受験戦争

清水レモン

いってきます

『つぶしのきく人間』がどういう意味なのか、わかるようでわからない。
けど。
(そういう人間になってもらう、ってことは、そういう人間に育てて社会に送り出すぞ。ってことだよね? ちがうかな)

ゆかりはあれからふとしたときに初対面での家族会議の会話を思い出す。
父の言葉を反芻していると、なぜだろう、気持ちが軽くなっていくのを感じていた。

『私は家族の一員として迎えてもらえた。そう感じてる。きっとまちがいないと思う。
 しかも『いずれ出ていく』ことが前提の家族としてだ』
(すてき!)
いままでは『この家のルールに従いなさい』『ずっと家にいなさい』と一方的に命令されるだけだった。
いまは、もうちがう。
(父の言ってることは命令とはちがう気がする)
(もしかすると、わたしも将来の夢を持っていいのかな。かなえられる日が来るのかな)
すでにもう希望にあふれる毎日に変貌していた。

ゆかりの声は、よくとおる。
ある意味で、父と母と似たような部類と言えた。
けど。
(あの子は声が小さいよね)
あきらは声が小さいほうだった。
『てっきり初対面のときだけ緊張してるからだと思ったんだけど』
いつになってもあきらは初対面のときのままだった。

夕食後のことだ。
「ゆかり、ちょっといいか」
父が言う。
「はい」
ゆかりにはもう警戒心が必要なくなっていた。
(なにを言われるのかわからないけれど、わたしが一方的に不利になることではないと思う!)
この家族に飛びいり参加したような立場であったが、すっかり打ち解けている。
ゆかりはそう思っていた。
「できるだけ早く、おまえにも塾に行かせたいと考えてる」
(きた!)
「はい!」
「なにか希望とかあるかな?
 まあ、塾とかよくわからないかもしれないが。
 ちなみに今まで塾とか習い事とかの経験はあるのか」
「ないです。初めてです」
「そっか」
「はい」
「興味あることとかはーーーー」
と父が言いかけたとき、ゆかりはすでに発言を開始していた、
「駅前の塾が気になります!」
「お?」
「なまえ忘れた・・・たしか、めざせなんとかみたいな」
すると父は笑い出してから、
「それは塾の名前じゃなくて看板に書いてある文字だな!」
「です?」
「よし、わかった。考えよう。でもなぜいったい、そこがいいと」
従姉ちなつちゃんが、いってました」
「ああ、望月家長女ちなつちゃんか。
 こないだから私立の中学にいってるな・・・・・受験前にかよってたとこか」
ゆかりはうなずいた。
「あれ?
 でも望月家長女ちなつちゃんはご近所の塾にかよってたって聞いたぞ?」
「同じ塾で別の教室です」
「なるほど?」
従姉ちなつちゃん塵芥八景はっけいの教室に。
 同じ塾が鬼怒棚このまちにもあって、それが駅前の」
「でももうかよってないよ? 同じトコにいきたい理由が他にもあるのか」
「ひょっとしたら友だちが・・・・・できるかもって」
それを聞いた父は黙り込んだ。
(あれっ? なんかマズイこと言ったかな)
ゆかりが自問自答していると、
「いまの学校にはなじめそうもない、のか?」
父は真顔で質問してくる。
(そういうわけじゃないんだけど)
ゆかりは転校のことは気にしていない。
転校するたびに仲良くできているし、今回だって同じだろう。
ただ、
(転校すると忘れられちゃう)
(だったらいっそ、もともと違う学校の子と友だちになっちゃえば・・・)
従姉ちなつちゃんが言ってた、『塾で知り合った友だちのほうが学校の友だちより仲良くなれた。卒業して塾もやめたし別々の中学だけど今でもよく会ってるよ』って)
(だからチャンスがあるなら、わたしだって!)
父上おとうさま!」
「お、なんだい、なんだよ、そんな急にあらたまったりして。ええっ!?」
父は戸惑いつつも嬉しそうに見える。
ゆかりは躊躇しつつも発言した、
「塾のほうが『先生の話すごく面白い』って」
望月家長女ちなつちゃんがそう言ってたのか」
うなずきながら「はい」ゆかりが答える「転校が続いたんで『小学校ガッコウ』の勉強きちんと教えてもらえてないところがあったりして」
「ああ、そっか。学校によって教えるスピードとか内容が微妙にちがったりすることあるみたいだしな? そっか。塾だったら途中からでも基礎から学べるか」
「いまのままだと『小学校ガッコウ』のテストの点数、自信ありません」
「よし! わかった。うん、わかったぞ。
 ゆかり、もう心配しなくていい。
 ちゃんと塾で基礎から体系的に教えてもらえば、知ってる知ってないに関係なく、ちゃんと勉強わかるようになるだろうからな。
 それじゃあさっそくおとうさんがその塾を見てこよう」
まさか「いまからですか!?」と驚くと、
「あたりまえだろ~~~ゆかり、『善は急げ』と言ってだな!」
「なら、わたしもいきます。つれていってください」
「いや、もう遅いし? 外なんかもう、まっくら」
あきらはその『まっくらな外』の塾からひとりで帰ってくるんでしょう?
 しかもまだ、まださき・・・あと一時間後くらいにとかで」
「よし。わかった、じゃあ一緒にいってみるか」

いったいこんな時間にどこいくの、と母に言われながら玄関で父と靴をはく。
「ちょっと駅前の塾にだ。いってくる」
「いってきます」
いってらっしゃい? 気をつけてね。と母は戸惑いながらも玄関先で手を振ってくれていた。



 

コメント

コメントを書く

「文学」の人気作品

書籍化作品