受験戦争

清水レモン

初対面

なかなか誰も出てこなかった。
返事のようなものは一切無く、『ひょっとしたら誰も出てこないんじゃ?』と思わせる空気になる。
ゆかりは門扉の前に植えてある植物に興味を持った。
(見たことのない形。それになんだかいい香り)
すうっと、ゆっくり息を吸う。結果的に深く長く吸うことになった。吸い込んだ息を深く長く吐きながら、ゆかりは空を見あげる。
(澄んでてキレイ。とくに今日は、ひときわ青いな)
そのときガチャっと、静寂を突き破る金属質の音が響いた。
見た目よりも重いのだろうか、その玄関扉は軋みながら、ゆっくり。ぎいぃ、と、ゆっくり。

「おまたせしました、いらっしゃい」

顔が見えたのと声がきこえるのが、ほぼ同時。
(あたらしいお父さん・・・)
さらに続いて、

「ゴメンね! 待ちつかれちゃったかな」
(あたらしいお母さん、だよね? ちょっと若いような)
ゆかりの中に存在している母親像とズレがあった。
そして、

「こんにちは」

(これがここの子!?)と思った瞬間、
「はじめましてこんにちは!」
ゆかりは声を出していた。

「おぉ、元気な声だ。いいね!」
父がそう言うと、
「さ。移動で疲れたでしょ?」
と明るい声で母が言う。
「いやそんなおまえ、はるばる遠くから来たわけじゃあるまいし」
「そんなことないよねえ? だってずっと歩いてここまで来たんでしょ~」
「おおげさだなあ」
(なんだろう! この会話のスピード感、ちょっと早いかも)
ゆかりの脳内では、あたらしい家族たちの情報がアップデートされていく。
(思っていたのと、なんかちがう!)
いつもならばこんなとき、なんともいえない重い空気や暗い声で出迎えられてきたのに。
とくに大人たちは、なにか悲しい出来事があったばかりのように暗く重々しいことが多かった。
(それなのになんでだろう、このひとたちは・・・あかるい)
ひとつ気になることがあるとすれば、『こんにちは』ひとことだけで黙ったままの少年の様子。
(いつもなら子どもと打ち解けるのが先だったりする。でもここの子は静かだ)
それに、
(その雰囲気、まるで・・・女の子みたい!?)
祖母からは『男の子がいるよ。ゆかりより年下だから弟になるね』と言われていたから、少年でまちがいないと思う。思うけど。
(男の子っていう空気じゃない気がする。なんていうのかなぁ、これ)
ゆかりは戸惑いながら強く興味を覚えた。

「おかあさんも疲れたでしょう、ささ、あがって、あがって!」
と父は祖母に声を掛けた。
「とんでもない、とんでもない。疲れるもんか。ついそこからここまでだよ?」
「そんなこと言って! ほんとうは早くもう座りたくて座りたくてしょうがないんじゃないの!?」
なんていうか父は早口で勢いがある。
もしかしたら、
(こういうひとのことを紳士ジェントルマンって言うのでは、、、
ゆかりは思う。
(ひょっとして、好相性あたりかもしれない)
ひそかに期待しはじめていた。

玄関からすぐのところに居間リビングがあり、テーブルの上にはカップ類が配置されてある。
ひとつ、ひときわあざやかな赤いマグカップ。
(おかあさんの? それともまさか、この子の?)
さあさあさあ、と大人たちが言い合っている空気のなかテーブルから少し離れた場所に佇んでいると、

「ほらほら。そこ、そこに座ってね? そこの赤いコップのとこよ、ゆかりちゃん」
と母が笑顔で言う。
(わたし?)

『そんな・・・ここにあるなかで、いちばん目立つ色じゃん』

ゆかりが座ると、その隣に少年が座った。
(いきなりお隣に座るんだ~)
ゆかりは少年の横顔を見る。
すると、
「の・・・・そ・・・・ろり・・・・・ろり」
すぐにこっちを向いて言ってきた。
うまく聞き取れなかったけど、
(なんだろう。ロリって、わたし? なになにどういう意味)
と困惑してしまう。
ゆかりの困惑が目に現れたのだろうか、じっと凝視するような目線の少年は、

「ど、うぞよ、ろりく、おね、がっ・・・おねがいしまっ」

と言った。
言い直したといったほうがいいかもしれない。

「あ」
思わず、ひとこと。それだけ声に出していて、それでそのまま、
「よろしくね、あきらくん」
言いながら手でポンと彼の頭を。

「ひっ!?」
彼の驚いたような声と、おおきくみひらいた瞳。
だが座った姿勢は崩れることなく、雰囲気は落ち着きはらっているようにも見える。

『ヤバイ。思わず頭ポンポンしそうになった』
すでにもうポンは、している。
ゆかりは手をひっこめて前に向き直った。

「らくにしてていいからね」
母があかるく軽やかな声で言うのだけれど、そんな言葉に反して母はせわしなく動き回っていた。
みるみるうちに運ばれてくる、個包装お菓子がいくつも載ったお皿。それとフルーツ?
さらにはホットケーキのようなものまで。

「さめてるけど美味しいから食べてみて?」
と母が優しく言ったとき、

「いただきま」
ゆかりの目から涙が流れ落ちた。

隣の少年は彼女の涙に気づき、さも当然というように紙ナプキンを渡してくる。
(それって・・・)
テーブルの上には紙ナプキン立ても置いてあった。
家の中では見たことがない。
(ティッシュじゃないんだ)
少年を見ると、もうこちらを見ていないし表情は変わっていない。
(ほっといてくれていいのに)
なんとなくだけど、かなり強めの視線をさっきから感じている。
おそらく『観察』されているのだろうとゆかりは思った。
同時に、
(ひょっとして、わたし受けいれられてる?)

ゆかりは『嵐の前の穏やかで暖かく緩やかな昼下がりかな』と思った。



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