66.　ワガママ

66.　ワガママ

　私たちは店を出て、飲み物を買って近くの公園のようなところで一休みすることにした。昨日のドラゴンの襲撃が嘘のように、村人たちが平和に過ごしている。

「平和ですね」

　サーシャが呟くように言った。確かに今見た感じだと、昨日のドラゴンの件が夢だったのではないかと思うほど、みんな幸せそうだ。

「あのアイリス様。聞いてもいいですか？」

「なにかしら？」

「その……勝手に具現化してしまって怒ってませんか？」

　不安そうに私を見つめるサーシャ。そんな彼女に私は笑って答える。

「どうして怒る必要があるの？あなたのおかげでこうやって具現化して意志疎通ができるんだし、むしろ感謝しているわよ？」

「アイリス様……よかった」

　サーシャは安心したのか、ホッとした表情を見せる。まったく。心配性なんだから。

「そう言えば昨日、改めて『英雄伝』を読み直したんです！それにしてもアイリス様はやっぱりすごいですね。ずっと魔法を研究していたんですよね？」

「ええそうよ。まぁ最初は失敗ばかりでうまくいかなかったけどね」

「そうなんですか？意外ですね」

「まぁね。私は天才ではないもの。世界を救ったあとも、みんなが困らないように、あの当時は無我夢中で努力をしたものよ」

　私はそう言って空を見上げる。1000年前、私は色々な魔法を開発し、その魔法技法を人々に教えた。そのたびに実験して、失敗したらまた新しい魔法を開発して……それをずっと繰り返してきた。懐かしいわね。

「だとしたら、その努力を無駄にできませんね。また復活した六魔将を私たちの手で必ず」

「ええそうね」

　サーシャは決意に満ち溢れた顔で私を見る。私は彼女の肩に手を置いて「頼りにしているわ」と言う。すると彼女は頬を赤らめて嬉しそうな顔をする。

「私ずっと不安でした。突然失われた平和、握ったことのない武器、先の見えない不安に押し潰されそうになりながらもここまで頑張ってきた」

「サーシャ……」

　サーシャはいきなり魔物の戦乱に巻き込まれたんだものね……。貴族令嬢には厳しい現実よね。何もなければ今頃は優雅に暮らしていたのに。

「だから本当にアイリス様には感謝してもしきれない。頼る人も誰もがいなくなった、それでも生きるために冒険者になろうと決めた。あの時、夢の中でアイリス様が剣の精霊と言ってくれたから……1人じゃないんだってここまで頑張って来れたんです。ずっと助けてくれてありがとうございます。」

　サーシャはそう笑顔で私に言う。なんでこの子は……。感謝なら私の方なのに。あの時、あなたが私を買ってくれなかったら、もしかしたら今でもあの武器屋の壷の中かもしれない。下手したら処分されてる可能性だってある。

「アイリス様？」

　サーシャはとても優しく強い子だ。だからこそ私はサーシャを最強にしてみせる。

「この先の戦いは厳しくなるわ。あなたももう少し魔力量を増やしておきなさい？そうしないと私が具現化した意味がないでしょ？」

「はい！」

　私たちは笑い合う。この子は私の最高の相棒。そして私に勇気をくれる人。もう二度と悲しい思いはさせない。私はそう心に誓う。これは私のワガママだ。でも、この子が幸せな人生を歩むことが私の望みでもある。そのためにも、私は戦う。私は大賢者だから。

「サーシャ。これからよろしく頼むわね」

「はい。こちらこそ」

　私たちはお互いの手を握る。私はこの手を絶対に離さない。例えどんな困難が訪れようとも、この子と一緒なら乗り越えられる。私はそう確信するのであった。