ひと夏を戯れたホテル

清水レモン

いったいどうすればいいんだよ、と思った矢先

 とりあえず深呼吸しておきましょうか。
 ふぅ。

 ええと、なんでしたっけ。
 そうそう、そうでした。あの夏のことですよ。

 実を言うと、もうそんなに感情があらぶっていないのですよ。
 あんなに長いこと、骨の髄まで恨みツラミで憤りまくって、もう手当たりしだいなにもかも壊してしまいたくなっていたというのに。
 平気じゃないけど、平気なふりをすることができます。
 フリなので、あくまでも。
 やはり心の奥では、ちきしょう、なんですけど。
 まあ、それはそれ、あれはあれと申しますか。

 学びでした、いまにして思えば。
 すべてが学びであり、本人にとってはかてとなっていることでしょう。
 他人事みたいに聞こえるかもしれませんが、他人事ですよ。
 過去なんて、他人事。自分のことだからこそ、なおさら。
 
 私の語る思い出なんて、なにんの証拠もありません。
 まあそうですね、たしかに実在する街に行って、実在する人に会って、気づけばひと夏を楽しんでいたということですが、文字として綴りはじめたらフィクションそのものでしょう?

 もしかすると、同情して欲しかったのかもしれません。
 かわいそうに、よしよし、ってされたかったのでしょう。
 そんなことしてくれるひとは、いませんでした。と断言した直後にこう言うのもなんですけれど、私は私を甘やかしてみようと思ったのです。どうしたらいいか具体的には、よくわかりませんでした。だからとりあえず、

 『よしよし……よくがんばりました』

 揺れる電車の窓に、ぼんやり歪む自分の姿を見つめながら、実際に自分の手で自分の頭をなでたのです。

 『ええ、ほんと、ほんとうに……よくがんばりました』

 自分で自分をなでる光景は、私自身よりも見ているひとのほうが恥ずかしいかもしれません。
 なんだかポエムみたいですね。
 書いてる私よりも、読んだひとのほうが恥ずかしがる。

 私が生まれてすぐにあげた鳴き声だって、文字化すればポエムですよ。
 わあああ、わあ、わああーん、あん、わーわー。
 大人になっても、似たようなことばかり綴っていますね?
 
 もしかすると、この堂々巡りする夏物語を、どうにか締めくくらせないことには、新しい地平線を見つけることはできないのかもしれません。
 島に渡って、せみ時雨のなか、汗まみれで登る灯台。
 私は、いつでもそこに行くことができますし。からっぽの心で、重い気持ちをスーツケースいっぱい閉じ込めフタをすれば、聞き覚えのある歌が聴こえてきます。

 行き詰まり、苦しみ、いったいどうすればいいんだよと思った矢先に、ふと、ひらめく。
 私は逃げたのでしょうか?
 それとも、夢に向かって覚悟を決めて前進しただけでしょうか。
 全身全霊で叫べば叫ぶほど、ひとは無口になるものですよ。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品