ひと夏を戯れたホテル
つもり、ひとり旅
ひとり旅のつもりで降りた駅の名前は、車内アナウンスで聞いていたのと違った。
おれのソラミミだったのか?
終点と言っていたけど、この先にも駅があるっぽいし。
ここドコって思ってたけど、ここって。
『さやかの住んでる街じゃん?』
手紙で何度か書いたことのある住所と同じ地名。
改札を抜けて振り返れば、大きいかと感じた駅舎たいして大きくなくて。
むしろ。
『ここって二階とか、ないんだ?』
驚いた。
けど。
広さを感じるし、大きく思えて、なんだろうな。
宇宙に繫がっていくような?
そういや、さやかのやつ。よく宇宙が星が月がどうとか言ってるし。
こういう場所だったんだな。
ひとり旅のつもりで一大決心したみたいな感覚で乗り越し精算も済ませて来たけど、なあんだ。
よく知ってるやつの地元に来ちゃっただけじゃん!
駅の掲示板に夏祭りだろうか、ポスター。でかでかと。
かなりの賑わいになるんだろうか?
しかしまあ、予備校さぼっちまった。
学校とちがって、家に連絡いくと考えにくい。
学校じゃないけど、親にバレルのは時間の問題かもだけど。
そっか。こんなときこそ、アリバイ作れば?
さやかに頼むか。
だとしても、なんて?
理由は?
さやかを納得させる理由は、いくつか思いつく。
けど親は?
父が納得する理由と、母が理解できる理由。
それらすべての根拠と。
これは。
『思ったより厄介かもだな?』
気軽に行動して、気が重くなる問題に気づいて、あああ、だよ?
どうすりゃいい。
どうしろっていうのさ!
いやさ?
こう言っちゃ、なんだけど失礼かもなんだけどさ。
なんにもないね?
ないにもほどが?
にしたって、ここ、この街のメインゲートじゃないの?
セントラルステーションなんじゃ?
ちがうの。
なんなの。
本当なんにも、ない。
あ、トイレがあるか。
って!
あった!
海!!
おれは駆け出していた。
そこに海がある。それだけで、じゅうぶんな理由だ。
なんのために走るのかなんて気にしないでいい。
なぜ駆け出したのかと問われたら、もはや答える必要すらない。
そもそも質問そのものが間違ってるんだよ?
海がある、駆け出す、ただこうして生きているっていうだけ。
説明するなんて、ヤボ。
まじで、ヤボ。ださ。
だからいいんだ、おれ。なんにも説明できないくらいで、ちょうどいい。
むしろ説明しないで済ましちゃう、おれカッコいい!
なんだよ、おれカッコいいじゃん。
なあ、なあ、なあ?
誰に言ってんだ。
なんなんだこの脳内ひとりごと。
そっか。
これが、ひとりごと。しかも脳内限定。
さやかが、よく言ってるやつだ。
ひとりごと?
脳内!?
なんのことは、ない。
おれが昔からよくやってることだし、さやかに言われるまでもない。
結局なんだよ自分を鏡に映して「美しい」「ダサい」と言ってるのと同じ。
変わってないし、変わらなかったしで、同じままだった。
だけど。
なんかさ、それって嬉しくない?
嬉しくないってことは、ないかもだけど、嬉しくないわけなくなくない?
ああ、めんど。
うれしいんだよ!
シンプルにいこう。
うれしいのさ!
ああ海だ海だ海だ、海だ。海だ、波だ!
すげえ広いな!!
で。
どれくらい時間が経過したんだって?
いつおう時計なら腕にある。
見てないけど。
帰りの運賃すなわち切符買うお金。ちゃんと残しておかないと。
そう考えたら、自販機でジュース買ってる場合じゃなかった。
のどが渇いたら銀行に行こう。
冷水機がある。はず。
銀行が見つからなければ郵便局だ。
たしか、駅前と住宅街にあるはず。
さやかの手紙に押されていた消印が、駅前郵便局。
つまり。
ここ、あいつの行動圏内な。
まさかとは思うけど、遭遇したりとか。
な?
バッタリとか。
ないと思うけど。
でも、ひょっとする。
ひょっとして、ひょっとしたら、ひょっとする。
かもしれない。
だいたい、おれがここにいることが、まさかのまさかだ。
いやあ日差しが眩しいな!
なんだよ、なんだよ、なんなんだよ。空が青いじゃん。
誰だよ、夏の空は紫外線だらけだから白いって言ってたの。
夏の空だって、こんなに青いじゃん。
もうもう見事に見事で青いし青くて青さしか目に入らないよ?
それに比べると海は、みどり?
エメラルド。というより、グリーンに波打つブルーのようにブルーな彩り。
くっ。
さやかなら上手に言い当てられるんだろうな?
なんとかブルーもしくは、セルリアンかんとか。
色の天才な彼女なら、いい感じで表現してくれるだろう。
会いたいな。
会えないけどさ。
そもそも電話番号のメモなんて持ち歩いていないし。
いや待てよ?
おれはカバンを探る。いつもの手帳。
なんとなく、かさばってしまうので底に敷いているやつ。
システム手帳とかいう。
バインダー式の。
書ききったら、年が変わったら、年度ごとに、リーフを交換して使い続けて数年。
そういえば使い始めたのって、小学校6年生だっけ。
中学受験の一年前くらい。
大人が使ってるってわけじゃなかったけど、おれが使い始めたときの感想。
大人になった。
そんなんだった。
あった。ちゃんと底に敷いてある。参考書とノートが重くて出せない。
おれは砂まじりのベンチにカバンを置いて、テキストやノートを取り出していく。
そうそう、こんなに荷物、思い本にノートにペンケース。
って、家を出るときは予備校に行く気まんまんだった。
ってことだよな?
電車に乗ったときも、まさか逃亡することになるとは予想してなかったはず。
どこで、こんなことになったんだろう。
うれしい。変なの。変かな。変だな。うれしいよ?
システム手帳のうしろ、アドレス欄。
そこに書いてある、名前と住所と電話番号と誕生日と血液型。
電話番号か。
だけど。
電話したのって、たしか。
文通を始めるとき、いちばん最初。
あのときだけ。
じゃなかったっけ?
とか考えていたら、視界に緑色の公衆電話。
ちゃんとボックスだ。
透明なガラスに、おおわれている。
あれって、いちおう。個室?
だったら、もしものとき泊まれないかな。
かな?
われながら、いいアイデア。
宿泊所に、しちゃおう。
さやかに電話してみる?
でも、なんて言う。なんの用で。
そもそも今度おれが返事を書く番だから、まずは手紙じゃね?
ぐるぐる脳内ひとりごと。
今日もうすでに一日分を、しゃべりまくったような気がしてる。
早くも一日分を達成しました。
まだ昼前だけど。
昼どうするランチタイム。駅前なんにもなかった。
パン屋もない。
駄菓子屋もなかったはず。
いつまでも眺めていられる気がした海だが、そろそろ別れの時間のようだ。
おれは立ち上がる。カバンも詰めなおして、持ち運びやすくなった。
中身は同じなのに、立てるか横か敷くか倒すかの違いで、持った感じ変わる。
ひらべったさを減らして、ちょい気持ち長めで高さのある感じに収納しなおして、いざ。
歩こう、よく知ってるけど初めての街。
舗装されているアスファルトの歩道には砂びっしり。
わんさか生えてる草の名前は、なんだろうな?
雑草だろうけど。雑草だとして。名前あるはず、だよな雑草にも。
靴底じゃりじゃり鳴りだした。
それにしても、誰とも会わない。
夏休みだから、家にいる? 遊びに出かけた?
かなりの間隔をとりながら建ち並んでる住宅が、どこも別荘みたいに思える。
広いし、白いし、庭の植木とかヤシっぽいし、常夏感まるだし。
いいじゃん、いいじゃん、いいじゃん?
そのとき遠くに誰かの姿が。白いワンピース?
歩いているのか、こっちに来るのか、向こうに行くのか。
この住宅街に迷い込んで最初の遭遇となるのか、それとも。
とか考えていたら、いよいよもうすぐ、もうまもなく。
すれちがうみたいですよ?
おれは地元の人間のフリをする。
なに、ちょっと、な?
ちょっとそこまで出かけての帰りなだけさ。
そんな顔をしながら歩き続ける。
ここでくるりと道を戻ったら、それこそ変に思われる。
なにくわぬ顔して、このまま、まっすぐ。そう、まっすぐ。
白いワンピースの女性は、最初この道まんなかあたりを歩いている感じだった。
おれは右に寄る。
すると、向こうの女性が左。
っていうか、彼女から見たら右か。
つまり道の両端に。
いよいよだな。
さっきまで気づかなかったけれど、遠くに入道雲もくもく積乱雲かスコールの前兆か。
おれの住んでいる街なら、夕立。
けれどこの街この景色に降るとしたら、スコールと呼んだほうが似合うよ。
おれは意識的に歩くスピードを一定にしつつも、想像以上のジャリジャリ感が気になって気になってしかたなくて、意に反して足元を見たりしたのかもしれない。
だから不意打ちだった。
あんなに遠くに見えていた白いワンピースの女性いよいよ、すれちがい。
近づくと、かなり年齢が近いかもって気がした。
夏の少女は白いワンピースが似合うし、夏の避暑地にピッタリかもな。だよな。
とか思いつつ、顔を見ないよ。目を合わせたりしないよ。普通に。
ただもう普通にフツウな、すれちがい。
に、するんだよ?
向こうも、向こうを見ている。そんな感じ。
こちらのことは意識していないっぽい。
さあ、いよいよ。
で、そのとき。
おれ。
ちら。
見ちゃった。
あ。女の子だ。
と思った。
知ってたけど。最初から。白いワンピースだし、女らしいシルエットだし、どこからどう見ても。
って感じだし。
ちら。
うん。
すれちがった。
一歩、二歩、散歩中。また一歩。
そのとき。
「え!?」
大きな叫び。
にも近い感じの小声。
いや、決して大きな声ではなかったのだけれど、小声っぽいくらいだったし。
なのにハッキリ聞こえた。
しかも、おれに向けて?
もうすでに、すれちがっている。
なのに、なんなん、この背中に感じるプレッシャー。
視線なんてもんじゃない。
圧だよ、圧だよ、圧!
けたたましいくらいの圧迫感。
見られてる?
あやしまれてる?
なんとなくだけど、あの女の子が立ち止まったような気配すら感じる。
へんな汗かいてるかも。やばい。
つー。
ひたいからも。
「あっ! き?」
もしも大きな声だとしたら、奇声に感じたと思う。
けど、なんとなく聞き覚えのある。イントネーション。
さやかに似てる。
さやかが、おれを思いがけずに呼び止めるときも、たしか。
あ、き。ら?
って、なるのを思い出した。
さすがは同じ地元というところか。
このエリアならではの、イントネーションなのかもしれない。
それにしても、まだ消えない圧。背中に感じる気配。
無意識に知らず知らず、おれは歩くスピードを落としていたようだ。
ついに、ふと。
おれは魔がさした。止まった。
まさかな?
振り返るよ。
「らあ!?」
その声その表情まさかのまさか。
「さやかさん?」
「あきらくん!」
知人との遭遇になった。
「どうして~」
ゆっくりと、彼女が近づいてくる。
おれ半信半疑なりに、もうその女の子が『さやかにちがいない』と思い込んでいる。
だよな?
だよね。
これで、ひとちがいだったら笑う。いや笑えない。
いとことか。
姉妹とか。
いたっけ?
なんて考えている頭まっしろ。
「ど、ど、どっどっどっ?」
意味不明な言葉とともに迫り来る白いワンピースの少女。
さやかだ。
さやかか?
さやかだ。
脳内の自問自答めくるめく繰り返し。
観察するよ。
ワンピース。白い。模様は。なさそ?
振り向いた加減でだろうか、逆光っぽくなって、彼女からだのラインが浮かびあがる。
あ。そのシルエットの重なり具合って。
まずい。見てるのバレる。と視線そらした。
が、くっきり脳にメモリーされてる髪型は、なんか束ねてないし?
おれの知っている彼女は、たいてい髪を束ねているイメージ。
ほどけば長い髪そりゃそうだろうけど。
最初から長い髪そのまんまって。見たことないし。
「ど!」
「あ゛」
「あ?」
「こんにちは、さやかさん?」
「やっばりだ。あきらくん?」
「どうも、こんにちは」
「どうもじゃないよ、どうもこんにちは?」
「こんにちは」
「どうしているの?」
「来てしまいました」
「まさか会いにき!」
「ごめんなさい!!」
「うっそ! マジ?」
「え?」
なにかがズレタような気がして、おれ一瞬のうちに覚醒しちゃう。
いや待てよ?
おれは予備校サボって電車の終点で降りてフラフラしてるだけ。
なのに、まさか。
おれ文通相手の女の子に会いに直接つか押しかけて家に行くとこ!?
みたいな。
あれ?
「あれ?」
「いや」
「いや?」
「あれ?」
「どれ?」
「これっ」
「それ?」
「うん。どうもです、こんにちは」
「どうもです。なんかちょっと印象ちがうけど?」
「そお?」
「そう!」
「なんでかな」
「場違い感!」
「場違いかあ」
「なぜ都会の人がこんな田舎に? しかもよりによって、知り合いって」
「都会の人? 誰だよ」
「おまえだよ」
「おれかよ?」
「ていうかマジどういう風の吹き回しで、こうなった?」
「とりあえず」
「うん。とりあえず?」
「あえて、うれしいです」
「カッ!?」
「えっと」
「ごめ。へんな声おもわず出ちゃ」
「こちらこそ驚かしたなら、すみません」
「驚いたよっていうか驚いたわけじゃないけど本人まさかの登場です?」
「いちおう本人ですし、さやかさんです?」
「だよ?」
「だよね?」
「うん」
さやかが近づいてくる。
おれは足が止まったまま。むしろ動けない。かたまっている。
「ところで、さやかさん。なにをしておられたので?」
「なにを?別に。フツウにジョギングよ」
「ジョギング?」
「うん。夏休みに入って、からだなまりそうになったから少し走ろうって。思って」
どう見ても静かに歩いていたような。
「あ。でも、そっか。私が走るイメージって、わかないかな?」
「わくけど」
歩いてたよ?
「しっかし不思議。しかも、こんなに朝から会うなんて」
いやもう朝では、ないような?
いや。夏休みで、ゆっくり起きてるんだとしたらアリか。
「たしかに不思議だね」
「で。なんか用?」
「あ。会えてその。うれしい。な」
「うん。私も、うれしいよ?」
「うん。じゃ、そゆことで」
「うん。じゃ?」
「ごめんね、立ち止まらせちゃって。おじゃましました」
「いやまあ立ち止まるもなにも。おじゃまもなにも?」
「どこか行くとこだったんじゃ?」
「とくに目的あるわけじゃなくて、ただのジョギングよ」
「ただの?」
「そ。ただ走ってるだけ」
歩いてるだけでは?
そしてついにピタッ。
さやかが止まる。
ものすごい目の前。
うわ。なんか、いい香りする。
なにこれシャンプー? せっけん? それとも香水?
うわ。おれいま、どんなだよ?
あれっ。
おれのソラミミだったのか?
終点と言っていたけど、この先にも駅があるっぽいし。
ここドコって思ってたけど、ここって。
『さやかの住んでる街じゃん?』
手紙で何度か書いたことのある住所と同じ地名。
改札を抜けて振り返れば、大きいかと感じた駅舎たいして大きくなくて。
むしろ。
『ここって二階とか、ないんだ?』
驚いた。
けど。
広さを感じるし、大きく思えて、なんだろうな。
宇宙に繫がっていくような?
そういや、さやかのやつ。よく宇宙が星が月がどうとか言ってるし。
こういう場所だったんだな。
ひとり旅のつもりで一大決心したみたいな感覚で乗り越し精算も済ませて来たけど、なあんだ。
よく知ってるやつの地元に来ちゃっただけじゃん!
駅の掲示板に夏祭りだろうか、ポスター。でかでかと。
かなりの賑わいになるんだろうか?
しかしまあ、予備校さぼっちまった。
学校とちがって、家に連絡いくと考えにくい。
学校じゃないけど、親にバレルのは時間の問題かもだけど。
そっか。こんなときこそ、アリバイ作れば?
さやかに頼むか。
だとしても、なんて?
理由は?
さやかを納得させる理由は、いくつか思いつく。
けど親は?
父が納得する理由と、母が理解できる理由。
それらすべての根拠と。
これは。
『思ったより厄介かもだな?』
気軽に行動して、気が重くなる問題に気づいて、あああ、だよ?
どうすりゃいい。
どうしろっていうのさ!
いやさ?
こう言っちゃ、なんだけど失礼かもなんだけどさ。
なんにもないね?
ないにもほどが?
にしたって、ここ、この街のメインゲートじゃないの?
セントラルステーションなんじゃ?
ちがうの。
なんなの。
本当なんにも、ない。
あ、トイレがあるか。
って!
あった!
海!!
おれは駆け出していた。
そこに海がある。それだけで、じゅうぶんな理由だ。
なんのために走るのかなんて気にしないでいい。
なぜ駆け出したのかと問われたら、もはや答える必要すらない。
そもそも質問そのものが間違ってるんだよ?
海がある、駆け出す、ただこうして生きているっていうだけ。
説明するなんて、ヤボ。
まじで、ヤボ。ださ。
だからいいんだ、おれ。なんにも説明できないくらいで、ちょうどいい。
むしろ説明しないで済ましちゃう、おれカッコいい!
なんだよ、おれカッコいいじゃん。
なあ、なあ、なあ?
誰に言ってんだ。
なんなんだこの脳内ひとりごと。
そっか。
これが、ひとりごと。しかも脳内限定。
さやかが、よく言ってるやつだ。
ひとりごと?
脳内!?
なんのことは、ない。
おれが昔からよくやってることだし、さやかに言われるまでもない。
結局なんだよ自分を鏡に映して「美しい」「ダサい」と言ってるのと同じ。
変わってないし、変わらなかったしで、同じままだった。
だけど。
なんかさ、それって嬉しくない?
嬉しくないってことは、ないかもだけど、嬉しくないわけなくなくない?
ああ、めんど。
うれしいんだよ!
シンプルにいこう。
うれしいのさ!
ああ海だ海だ海だ、海だ。海だ、波だ!
すげえ広いな!!
で。
どれくらい時間が経過したんだって?
いつおう時計なら腕にある。
見てないけど。
帰りの運賃すなわち切符買うお金。ちゃんと残しておかないと。
そう考えたら、自販機でジュース買ってる場合じゃなかった。
のどが渇いたら銀行に行こう。
冷水機がある。はず。
銀行が見つからなければ郵便局だ。
たしか、駅前と住宅街にあるはず。
さやかの手紙に押されていた消印が、駅前郵便局。
つまり。
ここ、あいつの行動圏内な。
まさかとは思うけど、遭遇したりとか。
な?
バッタリとか。
ないと思うけど。
でも、ひょっとする。
ひょっとして、ひょっとしたら、ひょっとする。
かもしれない。
だいたい、おれがここにいることが、まさかのまさかだ。
いやあ日差しが眩しいな!
なんだよ、なんだよ、なんなんだよ。空が青いじゃん。
誰だよ、夏の空は紫外線だらけだから白いって言ってたの。
夏の空だって、こんなに青いじゃん。
もうもう見事に見事で青いし青くて青さしか目に入らないよ?
それに比べると海は、みどり?
エメラルド。というより、グリーンに波打つブルーのようにブルーな彩り。
くっ。
さやかなら上手に言い当てられるんだろうな?
なんとかブルーもしくは、セルリアンかんとか。
色の天才な彼女なら、いい感じで表現してくれるだろう。
会いたいな。
会えないけどさ。
そもそも電話番号のメモなんて持ち歩いていないし。
いや待てよ?
おれはカバンを探る。いつもの手帳。
なんとなく、かさばってしまうので底に敷いているやつ。
システム手帳とかいう。
バインダー式の。
書ききったら、年が変わったら、年度ごとに、リーフを交換して使い続けて数年。
そういえば使い始めたのって、小学校6年生だっけ。
中学受験の一年前くらい。
大人が使ってるってわけじゃなかったけど、おれが使い始めたときの感想。
大人になった。
そんなんだった。
あった。ちゃんと底に敷いてある。参考書とノートが重くて出せない。
おれは砂まじりのベンチにカバンを置いて、テキストやノートを取り出していく。
そうそう、こんなに荷物、思い本にノートにペンケース。
って、家を出るときは予備校に行く気まんまんだった。
ってことだよな?
電車に乗ったときも、まさか逃亡することになるとは予想してなかったはず。
どこで、こんなことになったんだろう。
うれしい。変なの。変かな。変だな。うれしいよ?
システム手帳のうしろ、アドレス欄。
そこに書いてある、名前と住所と電話番号と誕生日と血液型。
電話番号か。
だけど。
電話したのって、たしか。
文通を始めるとき、いちばん最初。
あのときだけ。
じゃなかったっけ?
とか考えていたら、視界に緑色の公衆電話。
ちゃんとボックスだ。
透明なガラスに、おおわれている。
あれって、いちおう。個室?
だったら、もしものとき泊まれないかな。
かな?
われながら、いいアイデア。
宿泊所に、しちゃおう。
さやかに電話してみる?
でも、なんて言う。なんの用で。
そもそも今度おれが返事を書く番だから、まずは手紙じゃね?
ぐるぐる脳内ひとりごと。
今日もうすでに一日分を、しゃべりまくったような気がしてる。
早くも一日分を達成しました。
まだ昼前だけど。
昼どうするランチタイム。駅前なんにもなかった。
パン屋もない。
駄菓子屋もなかったはず。
いつまでも眺めていられる気がした海だが、そろそろ別れの時間のようだ。
おれは立ち上がる。カバンも詰めなおして、持ち運びやすくなった。
中身は同じなのに、立てるか横か敷くか倒すかの違いで、持った感じ変わる。
ひらべったさを減らして、ちょい気持ち長めで高さのある感じに収納しなおして、いざ。
歩こう、よく知ってるけど初めての街。
舗装されているアスファルトの歩道には砂びっしり。
わんさか生えてる草の名前は、なんだろうな?
雑草だろうけど。雑草だとして。名前あるはず、だよな雑草にも。
靴底じゃりじゃり鳴りだした。
それにしても、誰とも会わない。
夏休みだから、家にいる? 遊びに出かけた?
かなりの間隔をとりながら建ち並んでる住宅が、どこも別荘みたいに思える。
広いし、白いし、庭の植木とかヤシっぽいし、常夏感まるだし。
いいじゃん、いいじゃん、いいじゃん?
そのとき遠くに誰かの姿が。白いワンピース?
歩いているのか、こっちに来るのか、向こうに行くのか。
この住宅街に迷い込んで最初の遭遇となるのか、それとも。
とか考えていたら、いよいよもうすぐ、もうまもなく。
すれちがうみたいですよ?
おれは地元の人間のフリをする。
なに、ちょっと、な?
ちょっとそこまで出かけての帰りなだけさ。
そんな顔をしながら歩き続ける。
ここでくるりと道を戻ったら、それこそ変に思われる。
なにくわぬ顔して、このまま、まっすぐ。そう、まっすぐ。
白いワンピースの女性は、最初この道まんなかあたりを歩いている感じだった。
おれは右に寄る。
すると、向こうの女性が左。
っていうか、彼女から見たら右か。
つまり道の両端に。
いよいよだな。
さっきまで気づかなかったけれど、遠くに入道雲もくもく積乱雲かスコールの前兆か。
おれの住んでいる街なら、夕立。
けれどこの街この景色に降るとしたら、スコールと呼んだほうが似合うよ。
おれは意識的に歩くスピードを一定にしつつも、想像以上のジャリジャリ感が気になって気になってしかたなくて、意に反して足元を見たりしたのかもしれない。
だから不意打ちだった。
あんなに遠くに見えていた白いワンピースの女性いよいよ、すれちがい。
近づくと、かなり年齢が近いかもって気がした。
夏の少女は白いワンピースが似合うし、夏の避暑地にピッタリかもな。だよな。
とか思いつつ、顔を見ないよ。目を合わせたりしないよ。普通に。
ただもう普通にフツウな、すれちがい。
に、するんだよ?
向こうも、向こうを見ている。そんな感じ。
こちらのことは意識していないっぽい。
さあ、いよいよ。
で、そのとき。
おれ。
ちら。
見ちゃった。
あ。女の子だ。
と思った。
知ってたけど。最初から。白いワンピースだし、女らしいシルエットだし、どこからどう見ても。
って感じだし。
ちら。
うん。
すれちがった。
一歩、二歩、散歩中。また一歩。
そのとき。
「え!?」
大きな叫び。
にも近い感じの小声。
いや、決して大きな声ではなかったのだけれど、小声っぽいくらいだったし。
なのにハッキリ聞こえた。
しかも、おれに向けて?
もうすでに、すれちがっている。
なのに、なんなん、この背中に感じるプレッシャー。
視線なんてもんじゃない。
圧だよ、圧だよ、圧!
けたたましいくらいの圧迫感。
見られてる?
あやしまれてる?
なんとなくだけど、あの女の子が立ち止まったような気配すら感じる。
へんな汗かいてるかも。やばい。
つー。
ひたいからも。
「あっ! き?」
もしも大きな声だとしたら、奇声に感じたと思う。
けど、なんとなく聞き覚えのある。イントネーション。
さやかに似てる。
さやかが、おれを思いがけずに呼び止めるときも、たしか。
あ、き。ら?
って、なるのを思い出した。
さすがは同じ地元というところか。
このエリアならではの、イントネーションなのかもしれない。
それにしても、まだ消えない圧。背中に感じる気配。
無意識に知らず知らず、おれは歩くスピードを落としていたようだ。
ついに、ふと。
おれは魔がさした。止まった。
まさかな?
振り返るよ。
「らあ!?」
その声その表情まさかのまさか。
「さやかさん?」
「あきらくん!」
知人との遭遇になった。
「どうして~」
ゆっくりと、彼女が近づいてくる。
おれ半信半疑なりに、もうその女の子が『さやかにちがいない』と思い込んでいる。
だよな?
だよね。
これで、ひとちがいだったら笑う。いや笑えない。
いとことか。
姉妹とか。
いたっけ?
なんて考えている頭まっしろ。
「ど、ど、どっどっどっ?」
意味不明な言葉とともに迫り来る白いワンピースの少女。
さやかだ。
さやかか?
さやかだ。
脳内の自問自答めくるめく繰り返し。
観察するよ。
ワンピース。白い。模様は。なさそ?
振り向いた加減でだろうか、逆光っぽくなって、彼女からだのラインが浮かびあがる。
あ。そのシルエットの重なり具合って。
まずい。見てるのバレる。と視線そらした。
が、くっきり脳にメモリーされてる髪型は、なんか束ねてないし?
おれの知っている彼女は、たいてい髪を束ねているイメージ。
ほどけば長い髪そりゃそうだろうけど。
最初から長い髪そのまんまって。見たことないし。
「ど!」
「あ゛」
「あ?」
「こんにちは、さやかさん?」
「やっばりだ。あきらくん?」
「どうも、こんにちは」
「どうもじゃないよ、どうもこんにちは?」
「こんにちは」
「どうしているの?」
「来てしまいました」
「まさか会いにき!」
「ごめんなさい!!」
「うっそ! マジ?」
「え?」
なにかがズレタような気がして、おれ一瞬のうちに覚醒しちゃう。
いや待てよ?
おれは予備校サボって電車の終点で降りてフラフラしてるだけ。
なのに、まさか。
おれ文通相手の女の子に会いに直接つか押しかけて家に行くとこ!?
みたいな。
あれ?
「あれ?」
「いや」
「いや?」
「あれ?」
「どれ?」
「これっ」
「それ?」
「うん。どうもです、こんにちは」
「どうもです。なんかちょっと印象ちがうけど?」
「そお?」
「そう!」
「なんでかな」
「場違い感!」
「場違いかあ」
「なぜ都会の人がこんな田舎に? しかもよりによって、知り合いって」
「都会の人? 誰だよ」
「おまえだよ」
「おれかよ?」
「ていうかマジどういう風の吹き回しで、こうなった?」
「とりあえず」
「うん。とりあえず?」
「あえて、うれしいです」
「カッ!?」
「えっと」
「ごめ。へんな声おもわず出ちゃ」
「こちらこそ驚かしたなら、すみません」
「驚いたよっていうか驚いたわけじゃないけど本人まさかの登場です?」
「いちおう本人ですし、さやかさんです?」
「だよ?」
「だよね?」
「うん」
さやかが近づいてくる。
おれは足が止まったまま。むしろ動けない。かたまっている。
「ところで、さやかさん。なにをしておられたので?」
「なにを?別に。フツウにジョギングよ」
「ジョギング?」
「うん。夏休みに入って、からだなまりそうになったから少し走ろうって。思って」
どう見ても静かに歩いていたような。
「あ。でも、そっか。私が走るイメージって、わかないかな?」
「わくけど」
歩いてたよ?
「しっかし不思議。しかも、こんなに朝から会うなんて」
いやもう朝では、ないような?
いや。夏休みで、ゆっくり起きてるんだとしたらアリか。
「たしかに不思議だね」
「で。なんか用?」
「あ。会えてその。うれしい。な」
「うん。私も、うれしいよ?」
「うん。じゃ、そゆことで」
「うん。じゃ?」
「ごめんね、立ち止まらせちゃって。おじゃましました」
「いやまあ立ち止まるもなにも。おじゃまもなにも?」
「どこか行くとこだったんじゃ?」
「とくに目的あるわけじゃなくて、ただのジョギングよ」
「ただの?」
「そ。ただ走ってるだけ」
歩いてるだけでは?
そしてついにピタッ。
さやかが止まる。
ものすごい目の前。
うわ。なんか、いい香りする。
なにこれシャンプー? せっけん? それとも香水?
うわ。おれいま、どんなだよ?
あれっ。
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