ほっとけないよ?

清水レモン

春なのに

 やばい、遅刻か!

 おれは瞬時の判断で走るのをやめた。
 
 『どのみち間に合うかどうかギリギリだし、汗かいて乗れば熱地獄だろうし』

 駅のホームにはまだいつもの電車は到着していない。
 だが、まもなく。
 あとちょっとで滑り込んでくるはずだ。

 『このまえも遅刻。今日も…となるとマジやばい。常習化するかも?』

 おれはのんきで楽天的だ、だがいちおう未来予測はする。
 リスク管理として、な。
 どんなに些細な事であっても、何回か続くうちに当然あたりまえになる。
 当然あたりまえが続いて普通いつもになれば、それが自然ナチュラルになるだろう。

 『堕落への一歩、にならなきゃいいけどな』

 おれは堕落する。そういう性質たちなんだ。いいわるいの問題じゃない。
 
 『変えたくても変えられないかもしれないけど、ならなくて済むならならずに済ましたい』

 だから努力する。
 努力しているし、努力してきた
 朝は目覚ましをセットしているが鳴り響く前に起きるようになってきてるし、そもそも早朝から余裕をもって行動している。
 
 それなのに!!!

 『なんでだろうなあ?…準備に時間かけすぎなのか』

 カバンなら前日の夜のうちに完璧な状態に整えてある。
 忘れ物?
 そんなの論外だ、あるわけない。
 問題あるとすれば身支度か。さすがに起きてからでないと着替えられない。
 起きてもすぐには着替えない。なんていうのかな、ごはん食べるときは私服でいたいんだよ。かといってパジャマのままはイヤだし。
 それに。
 
 おれは天気がよければ自転車でぐるりと走っていた。
 朝食前のランニングみたいな感覚で。

 『ジョギングは苦手だからな。自転車なら楽勝だ』

 自転車で走ったって運動にならないよ。そう言う人もいるけれど。
 いいんだよ、好きなんだから。結局いきつくところは、それ。

 好きなんだから。

 それに尽きる。

 改札口が見えてきたところで電車が滑り込んでくる気配がした。
 耳をすまさないと聞こえにくいが体に響いてくるものがある。
 
 『ま、あのまま走っていれば乗れたかもで間に合ったのかもしれないけど』

 おれはきわめてゆっくり歩くことにした。

 『このままだと次の発車時刻まで余裕で余裕がありすぎて、むしろ困る。
  どうしようかなあ。
  並んでおく?
  どうせ混むだろうし。
  けどヒマだよなあ。
  どのみち並ばなきゃだけど。
  ああもう、こんなにゆっくり歩いているのにもう改札が目の前じゃんか!』

 正直おれは満員電車が嫌いだ。
 なのにどうしてこんな毎日を過ごしているのか疑問でしかたがない。
 
 『学校、選ぶの間違えたかな?』

 と弱気になることもある。
 けど、できるだけ学校での楽しいこと嬉しいことを想像して自分の中にぽかんと浮かんできた疑問を打ち消す…
 
 でも、なんかあるっけ、あったっけ。
 楽しいこと、学校で。
 嬉しいこと、学校で?
 思わず真剣に記憶を辿るのだけれど、思い出そうとすればするほど思念は曇り脳内は陰となる。ないじゃん、なんにも。
 いや、あるか!?

 学校での楽しみ、それはまぎれもなく部活ぶかつだった。
 嬉しいこと、そうだなそうだよ部室ぶしつで仲間と過ごす時間があるじゃないか、あったじゃないか、そうだよそうだよ…な。
 そうだった、おれは引退したんだ。
 高校三年生、受験だし。
 正確には、二年生の秋に引退している。
 おいおい、もうすでに半年以上が経過しているじゃないか。

 『おれ、いまのペースにちっとも慣れてないってことだな』

 部室ぶしつは憩いの場であり仲間たちの溜まり場であり、どんなにだらけていても活気が充満しているスペースだ。
 することがなくて退屈な時でさえ、その退屈が面白くて面白すぎる。
 あいつの持ってきたヒット曲。
 あいつの持ってくる本。
 あいつが話す、ゆうべのドラマ。
 ときどきおれは提案する、『なあ今度あそこいってみないか。いってみようぜ』

 新聞部の仕事は学校新聞をつくること。
 部員は少ないが、部外者も遊びに来る。
 ときどき他校からの訪問もあって、基本なにかと忙しいし緊張も多い。
 でも結局なんていうのかヒマ。
 とにかくヒマ。
 そのヒマが嬉しくて、あれしようそれしようぜと話しているだけで終わることも少なくないけれど。
 
 『控えめに言って最高だった…な』

 引退しちゃってるんだよな、もう。
 部活ぶかつには顔を出していない。
 後輩の邪魔になりたくないからさ。
 でも忙しいときは手伝いにいく、かもしれない。かもしれないのは、まだそういう機会がないからだ。
 
 『いまは次の新しい部長と編集長の方針で活動しているわけだし』

 おっと、つい『次』とか『新しい』とか言ってしまうけど、もうすでに半年以上が経過しているんだぜ。
 まぎれもなく『今』のだよな。
 後輩たちが今の第一線なんだし。

 さみしいわけじゃない。
 つまんない、ってわけでも。

 ただなんとなく持て余しているんじゃないかと思う。
 
 さて。

 ああ、もう、っていうかまだこんな時刻。
 次の電車が来るまで何分あるんだ、余裕なんてもんじゃないよヒマすぎて眠っちゃうじゃんかよ。うわあ、じっとしていたくねえ。
 つい、体は駅のホームの定位置すなわち『いつも乗る場所』の列に加わっていた。
 
 『もうすでにこの人数か。次のも相当に混んでんだろうなあ』

 もはやためいきも出ない。
 なんだよなんだよ、なんなんだよ。こんな気分て。春なのに。

 と、そのとき。

 となりの列にセーラー服。ふわりと長い髪が揺れてるような。春ならではの冷たくも暖かい風そよ風なりそこないのサマーブリーズ。
 
 って、視線!

 思わず固まってしまう。目が合った。その瞬間なにやら時間が止まった。
 

 
 
 

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