 「ああ」

 「変わってるね?」

 そりゃどうも。

 「って言われない?」

 「言われないかな」おれは正直に答える「でもまあ変わってるといえば変わってる、それは事実かもだけどな!」

 「私、よく言われる。変わってるねって」

 「へえ。どういうことで?」

 「友だちの小説、読むでしょ」

 「うん」

 「感想を聞かれるの。どうだったって」

 「うん?」

 「でね?」彼女は一瞬の沈黙のあと「正直に言うよ。するとさ」

 すると?

 ふー。っと紅茶に息を吹きかけた。自分のコーヒーの香りにオレンジ色の香りが混ざってくるのがわかった。

 「言われるの『エリカって変わってるよね』って」

 「感想なんて、ひとそれぞれだし、もともとどういう反応しようと勝手だと思うけど。
  けっこうありがたがられてるんじゃなかったっけ」
 
 「うん。感想することそのものは歓迎されてるかな。
  私ちゃんと書いて欲しいのよ、できるだけ。ごまかさないでほしいの」

 「ああ…曖昧あいまいにされたくない感じ? かな」

 「うん。いちばんだいじなトコなんだから切らないでって思う。
  そう言うと『エリカは変態さんだからなあ』まで言われちゃう」

 「ずいぶんだなあ」

 「でしょお? でしょお? でしょ?」

 「あんまりだ」

 「ね」

 「うん」

 「わたしは見たいだけなの、どんなふうに愛されるのかなってとこを」

 うん?

 「そしたら、えっちだの好色女エロむすめだの言われて。あげくは変態ですよ」

 「ぬ゛!?」
 くちのなかのコーヒー飲み込んでおいてよかった。

 「はあーっ」

 おおきな吐息が似合ってる。ちょっとやけくそ気味な表情すらしているように見えた。

 「どう思いますか!?」

 じっと見つめられた。
 なんて攻撃的な視線なんだそれ。

 おれは即答する。なにも考えずに。
 「恋愛小説って、どういうの?」

 「どういうの?」

 「うん。ごめんな、おれ恋愛小説のことよくわかってなくて」

 「恋愛小説ってこういうものよ?」

 だからそれがわからなくてな。
 どういうの?
 声に出さずに心で問いかけた。すると、

 「好きになって、愛されたくて、相手からも好かれたんなら愛し合えて。

  愛し合っているなら愛し合うでしょ?

  それだけよ」

 おれは想像した。脳内でエリカが服を。

 

 

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