受験戦争
いつもそこにある戦場
「世の中では『受験戦争』っていう言葉がありますね?
まあ、言いえて妙、なんですが。
けど。
戦争なんかじゃありません。
誰も死ぬなんてことがないし、武器を持つわけでもない。
ただひたすら勉学に励むだけです。
毎日、いえ必ずしも『毎日』ではないですが、日頃からという意味で。
生徒ひとりひとりが自分の学力や成績値を客観的に把握できるように工夫しながらやっています。
たとえば、ほら。
そちらの廊下に貼り出してあるのがテストの結果ランキングです。
できるできないとかではなく、テストがあった日その日の『現在ランキング』なんですよ。
スポーツの試合、その結果と同じです。
あくまでも試合結果。
毎週、変わります。
これをこうやって掲示することで、今の自分を知ることができる。
本当の実力かもしれないし、たまたまの結果かもしれない。
一喜一憂してもいいんですが、すぐに週末は次のテストです。
また結果が貼り出される。
むしろね、自分の成績があがったりさがったりするのを楽しんでほしい。
楽しんでいるうちに、勉強そのものが『嫌い』じゃなくなって、好きになれないとしても『取り組むべき課題』なんだと理解できるようになる。
そう理解できれば、テストでできなかったことは『次にクリアすべき課題』だと気づくことになります。
あくまでも課題なんです。
テストの点数が悪かったから駄目、とか短絡的に捉えてしまうのはよくないし、もったいない。
生徒さんみんなひとりひとり、いまが成長期です。
勉強を、教室で一緒に学ぶことを、楽しみながら成長していってほしいと考えています」
父と一緒に説明を受けている。
説明をしているのは、この塾の校長だ。
廊下に立っていると、うっすらと声がきこえてくる。
うっすらと、だがしかしハッキリとした口調なのが感じられる。
その片鱗だけでも熱さを感じ取ることができた。
「熱心そうですね?」と父がひとりごとのように聞いた。
「ええ。先生は、みな熱心で生徒思いのプロです。
生徒がわからないこと、つまづくところ、かんちがいしそうなこととかを、しっかりと丁寧に理解できるように教えています。
授業のあとの質問時間も確保できるようにしています。
学校では不可能な、勉強そのものに特化した教育環境だと自信をもっておすすめいたします」
「うわさは、かねがね。しかし実際に来て見ますと、いやあほんとうに!
すごいです。感服いたしました」
「もしよろしかったらお嬢さまも是非うちの教室でご一緒に学ばれてはいかかですか。
ちょうどいまは春期講習でして、ひとくぎりのタイミングです。
来月ーーーーーつまり来週からは、新学期のスタート。
それにあわせて、テキストもテストも基礎から学べるコースが始まります。
よかったらパンフレットこちらをお読みください」
塾の校長すなわち『塾長』から父に手渡されたパンフレットは、それはもうとてもとても分厚かった。
少なくとも、ゆかりには、
『分厚い。重そう』
だった。
家に戻ると、すでに弟が帰宅して食事をしていた。
家族みんなバラバラに夕食を摂っている。
(こんな・・・こんなにバラバラなのに、さみしいと感じない。すごい)
ただし、完璧にバラバラに孤立しているのではなく、それぞれが自分のタイミングで食事している感じ。
ゆかりは父と母と食べた。いや、母だけ先に、なにかつまみぐいされていた。
弟が食事しているとき母がそこにいる。なんなら、ゆかりと父もいる。
話をしたり、だまったり、すぐそこにそれぞれの体温と気配を感じることができる環境。
(家族みんなで一緒の食事もいいと思う。けど、それぞれのペースで食べられて、その結果バラバラにはちがいないけれど、すごくあったかい空気になってる)
ゆかりは弟の隣に座る。
母が「紅茶つくろうか~?」と訊くので「いただきます」と答える。
「お湯沸かすからちょっと待っててね~」
「はい!」
「私にもなんかくれよ」
「ほうじ茶でいいですか」
「うん。なんでもいいや」
「そんな、なんでもいいってことはないでしょうに。なんでもいいだなんて。ねえ」
母がゆかりに目を向ける。
(『おまえがいれてくれるお茶が最高だよ、たのむよ』みたいに言えばいいのにね?)
と、ゆかりは目で応じる。
母が『うんうん』とうなずいた。
すると、
「塾、おとうさんと見てきたんだって?」
と弟が言う。
「うん」
「駅前のだって?」
「そう。知ってる?」
もぐもぐしながら左手で『ちょっと待って』と制止するようなポーズ。もぐもぐもぐもぐ、もぐもぐ、ゴクリ。「うん。知ってる」
「あのなか、見たことは?」
「あるよ。ちよっと暗いよね」
(ん。暗い?)
「体験入学だったかな、冬の。すごくピリピリしてた」
「ひょっとして受験直前だからとかじゃない?
けど、あきらは受験生じゃないから別にそういうのとは関係なくない?」
「なくなくないよ、おおあり」
(ふーん。感想ひとそれぞれなのかあ)
「だってさあ?」
めずらしくゆかりを見て言う、
「ぼく、いきなり怒鳴りつけられたからね」
「え。初耳」
ゆかりがさっき見てきた塾の雰囲気、とくに校長先生は優しそうだったし、誰かが生徒を怒鳴りつけるような空気は微塵も感じられなかった。
「それは別のところ」と父が説明をする、
「あきらが体験入学を受けたのは駅前じゃなくて丘のほうにある教室だろ」
「同じ塾だよ」
「それはそうだが、別なものは別なんだよ」
「え。なにがどう別だっていうの?」
無言空間が誕生した。
ゆかりが「ええと」と言うと、
「ほら。みんな、早く飲まないと冷めちゃうんだからねっ。
さっさと、あったかいうちに飲む!
でないと、私ちっともかたつけらんないんだからねっ!」
「わかったわかったわかった。
わかったからそうせかすなよ。
ちょっとくらい、ゆっくり休ませてくれたっていいだろうに。
なあ、ゆかり?」
「うん」
「いきなり塾にいったりして疲れたろう」
「ううん、つかれてないよ。それよりありがとう」
「どうしていきなり見学にいったの?」と弟が質問すると、
「そうね、なんていうのかそのーーーー」
ゆかりは答えながら声を止めた。
言っていいのかどうか、ちょっと考えたほうがいいなと思ったからだ。
『勉強は嫌いじゃない。
けど、塾で勉強したいかと問われれば『そうでもない』かな。
私が今いちばんほしいのは、ズバリ『友だち』だから。
クラス替えがないタイミングで転校したのは正直きびしい。
けど、塾なら。
しかも塾の新学期のタイミングなら。
友だちになれる絶好のチャンスかもしれない』
ゆかりは心の中でだけ言った。
「いいけど別に。ただ、気をつけてね? ゆかりちゃん」
「えっ!?」
ゆかりは驚いた。
なぜなら、あきらが初めて姉を『なまえ』で呼んだからだ。
(いまなんてった。『ゆかりちゃん』!? って言ったよね、言ったよねっ!!)
息をのむ、そして訊く。
「ねえ、あきら」
「うん? なに」
「なにに気をつけるの」
「ああ」
「わからないから教えて」
「うん」
「うん? ・・・・じゃなくてさ」
「あそこ、教室の中は戦場だから」
(戦場?)
とっさにゆかりは『塾長』の説明を思い出しながら言った、
「でもあそこの塾長は『受験戦争なんかじゃないんだよ』みたいに言ってたよ」
「それ、先生は先生でも校長とか塾長、室長さんとかの説明でしょ?」
「うん、そうだけど・・・・・(そうだけど? だけど、なに)」
「つまりそれ、事務側の先生の言葉。管理職のほう」
「事務・・・管理職? なんか詳しいのね?」
「教室には、はいってこない先生たちだよ。
教室にはいってきて実際に授業で教えてくれるのは講師の先生たち。
あいつら、軍曹だから」
「ぐんそう?」
「もしくは鬼教官、少尉どのだ」
「なんの話かな」
「いったん教室にはいって、扉がしまって、授業が始まったら」
「はじまったら?・・・(ひょっとして戦争ものの映画とか好きなのか、鬼だの少尉だの)」
「けものだよ、ほぼ。教えるほう、教わるほう。
一瞬で空気が変わって、あっというまに戦場さ」
「それって受験の話でしょう」
「そうだけど、ちがう。
ふだんから、むしろふだんそのものが戦場ってこと。
ちゃんとよけないと怪我するよ」
「怪我って・・・おおげさね」
「おおげさなもんか!」
(え!? あきらが感情的になってる)
「むしろちゃんと『受験戦争だ』って言って認めてくれたほうがいいのにさ!
戦争は戦争なんだし、はっきりと勝ち負けがあるし、それになによりも」
「なによりも・・・・なに」
「あそこの講師たち、楽しんでる」
(なんだ、そういうこと? 『楽しんでる』それはわかる気がするよ)
「戦わせて傷ついてボロボロになっていくのを見て、
『ホラしっかりしろ』『立て』『歩け』『進め』『撃て』
って、励ましているかのように煽って煽って煽りまくって、
こっちがヒイヒイになっていくのを見て楽しんでるんだよ。
あんなのきーーーーーーなんでもない」
「え? なに」
「なんでもない。なんでもないから。ただ、気をつけて」
(いったい弟は、なにを知っているの。なにを見て聞いて知って、そんなことをーーーーーー)
ゆかりは想像する。あの教室で行なわれている授業のことを。
さらに思い出す、従姉の言葉を。
ああ、そっか。そういえば。
なにか似たようなことを従姉が言っていた。
『塾で知り合った友だちのほうが学校の友だちより仲良くなれた気がする』
『そうなの? どうして』
『なんていうのかな~説明するとなると、むず』
『わたしは転校が多くて友だちと長く続いたことないからよくわかんないけど』
『私はさぁ、塾むちゃくちゃ楽しくてしかたなかったんだよね。
小学校卒業して塾もやめたし、塾の友だちみんな別々の中学になったんだけど今でもよく会ってるのは塾での友だち』
『ふうん。それって、ひょっとして友だちは友だちでも親友ってことかな? かな』
『親友ーーーーーちがうな。うん、ちがうね』
『ちがうの? だったら 』
『親友というより、同志だ』
『どうし? それって』
『別の言いかたするなら、----戦友。だな』
ゆかりには、従姉と弟の言葉がつながったように思えた。
(これはこれでまた、世界が変わって見えるのかも・・・・しれないのかな?)
新学期まで、あと約一週間。
塾の最初の授業まで、あと10日あまりだ。
まあ、言いえて妙、なんですが。
けど。
戦争なんかじゃありません。
誰も死ぬなんてことがないし、武器を持つわけでもない。
ただひたすら勉学に励むだけです。
毎日、いえ必ずしも『毎日』ではないですが、日頃からという意味で。
生徒ひとりひとりが自分の学力や成績値を客観的に把握できるように工夫しながらやっています。
たとえば、ほら。
そちらの廊下に貼り出してあるのがテストの結果ランキングです。
できるできないとかではなく、テストがあった日その日の『現在ランキング』なんですよ。
スポーツの試合、その結果と同じです。
あくまでも試合結果。
毎週、変わります。
これをこうやって掲示することで、今の自分を知ることができる。
本当の実力かもしれないし、たまたまの結果かもしれない。
一喜一憂してもいいんですが、すぐに週末は次のテストです。
また結果が貼り出される。
むしろね、自分の成績があがったりさがったりするのを楽しんでほしい。
楽しんでいるうちに、勉強そのものが『嫌い』じゃなくなって、好きになれないとしても『取り組むべき課題』なんだと理解できるようになる。
そう理解できれば、テストでできなかったことは『次にクリアすべき課題』だと気づくことになります。
あくまでも課題なんです。
テストの点数が悪かったから駄目、とか短絡的に捉えてしまうのはよくないし、もったいない。
生徒さんみんなひとりひとり、いまが成長期です。
勉強を、教室で一緒に学ぶことを、楽しみながら成長していってほしいと考えています」
父と一緒に説明を受けている。
説明をしているのは、この塾の校長だ。
廊下に立っていると、うっすらと声がきこえてくる。
うっすらと、だがしかしハッキリとした口調なのが感じられる。
その片鱗だけでも熱さを感じ取ることができた。
「熱心そうですね?」と父がひとりごとのように聞いた。
「ええ。先生は、みな熱心で生徒思いのプロです。
生徒がわからないこと、つまづくところ、かんちがいしそうなこととかを、しっかりと丁寧に理解できるように教えています。
授業のあとの質問時間も確保できるようにしています。
学校では不可能な、勉強そのものに特化した教育環境だと自信をもっておすすめいたします」
「うわさは、かねがね。しかし実際に来て見ますと、いやあほんとうに!
すごいです。感服いたしました」
「もしよろしかったらお嬢さまも是非うちの教室でご一緒に学ばれてはいかかですか。
ちょうどいまは春期講習でして、ひとくぎりのタイミングです。
来月ーーーーーつまり来週からは、新学期のスタート。
それにあわせて、テキストもテストも基礎から学べるコースが始まります。
よかったらパンフレットこちらをお読みください」
塾の校長すなわち『塾長』から父に手渡されたパンフレットは、それはもうとてもとても分厚かった。
少なくとも、ゆかりには、
『分厚い。重そう』
だった。
家に戻ると、すでに弟が帰宅して食事をしていた。
家族みんなバラバラに夕食を摂っている。
(こんな・・・こんなにバラバラなのに、さみしいと感じない。すごい)
ただし、完璧にバラバラに孤立しているのではなく、それぞれが自分のタイミングで食事している感じ。
ゆかりは父と母と食べた。いや、母だけ先に、なにかつまみぐいされていた。
弟が食事しているとき母がそこにいる。なんなら、ゆかりと父もいる。
話をしたり、だまったり、すぐそこにそれぞれの体温と気配を感じることができる環境。
(家族みんなで一緒の食事もいいと思う。けど、それぞれのペースで食べられて、その結果バラバラにはちがいないけれど、すごくあったかい空気になってる)
ゆかりは弟の隣に座る。
母が「紅茶つくろうか~?」と訊くので「いただきます」と答える。
「お湯沸かすからちょっと待っててね~」
「はい!」
「私にもなんかくれよ」
「ほうじ茶でいいですか」
「うん。なんでもいいや」
「そんな、なんでもいいってことはないでしょうに。なんでもいいだなんて。ねえ」
母がゆかりに目を向ける。
(『おまえがいれてくれるお茶が最高だよ、たのむよ』みたいに言えばいいのにね?)
と、ゆかりは目で応じる。
母が『うんうん』とうなずいた。
すると、
「塾、おとうさんと見てきたんだって?」
と弟が言う。
「うん」
「駅前のだって?」
「そう。知ってる?」
もぐもぐしながら左手で『ちょっと待って』と制止するようなポーズ。もぐもぐもぐもぐ、もぐもぐ、ゴクリ。「うん。知ってる」
「あのなか、見たことは?」
「あるよ。ちよっと暗いよね」
(ん。暗い?)
「体験入学だったかな、冬の。すごくピリピリしてた」
「ひょっとして受験直前だからとかじゃない?
けど、あきらは受験生じゃないから別にそういうのとは関係なくない?」
「なくなくないよ、おおあり」
(ふーん。感想ひとそれぞれなのかあ)
「だってさあ?」
めずらしくゆかりを見て言う、
「ぼく、いきなり怒鳴りつけられたからね」
「え。初耳」
ゆかりがさっき見てきた塾の雰囲気、とくに校長先生は優しそうだったし、誰かが生徒を怒鳴りつけるような空気は微塵も感じられなかった。
「それは別のところ」と父が説明をする、
「あきらが体験入学を受けたのは駅前じゃなくて丘のほうにある教室だろ」
「同じ塾だよ」
「それはそうだが、別なものは別なんだよ」
「え。なにがどう別だっていうの?」
無言空間が誕生した。
ゆかりが「ええと」と言うと、
「ほら。みんな、早く飲まないと冷めちゃうんだからねっ。
さっさと、あったかいうちに飲む!
でないと、私ちっともかたつけらんないんだからねっ!」
「わかったわかったわかった。
わかったからそうせかすなよ。
ちょっとくらい、ゆっくり休ませてくれたっていいだろうに。
なあ、ゆかり?」
「うん」
「いきなり塾にいったりして疲れたろう」
「ううん、つかれてないよ。それよりありがとう」
「どうしていきなり見学にいったの?」と弟が質問すると、
「そうね、なんていうのかそのーーーー」
ゆかりは答えながら声を止めた。
言っていいのかどうか、ちょっと考えたほうがいいなと思ったからだ。
『勉強は嫌いじゃない。
けど、塾で勉強したいかと問われれば『そうでもない』かな。
私が今いちばんほしいのは、ズバリ『友だち』だから。
クラス替えがないタイミングで転校したのは正直きびしい。
けど、塾なら。
しかも塾の新学期のタイミングなら。
友だちになれる絶好のチャンスかもしれない』
ゆかりは心の中でだけ言った。
「いいけど別に。ただ、気をつけてね? ゆかりちゃん」
「えっ!?」
ゆかりは驚いた。
なぜなら、あきらが初めて姉を『なまえ』で呼んだからだ。
(いまなんてった。『ゆかりちゃん』!? って言ったよね、言ったよねっ!!)
息をのむ、そして訊く。
「ねえ、あきら」
「うん? なに」
「なにに気をつけるの」
「ああ」
「わからないから教えて」
「うん」
「うん? ・・・・じゃなくてさ」
「あそこ、教室の中は戦場だから」
(戦場?)
とっさにゆかりは『塾長』の説明を思い出しながら言った、
「でもあそこの塾長は『受験戦争なんかじゃないんだよ』みたいに言ってたよ」
「それ、先生は先生でも校長とか塾長、室長さんとかの説明でしょ?」
「うん、そうだけど・・・・・(そうだけど? だけど、なに)」
「つまりそれ、事務側の先生の言葉。管理職のほう」
「事務・・・管理職? なんか詳しいのね?」
「教室には、はいってこない先生たちだよ。
教室にはいってきて実際に授業で教えてくれるのは講師の先生たち。
あいつら、軍曹だから」
「ぐんそう?」
「もしくは鬼教官、少尉どのだ」
「なんの話かな」
「いったん教室にはいって、扉がしまって、授業が始まったら」
「はじまったら?・・・(ひょっとして戦争ものの映画とか好きなのか、鬼だの少尉だの)」
「けものだよ、ほぼ。教えるほう、教わるほう。
一瞬で空気が変わって、あっというまに戦場さ」
「それって受験の話でしょう」
「そうだけど、ちがう。
ふだんから、むしろふだんそのものが戦場ってこと。
ちゃんとよけないと怪我するよ」
「怪我って・・・おおげさね」
「おおげさなもんか!」
(え!? あきらが感情的になってる)
「むしろちゃんと『受験戦争だ』って言って認めてくれたほうがいいのにさ!
戦争は戦争なんだし、はっきりと勝ち負けがあるし、それになによりも」
「なによりも・・・・なに」
「あそこの講師たち、楽しんでる」
(なんだ、そういうこと? 『楽しんでる』それはわかる気がするよ)
「戦わせて傷ついてボロボロになっていくのを見て、
『ホラしっかりしろ』『立て』『歩け』『進め』『撃て』
って、励ましているかのように煽って煽って煽りまくって、
こっちがヒイヒイになっていくのを見て楽しんでるんだよ。
あんなのきーーーーーーなんでもない」
「え? なに」
「なんでもない。なんでもないから。ただ、気をつけて」
(いったい弟は、なにを知っているの。なにを見て聞いて知って、そんなことをーーーーーー)
ゆかりは想像する。あの教室で行なわれている授業のことを。
さらに思い出す、従姉の言葉を。
ああ、そっか。そういえば。
なにか似たようなことを従姉が言っていた。
『塾で知り合った友だちのほうが学校の友だちより仲良くなれた気がする』
『そうなの? どうして』
『なんていうのかな~説明するとなると、むず』
『わたしは転校が多くて友だちと長く続いたことないからよくわかんないけど』
『私はさぁ、塾むちゃくちゃ楽しくてしかたなかったんだよね。
小学校卒業して塾もやめたし、塾の友だちみんな別々の中学になったんだけど今でもよく会ってるのは塾での友だち』
『ふうん。それって、ひょっとして友だちは友だちでも親友ってことかな? かな』
『親友ーーーーーちがうな。うん、ちがうね』
『ちがうの? だったら 』
『親友というより、同志だ』
『どうし? それって』
『別の言いかたするなら、----戦友。だな』
ゆかりには、従姉と弟の言葉がつながったように思えた。
(これはこれでまた、世界が変わって見えるのかも・・・・しれないのかな?)
新学期まで、あと約一週間。
塾の最初の授業まで、あと10日あまりだ。

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