魔工学科のフローラ

黄舞@ある化学者転生3/25発売

第一話

「それではお父様、お母様。行ってまいります!」

 私は笑顔で、私の門出を見送る両親に挨拶をする。
 フローラ・ピペッター、それが私の名前。
 小さな領地を持つピペッター男爵家の長女として育った私は、この国で定められた国律に従いこれからの三年間を王都にある学園で過ごす。
 私の両親や祖先たちも通った伝統のある学園だ。
 今後の三年間に期待を膨らませている私とは対照的に、何故かお父様は心配顔だ。

「身体に気を付けるんだよ。フローラ。ところで……専攻学科だが、事前の志望は出すが、入学してからも他の学科に空きがあれば変えられるからね」
「あら。専攻学科を変えるなんて、考えられないわ。私がどれだけ魔工学科に行きたがってたか、同じ学科に通ったお父様が一番ご存知のはずでしょう?」

 学園入学時に本人の志望により所属が決まる専攻学科。
 私は小さい頃から慣れ親しんだ魔工学科を志望した。
 魔術の才能がない者でも様々なことを可能にする魔工具の魅力を語ろうとすれば、一日中話しても足りないくらいだ。
 学園で教鞭を振る教授の中には著名な魔工学士もいると聞くし。
 何より学園では、男爵が持つ資産では到底持てないような、高額な機器が数多く揃っていると言っていたのはお父様だ。
 私のお小遣いで手に入る道具でも、簡単な魔工具なら作れるが、高度な魔工具になれば難しい。
 すでにいくつか暖めている魔工具の試作を出来る日が来るのを、私がどれだけ待ち望んでいたか。
 私の返事にも浮かない顔のお父様に、お母様が私の援護の言葉をかけた。

「まぁまぁ、あなた。フローラがどれだけ魔工具のことを愛しているか、あなた自身がよくご存知のはずでしょう? 魔工学科には女性が少ないのは私も存じていますが、ゼロというわけでもありませんし」
「そうは言ってもなぁ。お前だって知っているだろう? 魔工学科に所属する令嬢は、魔工学に興味があるわけじゃないってことを」

 お父様の言葉に私は内心首を傾げた。
 適齢の貴族の子息子女が全員通うことを義務付けられている学園だけど、所属する学科はほぼ本人の自由意志だと聞いている。
 特例は魔術学科で、この学科だけは魔術の才能が無いと志望しても入ることが出来ないらしい。
 それ以外の専攻を志望して、興味がないなんてあるのだろうか。
 気になってみたものの、少なくとも私には関係ない話そうだ。
 魔工学以上に興味があることなんて、今のところないから。

「さぁさぁ。そろそろ出発しないと、着く頃には日が暮れてしまいますよ。フローラもあんまり無茶をしてはいけませんよ。手紙も書くのよ? 新年にはきちんと顔を見せに戻って来るんですよ」
「はい! お母様! お二人もお元気で!」

 私ははやる気持ちを抑えきれずに、学園行きの馬車に乗り込む。
 これまで溜め込んだ魔工具の案を書いた手帳を広げ、試作に明け暮れる自分自身の姿を想像してニヤけた。


 私が学園に入学してから、半年ほどが経った。
 思っていた以上に魔工学科の授業内容は刺激的で、教授の許可が下りれば高価な機器も使いたい放題。
 魔工具作りに関しては、私の期待通り、いや、それ以上の環境だと言える。
 ただ、私の想像と違うことが良い事ばかりでもなかった。
 今思えば、旅立つ時のお父様の心配も意味が分かる。
 魔工具史の授業中、先頭の席で教授の話を聞く私の後頭部に、いつも通りの会話が流れていた。

「ねぇ。じゃあさ。今日の午後、王都に新しく出来た人気のカフェに行こうよ。一日三十食限定のデザートを食べに」
「ええ。いいわね。人気すぎて中々食べられないって聞いたけれど、大丈夫かしら?」
「任せて! ちゃんと、予約したから。普通は予約なんて出来ないんだけど、お父さんの名前出したら一発さ」
「まぁ、素敵!」

 魔工学科の学生のほとんどは男性で、親の持つ爵位は様々。
 一方、女性は私を含めて数名だけ。
 その全員が私と同じく男爵家や子爵家の令嬢だった。
 魔工学は昔から男性的な学問だと言われているのは知っていたので、この男女比についてはなんの驚きもない。
 ただ、入学当時の私は、私以外にも魔工学に興味がある女性が数人でもいるだけで嬉しく思っていた。

「ちっ。あいつは良いよな。他のもすでに相手が出来ちまったし、俺の青春は灰色だよ」
「相手が決まってない奴なら一人いるじゃないか。狙い目だぜ」
「冗談でも面白くねぇよ。ピペッター嬢なんて相手する奴いると思うか? 魔工具の話を聞くのは講義中だけで十分だ」
「あー。魔工学科は男ばっかだとは分かっていたけど、数少ない女子の奪い合いにあぶれると辛いもんがあるよなー」
 
 私に聞こえているとは思っていないのか、それとも聞こえても気にしていないのか。
 まぁ、私自身も既にこの状況に慣れてしまって、気にしないけれど。
 つまるところ、魔工学科に所属する令嬢が興味があるのは、将来有望な伴侶を見つけることなのだ。
 女性が少ない学園生活。
 他学科の学生と交流を持てない訳ではないけれど、学舎も違えば共に過ごせる時間も大きく異なる。
 男性たちは数少ない女性に群がり、女性はその中から選びたい放題。
 かくいう私も、入学してすぐに数人から声をかけられた経験がある。

『ねぇ。君。可愛いね。名前は?』
『フローラ・ピペッターです! 魔工学科は凄いですね! こんなに設備が整ってるなんて! あ! あなたの好きな魔工具はなんですか? 私はやはり、着火の魔工具ですね! あれが発明されてから生活の基準が大きく変わったと思ってます!』

 同じ魔工具学科の学生同士、てっきり魔工具の話に花を咲かせることが出来ると思い込んでた私だったけれど、残念ながら向こうはそうではなかったらしい。

『あ……そう。着火の魔工具ね。うん。良いよね……それじゃあ、良い学園生活を』

 そう言った名前も知らない学友の顔は困惑の表情だったし、その後、彼と私的な会話をしたことは一度もない。
 少し意識を巡らせていると、講義終了の合図が響いた。

「それでは、今日の講義はここまでにしよう。知ってる通り、明日からそれぞれが作製した魔工具の展示が始まる。まだ提出していないものは今日中に出すように」

 魔工学科の担任でもある真工学史のガウス教授の言葉に、私はポケットに入れたままになっている自作の魔工具を無意識に触った。
 作製自体はもう随分前に終わっていたけれど、提出期限のギリギリまで調整をした自信作だ。
 本当はもっと良い材料が手に入ればとも思ったこともあったけれど。
 手に入る範囲で最良のものを作り出すのも、魔工具士には必要な技術だと学んだので、今は満足している。
 私はすでに教室を出てしまっていたガウス教授の元へ駆け寄り、声をかけた。

「ガウス先生。まだ提出していなかった。展示用の魔工具です。お願いします」
「ああ。ピペッター君か。君はいつも熱心に授業を受けているのに、まだ受け取ってなかったから不思議に思ってたんだ。それで。自信作かね?」
「はい! まだ改良の余地は沢山あると思いますが、今自分が出来る限りのことはしました!」
「ははは。そうかね。頼もしいな。展示会では全学年だけでなく、研究所所属の者たちの試作品も展示される。様々な物を見て、大いに刺激を受けると良い」
「分かりました! 明日が楽しみですね!」

 私から魔工具と簡単な説明書きを受け取ったガウス教授は、にこやかな顔をしながら教授室へと歩いて行った。
 ひとまずの達成感を持ちながら、私は午後の授業に備えるための腹ごしらえに、食堂へと向かう。
 一番安い食事を頼んで一人席に座った。

「明日の展示会楽しみだなぁ。普段交流することない上の学年の人も来るだろうし。研究所の人にも会えるのかな? 私の作った魔工具が評価されちゃったりして! って流石にそんなことないか」

 一人で明日の展示会を妄想しながら、少しパサついた料理を口に運んでいた私はまだ知るよしもなかった。
 私の作った魔工具をこの国の第一王子が目に留めて、今後の学園生活が大きく変わることを。

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