ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平

第40話 御手洗さん無双

 ストーカー若山拓也が、御手洗さんに向かって走り出した。
 右手には大型のナイフが握られている。

 ナイフはダンジョン内では、殺傷能力が激減し、ツボ押し棒程度の威力にしかならない。
 それでも、御手洗さんがナイフで攻撃されたら……。

 御手洗さんの心の傷がさらに深くなってしまう。

 俺はストーカー若山拓也を追って走り出そうとしたが、御手洗さんが手を上げて俺を止めた。

「大丈夫ですよ」

 御手洗さんが、笑顔を俺に向ける。

 大丈夫なのか?
 俺は御手洗さんに対応を任せることにした。
 いつでも飛び出せるように、ダッシュする体勢を取り、成り行きを見守る。

「きあああああ!」

 ストーカー若山拓也は、右手に持ったナイフを振りかざし、奇声を上げながら御手洗さんに迫った。
 御手洗さんの顔から笑顔が消え、魔物と戦闘する時の勇ましい表情に変わった。

 左前の構えを取り、右手に持った扇子を、ストーカー若山拓也に向ける。
 力みのない姿勢、凜々しい顔、巫女の衣装がよく似合う。

「死ねぇぇぇぇぇぇ! 静香ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ストーカー若山拓也が、逆手に握ったナイフを思い切り振り降ろした。

「はっ!」

 御手洗さんは右手に持った扇子で、ストーカー若山拓也の右腕を軽く叩く。
 同時に円を描く足さばきで、ストーカー若山拓也の側面に体を移動させ、突進をかわした。
 ストーカー若山拓也は、バランスを崩し前のめりに坑道の床に倒れる。

「えっ? あれ?」

 自分の予想と違ったことを受け入れられないのだろう。
 ストーカー若山拓也は、四つん這いのままキョトンとしている。

 御手洗さんは、魔物との戦闘で敵の攻撃をかわしたり、いなしたりすることを、毎日行っている。
 戦闘訓練を受けていないであろうストーカー若山拓也の攻撃をかわすなど余裕なのだ。

 それに、御手洗さんもステータスの恩恵を受けている。
 ダンジョン内に限っていえば、一般的な成人男性よりも御手洗さんの方が強い。

 つまり――。

「どうしました? もう、終わりですか?」

 御手洗さんが圧勝することは、動かしようのない現実なのだ。

「では、私から行きます!」

 御手洗さんは、ストーカー若山拓也の腹を無造作に蹴飛ばした。
 当然ながら、御手洗さんの蹴りには、ステータスの恩恵が上乗せされている。
 威力は、女子の蹴りではない。

「ゲボッ!」

 坑道の床で四つん這いになっていたストーカー若山拓也は、蹴られただけで胃液を吐き出しながら吹き飛んだ。
 顔面から坑道の壁に激突し、ズルズルと床に倒れる。

 一方で、御手洗さんの表情は氷のように冷たい。

「私を殺すのでは?」

 御手洗さんが、ストーカー若山拓也を踏みつける。
 ストーカー若山拓也は、鼻血を出し、口からは胃液を吐きだし悲鳴を上げている。

(不味いかな? やり過ぎるか?)

 俺は御手洗さんを止めるか迷った。
 御手洗さんの気持ちはわかるし、ある程度の制裁や復讐は当然だと思う。

 ただ、端から見ていると、御手洗さんとストーカー若山拓也の力の差は歴然としている。
 冒険者登録していないストーカー若山拓也のステータスはレベル1だろう。
 御手洗さんはレベル5になっている。
 たかがレベル4の違いだが、対人戦ともなれば、ステータスの差は歴然としている。

 さらに、ストーカー若山拓也は戦闘経験もない。
 二人の力の差は、見ていて哀れなほどだ。

 俺が止めるより先に、坑道の奥からダンジョン省の片山さんが走ってきて御手洗さんを止めに入った。

「御手洗さん! 落ち着いて下さい!」

「大丈夫ですよ」

 御手洗さんは、ゾッとするほど冷酷な微笑みを片山さんに向けた。
 片山さんがたじろぐ。

「ヒール」

 御手洗さんは、グッタリとして坑道の壁に寄りかかっていたストーカー若山拓也に回復魔法をかけた。
 緑色のやさしい光が、ストーカー若山拓也を包み、傷を癒やした。

 御手洗さんのスキルは、『回復魔法★3』だ。
 蹴りのダメージや壁にぶつかったダメージなど、すぐに回復してしまう。

 俺は、これから御手洗さんが何をするのか理解した。

(ようこそ、地獄へ)

 御手洗さんは、ストーカー若山拓也にダメージを与え、スキルで回復を行い、また、ダメージを与える……。
 御手洗さんのMPが尽きるまで終らない、長い制裁を加えるつもりなのだ。

 俺は心の中で、ストーカー若山拓也に手を合わせた。

「うああああ!」

 ストーカー若山拓也は、パニックを起し右手に握ったナイフを振り回しながら御手洗さんに突進した。
 片山さんが後ろに飛び、御手洗さんから離れる。

 御手洗さんが、片山さんに告げた。

「ね? この人は、ナイフを持って、私たちを害するつもりです。だから、私は自分の身を守るのですよ」

「ちょっと! 若山拓也! 武器を捨てて投降なさい!」

「きああああ!」

 片山さんが、投降を勧めたが、パニックを起こしたストーカー若山拓也の耳には届いていない。
 ストーカー若山拓也がナイフを振り回し、御手洗さんが美しい動きで攻撃をかわす。

 ストーカー若山拓也の体が泳いだところで、御手洗さんは動きを直線的に変えた。
 扇子を帯に刺し、両手を握りボクシングの構えを取る。

「フッ! フッ!」

「ギヘッ!」

 きれいなワン・ツーが、顔面をとらえた。
 ストーカー若山拓也が、吹っ飛び坑道の床に転がる。

 そういえば、ボクササイズとかいって、ネットで動画を見てトレーニングしていたなぁ……。
 もう、御手洗さんを怒らすのは、絶対に止めよう。

「まだ、ナイフを手放さないのですね」

 御手洗さんは、倒れたストーカー若山拓也の上に馬乗りになった。
 そのままエルボーを、ストーカー若山拓也の顔面に振り降ろす。

 一発、二発、三発とエルボーが顔面に落ちる。

 あれは、沢本さんから教わっていたケンカ殺法だな。
 沢本さんは、『拳を痛めるから、ヒジを使え』と言っていた。

 御手洗さんは、体重ののったエルボーを何発もお見舞いする。

「ヒール」

 そして回復させては、またエルボーを顔面に落とす。
 ストーカー若山拓也は、何度も意識を失い、無理矢理回復させられ、また痛めつけられ、また意識を失い……精神的にも、肉体的にも、ダメージの大きいループの中にいた。

(なるほど。ヤツの心を折るつもりか)

 御手洗さんの制裁は続きストーカー若山拓也は失禁し、何度目かの回復でついにナイフを手放した。

 ようやく終わりが来たと、俺も片山さんもホッとした。

「天地さん。ナイフを貸して下さい」

「えっ?」

 御手洗さんの目は憎悪に満ちていた。
 顔はストーカー若山拓也に向いたまま、右手を伸ばし俺にナイフを要求した。

「★4のナイフを貸して下さい。トドメを刺します!」

 もう、ストーカー若山拓也は抵抗する気力がない。
 完全に心を折られている。

「た……助けて……」

 ストーカー若山拓也が、微かに声を上げた。
 御手洗さんの口が左右に大きく歪み、目元に影が落ちた。

「ダンジョンで人が死ぬと、どうなるか知ってる?」

 ストーカー若山拓也は、恐怖で声も出ない。
 御手洗さんは、聞いたことのない恐ろしい声で、これから起ることを告げた。

「ダンジョンで人が死ぬと、光の粒子になって消えるの……。魔物と同じように消えるの……。つまり……、あなたを殺しても証拠は残らない!」

「助けてくれ! 助けてくれ!」

 機動隊員さんたちが、坑道の奥から走ってきた。
 これまでは見て見ぬフリをしてくれたが、さすがに人死には不味いと思ったのだろう。

 だが、御手洗さんは、ストーカー若山拓也から視線を外さず殺気を放ったままだ。

「人を殺すってことは、殺される覚悟があるってことでしょう? ここで死んで!」

 俺は御手洗さんに歩み寄って、御手洗さんの肩に手を置いた。

「御手洗さん……」

「この男が生きている限り、私は安心して眠れない! 私は安心して生活出来ない! だから、この男の存在を消すの!」

 御手洗さんは、涙を流していた。
 御手洗さんの言うことは、もっともで、俺は返す言葉を持っていない。
 御手洗さんが、どれほどの恐怖を味わって来たのか。
 どれほど大変な思いをしてきたのか。
 俺には想像もつかない。

 ただ、好きな女性が手を汚すことに、俺は耐えられなかった。

 だから、俺は、ストーカー若山拓也の喉に、ナイフ★4『縦横無尽』を振り降ろした。

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