受験戦争

清水レモン

希望をこっそり隠し持ってみよう

なきたくてないているわけじゃない。
涙があふれるのは自然なことだから。
あついとき、走ったときとか、汗をかくよね?
あんなのと一緒だよ。
つまり涙は心の汗、みたいな歌もあったっけ。
けど。
いつまでも、いつまでも、このままじゃいけないと思う。
でも、だからって、いったいどうすれば。
ああ。あれはダメでした。
うぅ。それもダメだったし。
えー。これもダメだとか。
おぅ。どれもダメっていう。

『おかしい! おかしいわ、こんなことって!!』

ゆかりは絶叫した。
その絶叫は外に向かって放たれずに、のどから奥のほう内臓方面へ放たれた。
だからって、なにをどうすればいいのかわかんないけど。

『いいわ。そんなに言うなら、それにのるわよ』

『のって、のせられて、いいようにされようとも。
 最後にのりのりでノリまくるのは、このわたし。
 わたしは、わたしを生きるの!』

明日、ゆかりは新しい両親の元へおもむく。
『養女』として。

祖母には、こんなふうに言われた。
「ゆかり、いいかい。
 もうガマンとかなんにもしなくていいんだからね。
 こどもはこどもらしく、なんて言うのもシラジラしいし。
 好きに生きなさい。
 好きなら『好き!』って言うんだよ。
 言えなくても言うの。
 言えないのに言うっていうのは、つまり心。
 心の中で。
 胸の奥で。
 言うの。自分の気持ち、好きなら好きと。
 そしたら、からだじゅうに『好き』が行き渡るからね。
 そのときになれば、きっとわかる。
 いまは、なんもわかんなくていいから。
 なんか言ってるな~くらいに思ってて。
 ゆかりはいままでずっとガマンにガマンを重ねてさ。
 大変だったね。
 頑張ったね。
 えらいえらい、ホントにエライ。
 だからね、好きに生きなさい。
 最後にアドバイスってほとのものじゃないけど、ひとつだけ。
 『キライ』なら黙ってここで、ここ胸の奥ね、ここでね、
 『殺すぞてめえコラ』って声に出さずに叫びな。
 キライなことに対してキライって言っても理不尽に苦しめられるだけだから。
 敵にとっちゃ、痛くもかゆくもないよ。そんな抵抗の言葉。
 それどころか敵が増えるかも。
 けどね。
 『好き』は味方をつくる。味方を増やす。
 悲しいこともあるだろうけど、最後の最後に頼れるのは『好き』ってことだけだよ。
 だからね」
 もっとなにか言いたそうだったけれど。
 言葉は止まり、ゆかりをギュってした。
「がんばんなよ。がんばんなくていいからさ」
ゆかりは『くるしい。息が息が』と声に出せずにあっぷあっぷしながら、
「うん」
ひとことだけ言った。


さあてこれからこの家が、わたしが暮らす家。
ゆかりは門を眺めた。
うわさでは、やさしい両親らしい。ウソだと思うけど。
でもいいの。つかのまでも、『そっか。やさしいお父さんとお母さんなんだ』って希望を持てたから。
この数日間ずっと、希望をふくらませて妄想を楽しんだし。
ゆかりは思い出す、
(そういえば男の子がいるんだったわ)
年齢的には、ゆかりのほうが年上だからお姉さんになる。
きょうだいか。
初めてだった。
きょうだいね。
ちょっとワクワクする。
ま、どうせ期待はずれに終わることは知ってる。
けどね、最初からなにもかも諦めたからって傷つかないわけじゃない。
それは思い知らされた。
だから。だったら。
今度は希望をこっそり隠し持ってみよう。
(心の中に隠し持っているだけなら壊されないしね)

かつて。
おもちゃを買ってくれる父がいた。
ある日とつぜん捨てられてしまうけど。
あまいお菓子を作ってくれる母がいた。
笑顔でよくたたかれた。
ゆかりは頑張った。
父と母から好かれたくて。
ゆかりは父のことが好きだったし、母のことも好きだった。
けれども向こうからの感情は、ゆかりが期待したものと違っていた。
それからいったい何軒の家に迎えられたろう。
いくつの家族に迎えられ、優しくされ、おそらく愛されて、なおかつ虐げられてきた。

祖母が呼び鈴を押した。
いままででいちばん小さい家だ。
遠くから『は~い』と聞こえた気がする。
けど。
すぐには、誰も出てこなかった。

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