悪役貴族は殺されたい。~やりたい放題してるのに、なぜかみんなが慕ってくる~

あおき りゅうま

第38話 助け。

 アリシアは———叫んで、しまった。

 遂には、誰かに助けを求めてしまった。

 このまま口も塞がれてしまえば、助けも呼べない。そうなると、誰にも気づかれないまま、自分はミハエルのされるがままになる。
 それが、怖くて怖くてたまらなくなった。

「……キャアアア———  モゴッ 」
「大声を出すな! 鬱陶うっとうしい!」

 そして、ミハエルの掌で口元を覆われ、遂には声も出せなくなってしまう。

 誰か———助けて……!

「君が悲鳴を上げたところで誰も来やしないよ! 僕は……王子だぞ 」

 違う、助けは———来てくれる……!

 そんな肩書きなんて関係なく———あの男は、自分の思うがままに助けてくれるはず……!
 あの人……なら!

 バサァ————…… 

 心の中で———アリシアが強く助けを呼んだ瞬間、テントの布が吹き飛んだ。
 中でもみ合っていた、二人の少年少女は月光の元にさらされた。
 そんな二人を見下ろしている人影がある。
 真っ白な染み一つない詰襟の制服に————長身の、細く引き締まった体。

 アリシアが心の中で助けを求めた———シルエットそのもの……!

「ししょ……!」

 助けに来てくれた相手の頭がはっきりと見える。

 鉄仮面に覆われた———表情も何もないその頭部が———。

「…………………誰?」

 目元も口元も鉄板で覆っていて、顔が全くわからない。
 アリシアを助けに来てくれたのは———仮面で顔を覆った怪人物だった。

「な、なんだお前 」

 アリシアを襲おうと、興奮しきっていたミハエルだったが、突然の乱入者に対して流石に驚いた表情をみせる。

「妙な仮面までつけて! 僕が何者かって聞いてるんだぞ 」

 鉄仮面は答えない。
 ただ、ジッとアリシアへ顔を向けている。

「仮面……?」

 その言葉にアリシアは思い当たるものがあった。開会式で、シリウスが言っていた鉄仮面の軍団……。
 そうだ、鉄仮面軍団は———訓練のために一時的に解放されている囚人……!

 ———つまりは、敵だ 

「———剣を!」

 手を伸ばす。
 だが、アリシアが護身のために枕元に置いていた剣はそこには———ない。

「———  何で、あんなにッ 」
 ———遠い! 

 アリシアの剣は寝袋から三メートルは離れたあたりに転がっていた。恐らくミハエルとのもみあいだったり、鉄仮面がテントを吹き飛ばされたりしたせいで、剣も一緒に飛んで行ってしまったのだ。

「クッ———— 」

 アリシアが剣に向かって飛びつこうとした時だった。
 ガッと腰のあたりを何者かに掴まれた。

 ———鉄仮面だ。

「は、離せっ 」
「あ、アリシアァ 」

 アリシアを捕まえ、彼女の体を腰に抱え、鉄仮面は何も言わず、グッと顎を上げて遠くを見つめる。

「アリシアを離せえぇぇ 」

 ミハエルは近くにあった剣を抜き、鉄仮面の兜に落とす。

 ガァァァァ~~~~~ンッ……!
「~~~~~~~ッッッ 」
 剣が弾かれる。

 ミハエルの攻撃は硬い鉄の兜を通すことなく、そのまま衝撃がミハエルの腕に返り、ビリビリと手を震わせて悶える。
 そして、鉄仮面はダッとその場から駆け出した。

「お、おい  離せ、ボクをどこへ連れて行くつもりだ 」
「……………」

 アリシアの問いに答える様子なく、鉄仮面は森の奥へと向かってずんずん進んでいく。

「アリシアァッッッ  待て! アリシアを返せ  連れて行くなああああぁぁ 」

 ミハエルは諦めず、杖を取り出し遠のいていく鉄仮面の背中に向かい———、

岩土大砲グランカノンッッ 」

 岩石の砲弾を打ち出す、土魔法を発動させる。 
 大地が盛り上がり、土の砲台がいくつも生成され———、

「発射ッ!」

 ミハエルが杖を振ると、横並びの砲台が一斉に火を噴いた。
 鉄仮面の背中へ向け、砲弾の雨が降り注ぐ。
 が、それを鉄仮面は一瞥もせずにひょいひょいと躱していく。
 逆に砲弾の一つがアリシアの頬をかすめ、

「——あぶなっ、何処どこ狙っているんだ 」

 ミハエルに抗議をするがもはや彼の姿は小さく、声が届くはずもない。

「———クッ、ボクを離せ! 離せよォッ! この 」

 このままどこに連れて行かれてしまうのか。
 そんなことを考えたら恐怖で体が震えてしまいそうになるので、考えずに必死になって鉄仮面の拘束から逃れようと足掻いた。
 胸を叩き、腕を蹴るが、鉄仮面はびくともしない。まるで———全身鋼鉄の様だ。

「クソ———ッ」

 どうしようもない。
 自分一人ではどうしようも……。

「ししょ———————— 」

 一番、助けに来て欲しい人間の名前を呼んでしまった。

 ガァンッ!

 その瞬間———ミハエルの放った砲弾の一つが鉄仮面の兜に直撃する。

 ピシピシピシ……ッ。

 砲弾が命中したのは、先ほどミハエルが剣を振り下ろした場所だった。
 ダメージが蓄積していた。
 兜に亀裂が入り、じわじわと広がっていく。
 やがて———、

「————ッ 」

 パァン——————ッ、と兜が弾けると中から金髪碧眼の青年の顔が出てくる。
 金の長髪を揺らしながら、まっすぐ前を見つめる彼の顔が———。

「……師匠?」

 鉄仮面の下にあった顔は、シリウス・オセロットそのものだった。
 その顔を確認した瞬間、アリシアはおとなしくなり、抵抗するのを止めた。

 ◆

「アリシア! アリシア  アリシアァァァ 」

 一人残されたキャンプ地で、虚空に向かってミハエルは岩石の砲弾を撃ち続けていた。
 もはや、彼女を抱える鉄仮面の姿は見えなくなっているというのに。

「あの男ォ……!」

 だが、彼の姿が消える寸前、その中身は確認した。
 ミハエルは怪人物の鉄の仮面は破壊することに成功していたのだ。
 その下から出てきたのは、金のロングヘア。 
 その、後姿は———よく、覚えのあるものだった。

「シリウスゥ……!」

 彼だった。
 鉄仮面の正体は———自分の味方面をした、この学園の生徒会長だった。
 遠ざかっている背中を見つめながら、歯を食いしばる。

「すべてが分かったぞ……シリウス……その気なんだな……シリウス……君はどこまでも……僕をコケにするつもりなんだなっ! シリウスウウウウウゥゥゥゥッッッ…… 」

 ◆

 ———ウゥゥゥゥゥ……!

「……… 」

 アリシアの耳に、獣の遠吠えのような声が届いた。

 近くに魔物がいるのか?

 そう思ってさらに身を強張らせる。
 だが、たとえ魔物が現れても心配はないだろう。
 彼女はある人物のせいで、風を切るような速度で移動しているのだから。

「なぁ、師匠……何処まで行くんだよ?」
「…………」

 キャンプ地からずっと、シリウスと思わしき人物に抱えられたまま森の中を進んでいっていた。

「なぁ、なんとかいったらどうなんだよ? 師匠」
「………」
 鉄仮面が割れ、シリウスは正体を現した後でも、一切言葉を発そうとしない。
 まっすぐ前を見据え、無表情でずんずん突き進んでいく。

「なんとか……言ってくれよ」
「………」

 シリウスは、結局その言葉に答えないまま、ピタリと足を止めると、その場にポイッとアリシアを放る。

「いてっ!」

 突然拘束が解かれ、受け身を取らずに地面に尻餅をつくアリシア。

「な、何をするんだよ 」
「…………」

 シリウスは答えない。

「あ———」

 そして、答えないまま、その場にアリシアを放置し森の中へと消えていく。

「…………」

 ———独りだ。

 夜の森に、一人ぼっち。
 心細くて膝を抱える。

「………ボクは、ボクは」

 落ち着いたところで、恐怖が一気に押し寄せてくる。 
 ミハエルの襲われかけた。自分はそれに対して何も抵抗ができず、ただ助けを呼ぶだけだった。
 自分は一人では———何もできない弱い人間だと思い知らされた。
 ガタガタと体が震える。
 誰か、傍にいて欲しい———。
 誰でもいいから、誰か———。

「あれ……王女、様?」

 声をかけられてビクッと体が震える。
 ガサッと森をかき分けて、ロザリオ・ゴードンが現れた。

「ロザリオ……?」
「え、ええ、アリシア王女……どうしたんです……泣いているんですか?」

 同じ班員の仲間が———。

「う、うわああああああああああああああ…………… 」

 アリシアは寂しくて、怖くて、とにかく誰かにすがりたくて、ロザリオの胸に飛び込んだ。

「うわああああああ……  んうわああああああああ……んっ……!」
「え、え……? アリシア王女……?」

 ひたすら戸惑うロザリオの胸でアリシアは大声で泣き続けた。
 どうしてこんな場所に?
 互いにそんな疑問が浮かんでいたが、それを問うにはあまりにも心が落ち着いていなかった。

「……アリシア王女……アリシア、さん……大丈夫、大丈夫ですから……」
「うわああああああ……! うわあああああああん……ッ!」

 アリシアは感情を爆発させ泣き続け、ロザリオはその背中を撫で続けた。

 ◆

 一夜が———開けた。

「……む」

 朝露が零れ、俺の頬を濡らす。
 目を開くと、自分が洞窟のような場所にいることに気が付く。

「ここは……? 木の中か?」

 朽ちた大樹の空洞の中だった。
 どうしてこんな場所にいるのかわからない。
昨日、夜の森でアンと遭遇してからの記憶がない。その後何がどうなったのか……。

「そうだ、アン!」

 彼女が、崖から落ちたのだ。
 それを助けようと自分も崖から飛び出し———そこからの記憶がない。
 恐らく、俺は落ちて気を失っていたのだろう。
ならば彼女は無事なのかと周囲を見渡してみるが、アンの姿はない。

「アン、いないの、か……」

 もしや昨日のことすべてが夢だったのではないかと思ってしまう。

「……ん?」

 地面にナイフが落ちていた。
 見覚えがある———これはアンのナイフだ。
「どうしてこれが落ちてるんだ……? でも、ここにあるっていうことは………」

 そして、うろの地面には何かを引きずったような跡と、小さな足跡が残されていた。
「崖から落ちた後、俺はアンに助けられたのか……?」
 状況証拠から考えるに、そうとしか考えられない。
 俺は気を失い、彼女にここまで連れてこられたのだ。

 親の仇である俺を———。

「アン……」

 ナイフを握りしめて、俺はうろの出口を見つめた。

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