ひと夏を戯れたホテル

清水レモン

はじめることさえままならない

 たぶん初期衝動。
 なにもないからこその第一歩。
 ゼロからのスタートではなく、マイナス背負った状態でのスタートだった。
 どんなに頑張っても、努力が空回りしているように実感してしまうし、毎日毎日しっかり積みあげているはずなのに表示されるステータスはマイナスばっか。
 いまならわかる、当然と言えば当然だったから。
 なにがきっかけで、そうなったんだっけ。
 なにが理由で、「おかしい」って気づいて変えようと思ったんだっけ。
 心の中では暴走しまくる感情が、街に出て満員電車に揺られていると黙り込んでしまうしかない。レールの響きがうるさいけれど、いちばんうるさいのは自分自身の本性だった。
 鏡に映る姿は逆。
 はじめることさえ、ままならなかった。
 はじめたと思ったのに、ちょっとづづ進んでいるって感じていたのに、マイナスばかりが目についていた。
 深呼吸してみるか。だからって、状況が一変するわけじゃないけれど。
 明日を迎える深夜の手前、このどうしようもない華やいだ孤独感が懐かしい音楽を連れ戻す。いつか耳にした旋律だ、不思議と身をゆだねてしまうリズム。
 おれ、ぼく、わたし。自分自身。
 呼ばれるときも、名前より「おい」「なあ」「やあ」って呼びかけの省略形の果て。
 だから今でもすごく嬉しくなるんだ、私の名前を呼ばれると。
 私の名前を呼んでくれるひとに、感謝を込めて贈ります。
 電波のように放つから。
 言葉をつづり、文章を刻む。

 いやというほど味わってきたよ、ポエム百篇積みあげても小説にならない。
 文字数をカウントできるけれど、それっぽく体裁を整えてみようとしても、決して凝固することのない菓子もどき。
 足りないのは、なんだろう。
 寒天それとも片栗粉。どろどろだったりサラサラだったり状況は変化してるけれど、固体にしなければ届けられない。私が宇宙を実感しながら時間軸を逆回転させるとき、たしかにスポットライトが劇場全体を照らし出していた。
 私の観点なんて、たかがしれてる。そう思いながらも、おれにはできる、おれならできる、いや、もうすでに始めてしまっているんじゃないのかな。って。

 夏が巡り巡ってくると、「好きな季節」であると同時に「かきむしられる環境」だったことを突きつけられる。全部おれ乗り越えてきたんだよね、ちがう?
 なにもかも全部を乗り越えてきたから、そろそろ自由になれてるんじゃないのかな。
 そう思っていたけれど。

 なんだろう、ぜんぜん自由じゃない。けど、自由に扱える時間が確実に増えている。少なくとも、抜け出せない閉塞空間で窒息してしまうわけじゃないんだ。ありがたいことに、いま、こうして言葉をつづっていられる。伝えたい?
 だな。

 届けたい?

 そうだよ。

 ずっとずっと、自分が未来から受け取っていたメッセージを。
 知らず知らずに過去に向けて放つ日々を過ごし、ふと前向きになろうとしながら、

 『で。どっちが前だっけ?』

 そんなふうに方向を確認している。
 ひと夏を戯れただけの感傷が、いつまで経っても色あせない記憶に塗り替えられた。
 反転する白黒の不可思議な写像みたいに、誰に見せたくて現像したんだっけ。

 おれだよ。おれが見たいって言ったんだ。

 途方もない自己完結の世界観で、いったいおれは誰かを喜ばせることができるんだろうか。一緒にいて過ごせるとしたら、努力のしがいもあるだろう。楽しい時間は共有できるし、意識を同じ方向に向けさえすればどのような体験であっても楽しむことは可能だ。

 おれはなにを望み、なにを嫌い、なにを込めて書こうとしているのだろう。
 もう「物語」なら完成しているんだよ、脳内に。
 そういうもんだろう。
 すでに「逸話」として夜会で打ち明けることだってできるさ。仲間内に。
 そういうもんだろうしさ。

 けど、なにかがちがうんじゃないのかって、おれが思い始めている。
 自己弁護にすらならない言葉の列挙を見せて、一体誰をどのように楽しませてあげたいんだっけ?

 おれは問う。なあ、すべては間違っていなかった。それを証明できないか。

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