ひと夏を戯れたホテル
はじめに(とばしていいよ?)
こんにちは、どうもです!
いえ失礼しました、どうもではなく清水レモンです、こんにちは!!
こちら「ひと夏を戯れたホテル」は「清水漱平」で書いた物語で、ボイスノベルとなっております。
残念ながら2024年・夏・現在は、ボイスノベルを作製することができなくなっております。
けれども、公開済みのボイスノベルはそのまま楽しむことができるので、そのまんまにしておこうと思います。
ボイスノベルの設定は、「地文」「会話」さらに声の表情や感情表現など、いろいろ楽しく設定できました。設定できたのに、久しぶりに読み返したり聞き返したりしようものなら、
『おい! 設定したのと、ちゃうやん!』
ってなること、しばしば。
「ひと夏を戯れたホテル」という物語は、受験生が夏休みに予備校をサボることから始まっていきます。
ひとことでいうと、ティーンエイジャーまっさかりの少年が、人生に絶望し、絶望に絶望し、希望なのか希望じゃないのかよくわからないけれど「自分らしく生きよう」とスタートしていく過程です。
ポイントは、絶望に絶望する、というところ。
両親の愛情に感謝し、両親のため思って行動していた少年ですが、ふと。ある日。なにかが間違っているような感覚におちいります。
正しいと思い込んでいた。あるいは、思い込まされていた。いえ、そもそも何が正しくて何が間違っているのかなど問題にせずに、信念と決意の元で生きていたわけでございます。
予兆は、そりゃあ、ありました。
むしろ、最初から。
『なんかちがう』
『なにかが間違っている』
そのような、直感。子供ながらに持っていましたし、年齢を重ねていくことで、実は『自分の直感がいちばん正しかったんじゃね!?』って、なっていくわけです。
激しい葛藤というより、能天気な自問自答。
うらみつらみを超えて、無力感。
最終的に、
『おれは、どうしたいんだ。
親のこと、いったん置いておいて。
家のこと、いったん無視。
学校のこと、友だちのこと、予備校のこと、恋人のこと。
ありとあらゆる他人の目をシャットアウトしたとしたら、
どうなる?
どうする?』
他人の目を、他人の声を、無視するのは私には困難です。できないと言っても過言ではありません。
けれども、一時的なシャットアウトくらいなら。
世界にたったひとりしかいない自分を、もし、もしも、自分で自分を独占してもいいのだとしたら。
とある予備校で、とある講師が熱弁をふるっていたことがあります、
「きみたちは恵まれている!
受験戦争?
ばかな!
誰も死なないし殺し合いもしない、そんなの戦争なわけないだろう?
ほんものの戦争で戦っているひとたちに失礼だ!」
だよね、だろうな、わかるよ、でもさ。
だったら、あいつの命を返してくれよ。
だったら、あのこの魂を戻してくれよ。
「受験」がなければ失われることがなかった命たち。
そのときの私は、なぜか黙って教室を出ました。
二度と戻らなかった、その予備校へは。
思いやりや愛情、熱意や応援が、なにげない言葉ですれちがい、さりげない話で崩れていく。
でも、このあとどうすればいいんだろう?
私が紡ぐ物語は、すべてフィクションです。
私の空想を拡大し、妄想を飛躍させ、ありとあらゆるなにもかもをグルグルに巻いて溶かして粘らせて、ずい~っと伸ばして「ほれ」ってしてるだけなのです。
けれども、登場人物、団体、風景、事件、すべてにモデルが存在しています。
どうしようもないのです、忘れようとしても忘れられなくて、そのくせ、しっかり覚えていたかったはずのあれやこれやをもう思い出すことができなくなっています。
じゅうぶんに、時間がありました。
振り返れば、さまざまな経験。体験。
成功と失敗に分類さえしなければ、多種多様に面白いことばかり。
それでも、とある年代とくにティーンエイジの受験生まっただなかだった頃のことは、いまもなお埋もれた火が存在しているようなのですよ?
あれもこれも、消えかかっている火です。
ほおっておけば本当に消えてしまう、それだけのことでしょう。
なのに。
『消すんじゃない!』
『消えかかろうとする炎に、もっと怒れ!』
と、声がしました。
もともと私は、異世界転生ファンタジーを書きたくて小説を書き始めたのですよ?
驚きました。
小説、ぜんぜん書けません。
書いても書いても、どこにもたどりつきません。
島影ひとつ見えない水平線に向かって、どうして船を出したのでしょう。
小さいからって、みくびってしまったのでしょうか。ちゃぷん、と足を入れてしまった沼から抜け出せないです。
ポエムは書いていました。
なまなましい記憶もあります。
いちばん古いのは幼稚園のとき。
ままごとでの夫婦ごっこ、そのまえのプロポーズの儀式のこと。
あのとき、どこで読んだか聞いたか前世の記憶か、私はスラスラと言葉を声に載せて吐き出したのですよ。
流れる時間のなかで、消え行く運命の記憶でした……たぶん、そう。消え行く運命の記憶だったはずです。
ところが、ふとしたときに、私は思い出すんですよね。
思い出す。なにげない行動ですが、これは言うなれば、
『好きな歌を歌う』
そんな感覚。
歌った回数だけ、再記憶となります。
中学生の頃までは幼なじみたちとは良好な関係でしたから、記憶の答え合わせも容易です。
それどころか、
「よく覚えてるねー」
「うんうん、そうだったそうだった」
「そんなこと、あったよな。いやマジ思い出したわ」
と、まるでドラマの再放送をみんなで見ているみたいに、それはそれで楽しい時間だったのです。
楽しい時間は、おしまい。
いいかい、もう二度と口に出してはいけないよ?
記憶? ……そんなもの、封印しちゃえ!
さ。
もう戻れない時間のことなど気にせずに、もっとしっかり今日を生きよう。なあ、相棒。他人の目を気にしてばかりいないで、愚かだと言われようが気にせず自分は自分と言い切っちゃえ。ロックンロールだ。そうだろう?
社会人になってからは、後悔したことがありません。
あったとしても、それは小さな反省や学びの類いです。
しかし、19歳までの自分には、どうしようもなくどうしようもない後悔がつきまとっているのです。
20歳は、ほんとうに節目でした。
ていうか、節目にしたかったんだと思う。
もう、『二度と後悔なんてしないように』と決意を、あらたにして。
あらたにしたけれど、きちんと自分で生活できるようになるのは一年後。すごく時間かかりました。あの頃の一年間って、どうして、あんなに長いんだろう。
社会人になってからは、(略
すみませんね、話が乱れてしまって。
「ひと夏を戯れたホテル」の物語です。
ここに込めようとしているのは、受験勉強と予備校の時間を放り投げて逃走した先での出来事と、日本で生きていることというか周囲との調和や協調性の名のもとで支配され続けることへの抵抗から日付変更線を越えていった先での暮らし、すなわち。
「ホテル」という宿泊施設だからこそ体験することができた、ある意味では匿名性、けれども内面から迫り来る自分。寡黙だけれど一歩も譲ろうとしない自分。自分の中にこんな自分もいたのか、という自分。多面的であると同時に、シンプルで原始的でした。
もともと、出会うはずのない関係だったのです。
まさに究極の一期一会です。
でもさ、本当かなあ。
なんだか遠い遠い遠く離れた距離感の果てで、ずいぶん親しくしたことありませんでしたっけか。
初めてだけれど、知っていた。
新しい幕開けだと思っていたのに、とてつもなく古い記憶の再生でした。
19歳から20歳になるとき、もう、とてつもなく大人になる感じというか、いや、自覚というより意識していただけだったかもしれないけど。
うまく言えない。
うまく言えないからこそ、私は言葉で表現しようとします。
私は赤ん坊からハイハイしてなにかやらかしまくる年代の頃、
「でどばずヴめ゛ぶはァほもろれ」
と意味不明言語しか繰り広げられなかったのに、
「この子は、なにか話そうとしてるよ。ほら」
と、とてもとても優しい愛に包まれて迎えていただくことができました。
意味不明言語観は小学校に入学してからも続き、
「それポエムだな、いいんじゃないか」
と好感を持って迎えていただくことができました。
絶望に絶望することなく、「生きよう」「なんだったらわがままに生きちゃえ」と思えたのは、優しく迎えられた体験があったからだと思っています。
科学的な根拠も学術的な因果関係も説明できなくて、恐縮です。ですが、
「オリジナルの曲、つくろうぜ?
え。詞。まかせろよ、オレそういうの得意っしょ!」
なんの根拠もなく自信たっぷり。
できあがりの詞が、どんなにひどいものだとしても、バンドの演奏に合わせて歌い尽くされれば、それはそれで見事に昇華していったのですよ。
音楽って、すごいよね。
音楽って、すごい。
いつも、すごい音楽が側にありました。
たとえ耳元で再生できなくても、脳内では自由自在。
あっちのイントロとつなげたり、ベースごっついの合わせたり。ミックス上等です。
略歴として説明しておきますと、バンドで受けたオーディションは落ちまくってます。
「まあ大音量で演奏できたから、それでヨシ!」
と、みんなで笑いあいながら悔しがってたっけな。
作詞オーディションや売り込みもしましたが、かすりもしておりません。
そもそも、
「ねえ君。君の作品は、詞、詩、どれにあたるのかな?」
と面接、されたとき、
「ぬ!?」
と、わけがわからなくなって、思わず、
「ポエムです!」
と答えたことがありました。
仲間から、
「さっきの返し、すげーよかった」
「うん。感動したよ」
と、賞賛殺られつつも、
「ま~ぁねっ!!」
と、能天気に応えることができていました。
生まれてすぐから、呼吸するようにポエムを吐いて生きているのです。
ふだんの会話そのものが、吸気といえるでしょう。
世界の絶景ではなく、いつものなにげない庭や軒先や路地で撮影した写真が宝です。
けど、いつか、どこかで、おれたちも世界の絶景を目の当たりにして叫んでやろうぜ。
って思っています。
思っています?
あれ?
ひょっとして、『思っていました』と過去完了形ではなく、『思っています』の現在進行形。
ああ、そっか。そうだよな。
表現形式は、まったくあの頃と違うし、手ざわりも異なるし、ぜんぜん初心者まるだしで、
『見ているほうが恥ずかしい』
ってレベルかもしれないけど。
おれ、なにか出来る気がするんだよ。
音楽や詞では認められなかったけど、それはそれ。
なにかできる、なにができるかわからないけど、なにかができることは間違いない。
って、思ってる←イマココ
いいさ、いいよ、『君には無理』というなら、それもそれ。かまいません。
どうぞ、おかまいなく。
だってさあ、たっぷり時間あったんだよ?
あの、たっぷり時間に、なにしてたんだっけ?
いろいろやった。
楽しかった。
うん、それでいい。
それでいいんだ。
おれは全力で自己肯定する。
それが私のできることだから。
それは私にできること。
もしかしたら、私にしかできないことかもしれない。
小説のジャンルすら、よく理解できていないけれど、困ったときは自問自答だ。
なあ、ほら。
私は知っている。とてもとても、よく知っています。
ええ、そうなんです。
私は幾度もメッセージを受信してきました。
そのメッセージの贈り主のことを、
「宇宙から」
「神からかも」
「前世…とか」
「夢で誰かが語ってた」
などと説明してきましたが、
おそらく「自分」です。
私が私、「過去の自分」具体的には「14才のオレ」「19歳の自分」に、
「届け!」
とアドバイスを贈っていたことなのですよ。
昨夜たしかに受け取ったメッセージ。
それも私からの、すなわち未来の自分からのアドバイスでしょう。
なにものにもなれずに朽ち果てていくだけの時間、そんな時間を惜しみながらもがき苦しむことがあっても、ほうら見てください。
なんていうか、膨大な記憶データです。
これ、あなたです。
それ、あなたなんですよ。
私が見せられた記憶の書架は、プラネタリウムのように暗く透明で閃光の見える宇宙でした。
あなたがきっと未来に体験するであろう、つかのまの宿泊施設での自問自答。
そのとき、どうしても迷って迷って迷いすぎて決断できなくてしおれてしまうのを黙って見ているしかできなくて悔しいってなったとしたならば。
この物語、きっとお役に立てられますからね。
あなたが『それでも私は私の味方でいる』と強く思っているのならば、大丈夫です。
安心してください。
まずは、あなたがあなた自身の味方となって、あなたが娯楽に興ずる時間そのものをどうか許してあげてくださいませ。
もう、さんざん努力してきたではありませんか。
全力を尽くし、ありとあらゆる策を講じては試行錯誤を繰り返し、なおかつ論理的に危機を回避してきました。
けれども、あと一歩。
どうしても、あと少し。
成長が止まった背骨に、あと少し伸びてくれないかと願いをかけるなら。
こちらの「ひと夏を戯れたホテル」がお役に立ちますよ。
ええ、あなたが求めている甘い菓子はでてきませんが、あなたを酔わせる果実をごらんにいれましょう。
もし仮に、あなたがあなた、すなわち「自分自身」に『殺意』を向けているとしても、その殺意の刃のもとで呼吸を整えてください。
あなたの体が、すでにもう、なにもかもを知っているのですから。なにもかもをもう、あなたは全身全霊で知っているのですよ。
さあ、それではどうぞ。日の恵みを、お受け取りくださいませ。
いえ失礼しました、どうもではなく清水レモンです、こんにちは!!
こちら「ひと夏を戯れたホテル」は「清水漱平」で書いた物語で、ボイスノベルとなっております。
残念ながら2024年・夏・現在は、ボイスノベルを作製することができなくなっております。
けれども、公開済みのボイスノベルはそのまま楽しむことができるので、そのまんまにしておこうと思います。
ボイスノベルの設定は、「地文」「会話」さらに声の表情や感情表現など、いろいろ楽しく設定できました。設定できたのに、久しぶりに読み返したり聞き返したりしようものなら、
『おい! 設定したのと、ちゃうやん!』
ってなること、しばしば。
「ひと夏を戯れたホテル」という物語は、受験生が夏休みに予備校をサボることから始まっていきます。
ひとことでいうと、ティーンエイジャーまっさかりの少年が、人生に絶望し、絶望に絶望し、希望なのか希望じゃないのかよくわからないけれど「自分らしく生きよう」とスタートしていく過程です。
ポイントは、絶望に絶望する、というところ。
両親の愛情に感謝し、両親のため思って行動していた少年ですが、ふと。ある日。なにかが間違っているような感覚におちいります。
正しいと思い込んでいた。あるいは、思い込まされていた。いえ、そもそも何が正しくて何が間違っているのかなど問題にせずに、信念と決意の元で生きていたわけでございます。
予兆は、そりゃあ、ありました。
むしろ、最初から。
『なんかちがう』
『なにかが間違っている』
そのような、直感。子供ながらに持っていましたし、年齢を重ねていくことで、実は『自分の直感がいちばん正しかったんじゃね!?』って、なっていくわけです。
激しい葛藤というより、能天気な自問自答。
うらみつらみを超えて、無力感。
最終的に、
『おれは、どうしたいんだ。
親のこと、いったん置いておいて。
家のこと、いったん無視。
学校のこと、友だちのこと、予備校のこと、恋人のこと。
ありとあらゆる他人の目をシャットアウトしたとしたら、
どうなる?
どうする?』
他人の目を、他人の声を、無視するのは私には困難です。できないと言っても過言ではありません。
けれども、一時的なシャットアウトくらいなら。
世界にたったひとりしかいない自分を、もし、もしも、自分で自分を独占してもいいのだとしたら。
とある予備校で、とある講師が熱弁をふるっていたことがあります、
「きみたちは恵まれている!
受験戦争?
ばかな!
誰も死なないし殺し合いもしない、そんなの戦争なわけないだろう?
ほんものの戦争で戦っているひとたちに失礼だ!」
だよね、だろうな、わかるよ、でもさ。
だったら、あいつの命を返してくれよ。
だったら、あのこの魂を戻してくれよ。
「受験」がなければ失われることがなかった命たち。
そのときの私は、なぜか黙って教室を出ました。
二度と戻らなかった、その予備校へは。
思いやりや愛情、熱意や応援が、なにげない言葉ですれちがい、さりげない話で崩れていく。
でも、このあとどうすればいいんだろう?
私が紡ぐ物語は、すべてフィクションです。
私の空想を拡大し、妄想を飛躍させ、ありとあらゆるなにもかもをグルグルに巻いて溶かして粘らせて、ずい~っと伸ばして「ほれ」ってしてるだけなのです。
けれども、登場人物、団体、風景、事件、すべてにモデルが存在しています。
どうしようもないのです、忘れようとしても忘れられなくて、そのくせ、しっかり覚えていたかったはずのあれやこれやをもう思い出すことができなくなっています。
じゅうぶんに、時間がありました。
振り返れば、さまざまな経験。体験。
成功と失敗に分類さえしなければ、多種多様に面白いことばかり。
それでも、とある年代とくにティーンエイジの受験生まっただなかだった頃のことは、いまもなお埋もれた火が存在しているようなのですよ?
あれもこれも、消えかかっている火です。
ほおっておけば本当に消えてしまう、それだけのことでしょう。
なのに。
『消すんじゃない!』
『消えかかろうとする炎に、もっと怒れ!』
と、声がしました。
もともと私は、異世界転生ファンタジーを書きたくて小説を書き始めたのですよ?
驚きました。
小説、ぜんぜん書けません。
書いても書いても、どこにもたどりつきません。
島影ひとつ見えない水平線に向かって、どうして船を出したのでしょう。
小さいからって、みくびってしまったのでしょうか。ちゃぷん、と足を入れてしまった沼から抜け出せないです。
ポエムは書いていました。
なまなましい記憶もあります。
いちばん古いのは幼稚園のとき。
ままごとでの夫婦ごっこ、そのまえのプロポーズの儀式のこと。
あのとき、どこで読んだか聞いたか前世の記憶か、私はスラスラと言葉を声に載せて吐き出したのですよ。
流れる時間のなかで、消え行く運命の記憶でした……たぶん、そう。消え行く運命の記憶だったはずです。
ところが、ふとしたときに、私は思い出すんですよね。
思い出す。なにげない行動ですが、これは言うなれば、
『好きな歌を歌う』
そんな感覚。
歌った回数だけ、再記憶となります。
中学生の頃までは幼なじみたちとは良好な関係でしたから、記憶の答え合わせも容易です。
それどころか、
「よく覚えてるねー」
「うんうん、そうだったそうだった」
「そんなこと、あったよな。いやマジ思い出したわ」
と、まるでドラマの再放送をみんなで見ているみたいに、それはそれで楽しい時間だったのです。
楽しい時間は、おしまい。
いいかい、もう二度と口に出してはいけないよ?
記憶? ……そんなもの、封印しちゃえ!
さ。
もう戻れない時間のことなど気にせずに、もっとしっかり今日を生きよう。なあ、相棒。他人の目を気にしてばかりいないで、愚かだと言われようが気にせず自分は自分と言い切っちゃえ。ロックンロールだ。そうだろう?
社会人になってからは、後悔したことがありません。
あったとしても、それは小さな反省や学びの類いです。
しかし、19歳までの自分には、どうしようもなくどうしようもない後悔がつきまとっているのです。
20歳は、ほんとうに節目でした。
ていうか、節目にしたかったんだと思う。
もう、『二度と後悔なんてしないように』と決意を、あらたにして。
あらたにしたけれど、きちんと自分で生活できるようになるのは一年後。すごく時間かかりました。あの頃の一年間って、どうして、あんなに長いんだろう。
社会人になってからは、(略
すみませんね、話が乱れてしまって。
「ひと夏を戯れたホテル」の物語です。
ここに込めようとしているのは、受験勉強と予備校の時間を放り投げて逃走した先での出来事と、日本で生きていることというか周囲との調和や協調性の名のもとで支配され続けることへの抵抗から日付変更線を越えていった先での暮らし、すなわち。
「ホテル」という宿泊施設だからこそ体験することができた、ある意味では匿名性、けれども内面から迫り来る自分。寡黙だけれど一歩も譲ろうとしない自分。自分の中にこんな自分もいたのか、という自分。多面的であると同時に、シンプルで原始的でした。
もともと、出会うはずのない関係だったのです。
まさに究極の一期一会です。
でもさ、本当かなあ。
なんだか遠い遠い遠く離れた距離感の果てで、ずいぶん親しくしたことありませんでしたっけか。
初めてだけれど、知っていた。
新しい幕開けだと思っていたのに、とてつもなく古い記憶の再生でした。
19歳から20歳になるとき、もう、とてつもなく大人になる感じというか、いや、自覚というより意識していただけだったかもしれないけど。
うまく言えない。
うまく言えないからこそ、私は言葉で表現しようとします。
私は赤ん坊からハイハイしてなにかやらかしまくる年代の頃、
「でどばずヴめ゛ぶはァほもろれ」
と意味不明言語しか繰り広げられなかったのに、
「この子は、なにか話そうとしてるよ。ほら」
と、とてもとても優しい愛に包まれて迎えていただくことができました。
意味不明言語観は小学校に入学してからも続き、
「それポエムだな、いいんじゃないか」
と好感を持って迎えていただくことができました。
絶望に絶望することなく、「生きよう」「なんだったらわがままに生きちゃえ」と思えたのは、優しく迎えられた体験があったからだと思っています。
科学的な根拠も学術的な因果関係も説明できなくて、恐縮です。ですが、
「オリジナルの曲、つくろうぜ?
え。詞。まかせろよ、オレそういうの得意っしょ!」
なんの根拠もなく自信たっぷり。
できあがりの詞が、どんなにひどいものだとしても、バンドの演奏に合わせて歌い尽くされれば、それはそれで見事に昇華していったのですよ。
音楽って、すごいよね。
音楽って、すごい。
いつも、すごい音楽が側にありました。
たとえ耳元で再生できなくても、脳内では自由自在。
あっちのイントロとつなげたり、ベースごっついの合わせたり。ミックス上等です。
略歴として説明しておきますと、バンドで受けたオーディションは落ちまくってます。
「まあ大音量で演奏できたから、それでヨシ!」
と、みんなで笑いあいながら悔しがってたっけな。
作詞オーディションや売り込みもしましたが、かすりもしておりません。
そもそも、
「ねえ君。君の作品は、詞、詩、どれにあたるのかな?」
と面接、されたとき、
「ぬ!?」
と、わけがわからなくなって、思わず、
「ポエムです!」
と答えたことがありました。
仲間から、
「さっきの返し、すげーよかった」
「うん。感動したよ」
と、賞賛殺られつつも、
「ま~ぁねっ!!」
と、能天気に応えることができていました。
生まれてすぐから、呼吸するようにポエムを吐いて生きているのです。
ふだんの会話そのものが、吸気といえるでしょう。
世界の絶景ではなく、いつものなにげない庭や軒先や路地で撮影した写真が宝です。
けど、いつか、どこかで、おれたちも世界の絶景を目の当たりにして叫んでやろうぜ。
って思っています。
思っています?
あれ?
ひょっとして、『思っていました』と過去完了形ではなく、『思っています』の現在進行形。
ああ、そっか。そうだよな。
表現形式は、まったくあの頃と違うし、手ざわりも異なるし、ぜんぜん初心者まるだしで、
『見ているほうが恥ずかしい』
ってレベルかもしれないけど。
おれ、なにか出来る気がするんだよ。
音楽や詞では認められなかったけど、それはそれ。
なにかできる、なにができるかわからないけど、なにかができることは間違いない。
って、思ってる←イマココ
いいさ、いいよ、『君には無理』というなら、それもそれ。かまいません。
どうぞ、おかまいなく。
だってさあ、たっぷり時間あったんだよ?
あの、たっぷり時間に、なにしてたんだっけ?
いろいろやった。
楽しかった。
うん、それでいい。
それでいいんだ。
おれは全力で自己肯定する。
それが私のできることだから。
それは私にできること。
もしかしたら、私にしかできないことかもしれない。
小説のジャンルすら、よく理解できていないけれど、困ったときは自問自答だ。
なあ、ほら。
私は知っている。とてもとても、よく知っています。
ええ、そうなんです。
私は幾度もメッセージを受信してきました。
そのメッセージの贈り主のことを、
「宇宙から」
「神からかも」
「前世…とか」
「夢で誰かが語ってた」
などと説明してきましたが、
おそらく「自分」です。
私が私、「過去の自分」具体的には「14才のオレ」「19歳の自分」に、
「届け!」
とアドバイスを贈っていたことなのですよ。
昨夜たしかに受け取ったメッセージ。
それも私からの、すなわち未来の自分からのアドバイスでしょう。
なにものにもなれずに朽ち果てていくだけの時間、そんな時間を惜しみながらもがき苦しむことがあっても、ほうら見てください。
なんていうか、膨大な記憶データです。
これ、あなたです。
それ、あなたなんですよ。
私が見せられた記憶の書架は、プラネタリウムのように暗く透明で閃光の見える宇宙でした。
あなたがきっと未来に体験するであろう、つかのまの宿泊施設での自問自答。
そのとき、どうしても迷って迷って迷いすぎて決断できなくてしおれてしまうのを黙って見ているしかできなくて悔しいってなったとしたならば。
この物語、きっとお役に立てられますからね。
あなたが『それでも私は私の味方でいる』と強く思っているのならば、大丈夫です。
安心してください。
まずは、あなたがあなた自身の味方となって、あなたが娯楽に興ずる時間そのものをどうか許してあげてくださいませ。
もう、さんざん努力してきたではありませんか。
全力を尽くし、ありとあらゆる策を講じては試行錯誤を繰り返し、なおかつ論理的に危機を回避してきました。
けれども、あと一歩。
どうしても、あと少し。
成長が止まった背骨に、あと少し伸びてくれないかと願いをかけるなら。
こちらの「ひと夏を戯れたホテル」がお役に立ちますよ。
ええ、あなたが求めている甘い菓子はでてきませんが、あなたを酔わせる果実をごらんにいれましょう。
もし仮に、あなたがあなた、すなわち「自分自身」に『殺意』を向けているとしても、その殺意の刃のもとで呼吸を整えてください。
あなたの体が、すでにもう、なにもかもを知っているのですから。なにもかもをもう、あなたは全身全霊で知っているのですよ。
さあ、それではどうぞ。日の恵みを、お受け取りくださいませ。

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