ほっとけないよ?

清水レモン

発車のベルが鳴る

 「くっ」

 とても小さく、だが明確に存在を主張しながら声と波動がおれに届く。
 いま抱き寄せている彼女から。
 苦しそうだな。苦しいのかな。
 乗り込むとき『さっきより余裕スペースがある』ってどうして思ったんだろう。
 グッとむりやり乗ったようなものだ、さっきより余裕がない。
 車内の超絶な満員ぶりは悲壮そのもので、なんならシートに座っているひとたちの空間が妬ましい。
 いや待て。
 
 『もし、おれがあそこに座っていたとしたら』

 いつ崩れ倒れこんでくるかわからない人たちを前に、平然と自然に座り続けるというのか。それにしても座っているひとたち、目を閉じている率が高め。眠っているのか。
 立っている身としては密着指数がさらに高まり、じわじわと汗ばんできそうな気配すら感じる。おそろしい、外の空気あんなに冷たくてマフラー巻いてきてるのに。
 
 くっ。

 「く?」
 
 質問したわけではない。おれが言うと、胸に顔を埋めるような態勢でいる彼女の頭が上下した。さらに上下。
 
 おっと、いけない。苦しそうだな。
 大丈夫だろうか、
 「もう少し」の辛抱だよ。
 「あとちょっと」で次の駅。

 いや。
 待て。
 あれ?

 次の駅は反対側の乗降口がひらく。
 ところで彼女はどの駅で降りるんだろう、か。
 疑問を解決する手段がないまま電車のスピードゆっくりになっていく。
 
 ぶんぶん。
 それとも、うんうん?
 無言で上下される頭、そのたびに香るなにか。
 おれは言う、

 「大丈夫だよ、もうすぐです」

 なにが?
 自分で自分に聞き返したくなったが容赦なく電車は停止モードに。
 プシュー。
 ドアがひらいた、誰も降りない。
 駅のホームには、少ないながらもひとの待つ姿。
 うごうご、あらためて上下される彼女の頭。

 『もしや』

 「すみません降ります」
 おれは少し気合を入れて言い放つ。

 想像以上に大声過ぎてしまい『しまった!?』と舌打ちしたくなった。
 すると、駅のホームで待っていたひとたちの動きが止まった、ような気がする。
 ひとり、誰かが降りた。降りたままホームで立つ。
 続いて別の人も。降りて、立つ。
 さらにまた誰か。
 まるで『ここで降りるよ』みたいな雰囲気で降りていくが、そのままホームで立っている。道をあけてくれるのか。
 「失礼します」
 さっきよりも声をおとして、おれは言った。
 
 いや待てよ。別にここで彼女が降りるとは限らないよな。
 まあ、なんならおれに抵抗して車内に残ろうとするだろ。
 そう思って、彼女に手をまわしたまま「すみませんすみません失礼します」と乗降口に向かってソロソロと進む。
 車内に狭いながらも道ができる。
 さらに少しでも広くしようとしてくれるかのように、おれと肩がふれそうなひとたちが半歩ほど奥へ奥へと。
 まるで通路、おれたちのためにできた。駅のホームが朝の陽射しに包まれている。

 ホームに立つ、車両から出たよ。
 おれたちが降りたとたん、黙ったままそろそろと車両に乗り込むひとたち。
 おれは振り返って「ありがとうございました」と言った。
 すると何人か目が合ったので軽く会釈する。
 そのとき。
 すーっと、おれの手から離れようとする彼女の息遣いを感じた。

 『あ、ここで降りるのか?』

 おれは「じゃ」と、ひとこと。
 肩越しに声かけて無意味に右手でピース。
 すーっと静かに歩き出した彼女チラリおれを見る。

 まばたき。
 
 『まばたき…それともそれウインク?』

 と思った瞬間。
 発車のベルが鳴り響く。

 おれは急いで電車にふたたび乗り込んだ。ドアが閉まる。

 なにげなく外を見ていると、もうかなり先まで歩いていた彼女の姿かなり小さく見える位置でチラリなんとなくだけど振り返ってこっちを見た?
 そんな気がした。




 ふと冷静に、いつもの自分を取り戻したとき、おれは教室。

 『あれれ? なんで。おれ学校に来てる? サボるんじゃなかったっけ』

 いつもの駅で降りて、いつものように通学路。遅くなったのはたしかだけれど、校門に番人がいなかったし、そのまま下駄箱に着いて廊下経由。
 いつもの教室に「一限目いちげんめ、自習だってよ」の声が飛び交っていた。

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