魔工学科のフローラ

黄舞@ある化学者転生3/25発売

第三話

「も、申し訳ありません! 殿下とは知らずに、無礼を!!」

 魔工学以外にほとんど興味が無い私だけど、さすがに王族への最低限の礼儀くらいは学んでいる。
 これでもこの国の貴族に連なる男爵家の長女だからね。
 学園内では、勉学の妨げにならないよう、親の爵位による優劣は明確に禁止されている。
 そもそも親が爵位がなんだろうが、相続するまでは、あくまで貴族の子息子女でしかないのだから。
 だけど、王族は別。
 同じ学園に通いながらも、唯一特別な存在として扱われる。

「無礼か。そうだね。無礼をした自覚があるなら、さっきの提案。断らないよね?」
「断るだなんて! 私としてはあまりにも嬉しい提案ですから! 私の魔工具を欲しいと言ってくれるだけでも、嬉しいのに。その上援助なんて!」
「あはははは。ピペッター嬢は本当に魔工具を作るのが好きなようだ」

 笑顔のカラム殿下の提案は信じられないくらいの幸運で、この場で飛び跳ねたいくらいの嬉しさだけど、私にはどうしても気になる疑問がある。

「ところで、一点だけ気になることがあるんです。もし差し支えなければ聞いてもいいですか?」
「うん? なんだい?」
「魔工具は元々、魔術が使えない人が魔術の代わりとして様々なことが出来るようにと、開発されたものだと私は聞きました。そして、この王族の方々は、この国屈指の膨大な魔力を有し、強力な様々な魔術を操れるのだとか。先ほどの魔力の注入の速さや巧みさを見れば、殿下も例外ではないかと。そんな殿下がどのような魔工具をお望みなのですか?」
「ああ。そのことか。俺が欲しいのはまさにこの魔工具だよ。ただし、さっきも言ったようにもっと容量の大きいものが良い。これじゃあ小さすぎる」
「人工魔石を作る魔工具を? それは、私としても願ったり叶ったりですが……」

 カラム殿下は少し思案するような素振りを見せ、思いついたように両手を打った。
 あまりに大きな音がしたので、私はびっくりしてしまった。

「口で説明するより、実際に見てもらった方が早いだろう。ちょっと一緒に来てよ」
「え? 一緒に来てって何処へ……」

 カラム殿下の大きな手に右手首のあたりを掴まれ、返事をする間もなく、強引に引っ張られていく。
 私よりもずっと背が高く、脚も長いカラム殿下の歩く速度に合わせるため、ほとんど駆け足のような状態だ。
 随分歩いたけれど、追い付くのに精いっぱいで、展示場からどういう道を通ったのかは全然分からない。

「着いた!」

 カラム殿下は発声と同時に足を止めた。
 学園の中なのは間違いないのだけれど、目の前には見たことのない大きな扉が付いた建物がそびえたっていた。

「それじゃあ、中に入るけど。中で見たことは絶対誰にも公言しないと誓ってくれ。もし破ろうとしたら……」
「破ろうとしたら?」
「文字通り、君の存在が消えることになる」
「えええ!? 嫌ですよ! そんなの困ります! まだ作りたい魔工具は沢山あるんですから!」
「気にするところ、そっちなんだ……なんとなく、ピペッター嬢の性格が分かり始めてきたよ……」
「でも、困ります! どんな秘密なのか知りませんが、安請け合いはしない性格なんです!」
「誰にも漏らさないと約束してくれたら、王子権限で学園の魔工具作製に必要な全ての機器の使用権を与えよう」
「任せてください! これでも、口の堅さには自信があるんです! どんな秘密だって一言も漏らしませんから! ええ!!」

 大きく胸を張る私を、何故かカラム殿下はむせるほど笑いながら見ていた。
 なんだろう。
 そんなにおかしなこと言ったかな?

「あはははは! なるほど。ピペッター嬢の扱い方は実に分かりやすい。さぁ、こっちだ」
「それ、褒めてませんよね?」

 私の皮肉の言葉が通じたのか分からないけれど、カラム殿下は気にすることなく建物の中へと入っていく。
 扉を開けるときに手をかざしていたから、きっと魔術的な封印がされている扉なのだろう。
 封印の種類は様々だけれど、適正者以外が開けるのは物理的な鍵なんかよりもずっと困難だと聞いたことがある。
 それだけ重要な建物だということだろうか。

「さぁ。ここだ。もう一度、言うけど。これから見ることは、誰にも。どんなに自分よりも身分の高い者に問われたとしても、絶対に話してはいけない。いいね?」

 ここに来るまでずっと笑みをたたえていたカラム殿下は、真面目な表情で私に聞いてきた。

「大丈夫です! 先ほどお伝えした通り、絶対に誰にも漏らしません! だから、機器使用許可の件。よろしくお願いしますね!」

 どんな秘密か知らないけれど、学園の機器が自由に使えるなんて言われたら、誰だって受けるだろう。
 入学時の説明で、一度だけ見せてもらった機器の数々を思い出す。
 学年の問題で使用許可が下りない機器も沢山あった。
 あれを使えるようになれるのだ。
 あー楽しみだ。
 
「そう。じゃあ、右手を出して」
「右手ですか? これでいいです?」

 カラム殿下に言われた通り、私は右の手のひらを上にして、開いた状態で差し出した。
 するとカラム殿下は何やら詠唱を呟き、最後に私の手のひらに自身の手のひらを重ねた。
 小さく跳ねるような音と熱を感じ、私は思わず自分の手のひらに視線を落とす。
 私の手のひらには、うっすらと紋様のようなものが浮かび上がっていた。

「なんですか? これは」
「今ピペッター嬢が誓ったことを破らないためのお守りみたいなもんさ。約束を破ろうとしなければ何の害も問題もない。日常生活に支障をきたすこともね」
「ということは……もし、破ったら……?」
「言っただろう? 君の存在が消えることになるって」
「えええ!! それってお守りじゃなくて、呪いっていうんじゃないですか!?」
「俺にとってはお守りだろ?」
「ううう……機器の使用許可に惹かれて、もしかしてとんでもないことを約束してしまったんですかね。私……」

 でも! 機器の使用許可の魅力は抗い難い!
 破ろうとしなければ害も問題もないってカラム殿下も言ってるし。
 ここは、さっさと秘密を見て、そして忘れてしまおう。
 それがいい。うん。
 そして、私は新しく使えるようになる機器で、魔工具作りを楽しめばいいんだ。

「さて。なんで俺が人工魔石を作る魔工具が必要なのかという質問の答えだったね。今から見せるよ。多分驚くことになると思うけど、安心して。危険はないから」
「はぁ……よろしくお願いします」

 自分で言うのもなんだけど、腑抜けた返事をしてしまった。
 だって、何を見せてくれるのか、まったく分からないから。
 高度な魔術を扱うことが出来るカラム殿下が魔工具を必要とする理由。
 全然想像もつかないけれど、人工魔石を作るための動力源、つまり魔力と何か関係があるのだろうか?
 そんなことを考えていたら、カラム殿下は少し離れた場所で、突然魔力を練り始めた。
 強力な魔術ほど多くの魔力が必要で、その魔力を捻出するために、体内で練り上げる必要がある。
 人工魔石への注入の際に、私の魔力を使っているので、独学で学んだ魔力操作の基礎。
 私が最大限まで練り上げたとしてもたかが知れているけれど、カラム殿下の練り上げている魔力は尋常ではない量だと、ほぼ素人の私ですら分かる。
 こんな建物の中で、いったいどんな魔術を放とうというのだろうか。

「はあぁぁぁぁ! ……う、うぅぅ!!」

 突然、カラム殿下が苦しみ始めたように見えた。
 驚いて近付こうとしたしたけれど、カラム殿下の周囲は何か近付けない膜のようなものが出来ているようだ。
 そうこうしている内に、カラム殿下の身体に異変が起き始めた。
 アッシュシルバーの髪の毛が逆立ち、頭皮以外からも髪の毛と同じ色の毛が生え始めた。
 骨格も変わっているようで、どんどん人間とは異なる姿へと変貌していく。
 やがて、これ以上の変化が見られなくなった時、私の前には全く違う生物が立っていた。
 もし変化している最中を見ていなければ、目の前の生物がカラム殿下だとは信じられない。

「ふぅ……能動的にこの姿になるのはめったにないから、疲れるな。あはは。どうだい? 驚いただろう? これが、俺がピペッター嬢の魔工具が欲しい理由さ。先祖返りでね。歴史上でも稀にみる魔力量を持った俺は、定期的に体内の魔力を排出しないと、この姿になってしまうんだ」

 目の前の生物、いや……カラム殿下が少し悲しそうな声でそう言った。
 全身が柔らかそうなアッシュシルバーの毛で覆われ、眉間の真上の額には小さく尖った角が一本。
 背中には身体と同じく毛に覆われた翼が生え、大きくクリっとした瞳が私をじっと見つめている。
 こんな……こんなことって……

「あはは。恐ろしいかい? この国を建国した王は竜の花嫁を娶った。国の誰もが知っているおとぎ話さ。昔は結構俺みたいな王族も居たみたいだけどね。もう何代も前から記録すらない。俺だって好き好んでこんな姿になりたいわけじゃ――」
「か、可愛い!!」
「え?」
「なんですかその絶妙な愛くるしい姿は!! 私、魔工具以外のもので、こんなに気持ちの高鳴りを受けたの初めてです!!」

 私の言葉に、の姿をしたカラム殿下は、何故か引きつった表情をしたように見えた。

コメント

  • ノベルバユーザー601499

    カラム殿下の姿を挿絵で見れたらな〜と思いました!
    なかなか工具なども説明が細かかったので一緒に描写されたら良いなと思いました!

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