ひと夏を戯れたホテル

清水レモン

見ているのに見えていない

 いつも見ているのに、見えていないものがある。
 認識できていなかったと言えばいいだろうか。
 見ていたよ、でも、見えていなかったみたいだ。

 いつもは手紙でやとりしているけれど、文章を読んでいるとき声が聞こえた。記憶の中にある声が再生されるわけだけれど、実際に会話をしていたのとは違う文章だから謎。わかるけれど、わからない、わからないけど不思議じゃない。
 自分で自分の決断や行動が『なぜ、あんなことを?』と疑問に思うときがある。そもそも最初がそうだった。最初の手紙、一通目。便箋二枚目に記載されていた連絡先そこに電話番号もあったから、思わずかけていた。かけながら耳元の呼び出し音を聞き、

 『あれれ? でも文通を始めるんだから、いきなり電話はおかしいかな』

 と冷静になったわけだけれど、ちょっと待て考え直せよと自分で自分に言っているときに、

 「もしもし」

 と声がした。すでに、つながってしまった。

 「もしもし、はじめまして私……」と名乗り手短に自己紹介をする。相づちが返ってきて、そその声を聞いたとき『強くきょひされている感じは、ない』と思えたので少し話をすることにした。

 「いきなり電話ですみません、ご迷惑でしたか?」
 と質問をしてみたけれど、なんとなく会話にがあきそうだったので、

 「電話番号が書いてありましたので挨拶まずは、ひとことだけでもと思ったので」
 と、いいわけをしてみた。
 ゆっくりを心掛けて話してみる。

 「はい」
 と、返事がある。

 わるくない感触だ。いや、警戒は必要かな。どちらにしても、おれの声が相手にも聞かれているわけだし、これで「文字」「言葉」「写真」に続いて「声」の情報も与えたことになる。
 
 『きらわれるなら、さっさと嫌われたほうが……お互いにとってメリットだろう?』

 と、誰かに質問されたわけでもないことを言い訳した。脳内だけで。なんとなくだけど、相手の息遣いが感じられる。ぽーんと会話が、はずんでいるわけではない。けれども、初めてラリーを開始したという点では、わるくない感触だとあらためて思った。

 「ごめんね、とつぜん。でも少しだけお時間いただいても、いいですか?」

 「はい、かまいません…」

 「お手紙さっそくありがとうございました、さっきあけて読みました」
 
 
 「あ。もう、着いたんですね」

 「はい。どうぞ、これからよろしくお願いします!」

 「あ、こちらこそ、はい、よろしく…お願いします」

 「じゃあ、それだけ。挨拶だけの要件なので」

 「はい…え? それだけ」

 「はい、これだけです。お時間いただき、ありがとうございます」

 「あの」

 「はい?」

 「きいてもいいですか?」

 「はい、それはどうぞ?」


 「どうして電話してきたんですか」

 「あ、本当すみません、ご迷惑…でしたよね?」

 「いえ、いいえちがいます、迷惑なんかじゃ。ただ、どうして電話かけてくれる気になったのかが知りたくて」

 「それは」
 おれは言葉を選ぶようにする。相手の息遣いに、おびえはないと感じる。もう少し時間、話しても大丈夫かもしれない。そんな気がしてきた。

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