ほっとけないよ?

清水レモン

僕はどうかしてる

 「喫茶店」
 と彼女が言った。

 『うん』
 メニューの看板が路面に出ているのが見える。
 この喫茶店の存在は知っていた。神社から駅へ向かうとき、ここだけ雰囲気が違うから。なつかしいようで、いつも新装開店したばかりのような光沢感。ガラスぴかぴか。
 そして、
 『つい見ちゃうんだよな』
 と大きく長く広々としたガラス窓を見る。
 あまりにも美しくて、適度なディストーション効果で、自分の姿ぼんやり映っている。
 『ここのガラスに映る自分おれは』
 こういうのも『見惚みとれる』というのだろうか?
 『カッコいいな』
 思わず本当に見惚みとれてしまう。
 おまけに目をらしてしまうから、すぐにガラスを透過すかして店内が見える。店内の様子ぼんやり見えて、自分の姿を見失う。
 『ほんの一瞬もしくは目を細めて、それとなく自然に見るときだけ』
 意識せずに見るときだけ、すごくよく自分の姿が見える。
 ぼんやり映っているだけだけど、でもそれがすごく、

 「好きだ」
 思わず、おれは声に出してしまった。

 「!」
 
 『あ!』
 自分の声が出てしまったことに気づいたのと同時に、彼女と目が合った。
 ガラスに映る、ぼんやりと映っている彼女と。

 「…」

 もれなく時間は静止。
 いまのタイミング的に、どうなんだろう。
 へんに誤解されたりしてないだろうか。
 意味不明ひとりごとつぶやく気色悪キショヤローと思われたんじゃ。

 「うん。ちょっと寄っていきませんか」
 おれは精一杯なにもなかったような雰囲気をイメージしながら誘った。

 「…」
 彼女の視線が泳ぐ。わかる。すっごく、わかる。
 
 『とまどってる、というよりおびえてる感じだ。まいったな、こりゃ』
 こうなってしまったからには、しかたない。
 こっちにも面子メンツがある。あるのか?
 このままでは妙な評判の原因もとになりかねない。噂の花が咲く前に、胞子の段階で除去しておかなくちゃ。
 
 「あらためて自己紹介お互いの、ということでなにかごちそうさせてください」

 「そう、ですね?」
 あいかわらず視線は泳いでいたが、ふっ、となにかを決意したのか、
 「いただきます」
 と水平方向に射出された視線を飛ばしてきた。
 
 バッチリ目が合う。まぎれもなく、リアルに。裸の視線が交差した。

 『!!』
 なんだかやたらと目がキレイなんですけどっ!
 と、たじろぎそうになるのを必死こいてグッと、足を踏ん張ってこらえた。

 「ありがとう、ございます」

 おれは言う。わけもわからない状態になりそうだ。卒倒しそう。一瞬、喫茶店の屋根が見えた。ヤバイおれの視線が泳ぎはじめている。

 「…」
 彼女の視線は足元への傾斜光線になり、視線が戻るとき自然に会釈みたいに感じられた。
 
 『嫌悪いやがられてるって感じじゃないよな。で、いいんだよな? なあ』
 と自問自答と同時に、
 
 「では!」

 自己おのれの緊張を払拭するため、ちょっとだけスピード感つけて喫茶店の扉前ゲートに一歩。
 
 「っと失礼します」 
 おれは彼女の手をとった。というより触れた勢いで軽くつかんだ。

 『ほっそ!!?』
 と、おれは軽く動揺する。
 『えっ。これ、このままつかんじゃってていい? いや、なんか折っちゃいそう』
 
 (コワイ)

 ヤバイな、勢いでつかんだら折っちゃいそうに思えた。瞬間あわてて手から力を抜く。かろうじてバキッとさせずに済んだ、と思う。思うけど。

 『力加減まじむず
 おののいた。

 さりげなくチラリ彼女の顔色うかがうけど、嫌悪も拒絶も感じられなかった。おれが自分に都合よく解釈しているだけかもしれないが。
 まあ、いい。
 やってしまったものは、しかたないだろ。
 一秒がこんなに長く感じられるなんて。

 右手で彼女の手をとり、左手で扉を押す。
 見た目すごく重厚なのに、扉はスーッと宙を滑る。

 ちりーん。

 「…」
 おれは振り向かずに、さらに一歩。
 今度は意識的に自分の手から力を抜いている。おれが歩くと、うっすらとつながった手と手というか、おれの指先と彼女の手首、流れるように自然についてくるのがわかる。
 一体感、それも弱々しいほどの。
 いつ離れてもおかしくないほどの。
 そう思った次の瞬間するり、おれの指先から彼女の手首が滑っていく。

 『っと!』
 ここで離したら夢か現実かわからなくなりそうだったから、つい。
 ぎゅっ。
 抜いていた力を戻した、するとおれの指先は彼女の手首から手のひらのほう、何本かの指をさぐりあて、ちょうといいところでピタッとつかんだ。
 つかんだ、というより引っ掛かったみたいに。

 ちょっとだけ立ち止まる。
 静かだと思った店内だが、みるみるうちにBGMハッキリ聞き取れるようになっていく。
 いらっしゃいませ、と女性の声。奥のほうから。距離感からすると、すぐに目の前に現れることはないだろう。おれは歩き出す。

 !

 想像以上。
 広かった。奥まで長くて深い、洞窟のよう。いや、陽射しが眩しいから洞窟じゃないな。なんだろう、ていうかこれが喫茶店なんだろう。ここ喫茶店だし。喫茶店だよな。
 
 あってるよな? 喫茶店で。

 一瞬なにか間違えて、はいってしまったのかと。
 思うよりも早く現実が目に飛び込み、状況を把握する脳がいささか遅い。無意識に体に力がはいってのだろうか、ふにゅ。と感触がする。なんだろう、いや、いまそれどころじゃない。それどころじゃないんだよ。
 
 『座っていいのかな』
 おれは歩き続ける。 
 『適当に選んでいい、ものなのかな』
 おれは迷う、と同時に、

 「どうぞ」
 と彼女、いつのまにか隣ピッタリくっついている彼女に言う、
 「おかけください」

 彼女おれを見て見ぬふりのような視線でテーブル一瞬だけ見おろして、
 「つっ」

 『うん?』

 「つっ」
 と言いかけて言いたそうなまま、革ソファー席ちょこん。
 するり、とおれの手から彼女の手が抜ける。
 腰をおろすときスカートこすれる音がした。
 カバンを向こうに置くと両手で腰からおしり太ももへ、とスカートをととのえるような手つき。その仕草が美しくてまた見惚みとれそうになったので、
 
 「失礼」
 おれは向かい側に座った。
 
 いらっしゃいませ。
 お決まりになりましたらどうぞ。
 ウェイトレスはテーブルの上にあった呼び鈴を指す。
 おれは「ありがとうこざいます」とだけ言って、窓辺に建てられていたメニューを手繰たぐり寄せた。

 「コーヒー飲みますか。紅茶がいいですか」
 メニューを見ているのにメニューを解読できなくて、思わず質問してしまった。
 
 「紅茶お願いします」
 彼女はよどみなく応えてくれた。

 『へえ。あっさり決めてしまうんだ。喫茶店こういうところ、慣れてるのか』
 と思った。
 じゃあ、おれは。

 手を。思わず手を挙げて『すみません』と言いそうになるのを打ち消してタッチ。

 店内とても奥深く森の彼方の調理場みたいな距離感で、

 ぴんぽぉ~

 呼び鈴が鳴り響いた。大きくないが小さすぎず、適度に存在感を主張する音色。と同時に、さっきとは別の感覚でBGMが聞き取りやすくなり、歌が聴こえた。

 僕はどうかしてる~

 誰だよ誰のなんて歌だよ、と思ったのと同時に、
 『まあ確かに、いまのおれのことみたいだな、まるで』
 と思った。
 思ったのと同時に向かい合う彼女と目が合って、

 「そういえばさ」
 おれは話し出す。
 話題とか、なんにも考えてない。なにも思いつかない。勝手に口が、しゃべりはじめた。

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