色香滴る外資系エリートに甘く溶かされて
ex 2-1. 私と彼と悪友たち
どうしよう、と私は背中に冷や汗をかきながら日本酒に口をつける。柔らかな口当たりの透き通ったお酒を少しずつ飲み進めるが、目の前に座る相手————詩織は無言のままだ。
「あの、大丈夫………?」
いつものようにオーバーリアクションで喜んでくれるだろうと思っていただけに、この沈黙はキツい。
目敏い詩織は再会してすぐに私の婚約指輪の存在に気がついた。そして、あっという間にテンションが上がった彼女は私を質問攻めにしてきた。そんな彼女をどうにか宥めて、予約していたお洒落な居酒屋に入って、日本酒で乾杯して、私の婚約について話始めて……そこまではいつも通りだった。なのに、その相手が春都だということを伝えた辺りから彼女の表情が抜け落ちていった。そんな詩織の様子が気になりつつも、春都と婚約するまでの経緯を一通り話し終えて今に至る。
私が1人で狼狽えていると、詩織は無表情のまま自分の酒盃になみなみと日本酒を注いで一気に煽った。その様子に驚いていると、ようやく彼女が口を開いた。
「玲奈」
「はい、なんでしょう」
「ほんっとうに、おめでとう………」
「あ、ありがとうございます」
「もうなんか、びっくりして何も言えなくなっちゃって……本当に良かったね………」
感慨深げにそう呟いた彼女の瞳は潤んでいた。多弁な彼女らしからぬ、心の込もった端的な感想に私まで目がうるうるしてきた。そのまま2人で静かに日本酒を飲み交わす。
「玲奈は気にしてないって言ってたけど、私はずっとあのバイト紹介したことを後悔しててさ……だって、玲奈に限ってあんなことになるとは思ってなくて」
「やだ、もうその話はやめてってば。それにあの時は本当に詩織にお世話になったし」
「いや、それにしてもあれは酷かったよ。今思うと、ある種の自傷行為だったと思うもん……」
これはその、あれだ。5年前、春都との関係を断ってからの私の話をしているらしい。確かに今思うとあの時の自分は常軌を逸していた。就活の関係で身嗜みこそちゃんとしていたが、碌に食事や睡眠が摂れなくなってあっという間にやつれていって……敢えて思い出したい記憶ではない。私の様子がおかしいことに気がついた詩織がすぐに手を差し伸べてくれたおかげで大事には至らなかったのだ。彼女には感謝の念が尽きない。
「今まで黙ってたけど、あんまりにも心配で黒服の柳さんに連絡しちゃったくらいだもん」
「え、何それ。初耳なんだけど」
「まぁ、何があったかは当人同士しかわかんないし、そっとしとくのが一番だよって言われたんだけどね……でも、柳さんもかなり気にしてたみたい。退店後に電話しちゃったって言ってた」
「確かお店辞めた後に1回だけ電話掛かってきたけど…そうだったんだ……」
詩織にも柳さんにも、きっと他の人にも。本当にあの時の私は心配をかけていたらしい。
「なんか…そんなに周りから心配されてたと思うと心苦しくなってきた」
「いや!玲奈は何も悪くないから…!強いて言えば、やっぱり加賀谷さん…今は春都さんなんだっけ?のツメが甘かったんだと思うよ」
「いや、私があの朝ちゃんと春都と向き合っていれば……」
「あー、もう!ごめん!この話は終わりにしよう!せっかく婚約したんだから楽しい話が聞きたいな!!」
私が暗くなってきたせいか、詩織がいつものテンションに戻ってきた。
「にしても、凄い偶然だね。まさか会社で再会するなんて」
「ほんとに。最初に見かけた時は目を疑ったもん。あんな偶然があるなんて————ん?」
ふと、私の肩に誰かの手が置かれた。春都かと思ったが、彼からは少し前にまだ会議中だと連絡が来ていた。怪訝な顔で振り返ると見覚えのある2人がいた。
「おおー!久しぶり!!」
「わ、やっぱり!もしかしなくてもリリちゃんだよね?」
「ええ!?お久しぶりです…というか、よく私のこと分かりましたね!」
「加賀谷に幸せそうなツーショットの写真見せてもらったとこだったからさ!いやぁ、おめでとう!」
なんと、橘さんと佐倉さんだった。久しぶりに会う2人は印象が少し変わっていたが、話し方は当時と全く変わっていない。思わぬ遭遇に驚いていると、詩織が誰?という顔でこちらを見ていた。私が説明をすると何故か全員が得心したような顔つきになった。
「君がリリちゃん、じゃなかった玲奈ちゃんをバイトに誘ったっていう子なんだね」
「……春都さん、お2人にそんな話までしてるんですか」
「ははは、全部筒抜けだ。あいつ、玲奈ちゃんのことで悩み始めると何でも話しちゃうからな」
「そうそう。普段は春都って呼び捨てにしてるのも知ってるよ。そんな些細な事すら幸せで堪らないってこの前会った時に言ってた」
ちょっと頭が痛くなってきた。これは後で春都に話を聞かなきゃいけない。
「えー、もっと加賀谷さんの話聞きたいです!お兄さま方、良かったら一緒に飲みませんか!」
「いいね、詩織ちゃん!一緒に飲もうぜ!」
詩織と橘さんが意気投合し始めた。その流れで2人が席に加わって4人で飲むことになった。実はこのエリアはUNIの本社から近いようで、仕事終わりに飲みに来たところだったらしい。そういえば春都もこの店のことを知っているようだったし納得だ。
「あ、そういえば。実は春都も後から来てくれる予定で」
「ええ!?何それ聞いてないよ!もちろん大歓迎だけど!」
「いや、つい話しそびれてて。詩織ならそう言ってくれると思ってたからさ」
「よし!じゃあ、加賀谷が来るまでにお兄さんたちがあいつの秘密を暴露してやろう」
「こらこら、橘。調子に乗りすぎると後で痛い目見るよ」
「いいじゃないですか!お2人は何飲みますか?」
サッと詩織がメニューを出して、2人にお酒を勧め始めた。早く春都に来てもらわないとヤバいかもしれない。この3人に根掘り葉掘り聞かれたら対抗できる気がしない。
お酒を飲みながら、春都が婚約したことでUNI社内に激震が走った話や彼がいかにこの5年間私のことを引き摺っていたかという話がしみじみと語られていく。詩織が絶妙な合いの手を入れるせいで、それは私に知られたくなかったんじゃないかな……というような話も飛び出してきて、遠い目をしたタイミングで春都がお店に入ってきた。
「わ、加賀谷!よりによってこのタイミングで!」
「は?なんでお前らがここにいんの」
「いや、偶然会ってね」
「そんなわけないでしょ……玲奈、お疲れ様。初めまして、詩織ちゃんだね?いつも話は聞いてるよ」
驚いた顔をしながら同期2人を一瞥した後、春都は私と詩織ににこやかに話し掛けてきた。そして、当たり前のように私の隣に座る。そんな様子を見て、詩織がにんまりと笑った。物凄く嫌な予感がする。
「加賀谷さん、初めまして!詩織です!ご婚約おめでとうございます!って、話には聞いてましたけどほんとにモデルさんみたいですね!そりゃあ、その気になったら女の子なんていくらでも引っ掛けられますよねぇ。来るもの拒まず、去るもの追わずだったのも納得です!」
「げ、詩織ちゃん…それ本人には言っちゃダメなやつ!!」
「おい、橘。今すぐ表に出ろ」
春都はどす黒いオーラを放ちながら満面の笑みで立ち上がった。相当思う部分があるらしく、何やら橘さんを英語で罵倒しながら店の外へ引き摺って行く。橘さんもさすがはUNI社員という感じの達者な英語で反論しているが、顔が青褪めていた。佐倉さんも呼ばれたようで「ちょっと行ってくるね……玲奈ちゃん、悪いんだけどあんまり長引くようだったら適当なタイミングで助けに来て。後、なんか強めのお酒頼んどいて」と言い残して去っていった。
「わぉ、加賀谷さんって英語の方が素なのかな。本当に流暢なんだね」
「生まれも育ちも向こうらしいからね…って、詩織。なんでわざわざ焚きつけたの」
「あ、バレた?」
あはは、と楽しそうに詩織が笑っている。やはり確信犯だったようだ。
「ああやって言っておいた方が帰ってから2人で話し合いやすいでしょ?それに婚約祝いを渡そうと思って」
「え?婚約したって知ったのついさっきだよね?」
「そうだよ。でもね、ちょうどいいものを持っててさ」
はい!といって手渡されたのは1冊の本だった。
「実録浮気100選、これを読めばその後の対応まで丸わかり…って、何でこんな本持ってるの!??」
「いやぁ、実習でちょうど離婚訴訟扱っててさ!たまたま持ってたんだよね!ざっと読んでみたけど結構実用的だし参考になると思うよ!」
もう、なんか…ここまでくると面白おかしくなってきてしまった。さすがは詩織だ。せっかくなのでお酒片手に本を開いて、詩織イチオシの事例を解説してもらうことにした。完全に酔っ払いの所行だ。
戻ってきた男性陣にドン引きされるまで女2人で爆笑しながらお酒を飲み交わしたのだった。
「あの、大丈夫………?」
いつものようにオーバーリアクションで喜んでくれるだろうと思っていただけに、この沈黙はキツい。
目敏い詩織は再会してすぐに私の婚約指輪の存在に気がついた。そして、あっという間にテンションが上がった彼女は私を質問攻めにしてきた。そんな彼女をどうにか宥めて、予約していたお洒落な居酒屋に入って、日本酒で乾杯して、私の婚約について話始めて……そこまではいつも通りだった。なのに、その相手が春都だということを伝えた辺りから彼女の表情が抜け落ちていった。そんな詩織の様子が気になりつつも、春都と婚約するまでの経緯を一通り話し終えて今に至る。
私が1人で狼狽えていると、詩織は無表情のまま自分の酒盃になみなみと日本酒を注いで一気に煽った。その様子に驚いていると、ようやく彼女が口を開いた。
「玲奈」
「はい、なんでしょう」
「ほんっとうに、おめでとう………」
「あ、ありがとうございます」
「もうなんか、びっくりして何も言えなくなっちゃって……本当に良かったね………」
感慨深げにそう呟いた彼女の瞳は潤んでいた。多弁な彼女らしからぬ、心の込もった端的な感想に私まで目がうるうるしてきた。そのまま2人で静かに日本酒を飲み交わす。
「玲奈は気にしてないって言ってたけど、私はずっとあのバイト紹介したことを後悔しててさ……だって、玲奈に限ってあんなことになるとは思ってなくて」
「やだ、もうその話はやめてってば。それにあの時は本当に詩織にお世話になったし」
「いや、それにしてもあれは酷かったよ。今思うと、ある種の自傷行為だったと思うもん……」
これはその、あれだ。5年前、春都との関係を断ってからの私の話をしているらしい。確かに今思うとあの時の自分は常軌を逸していた。就活の関係で身嗜みこそちゃんとしていたが、碌に食事や睡眠が摂れなくなってあっという間にやつれていって……敢えて思い出したい記憶ではない。私の様子がおかしいことに気がついた詩織がすぐに手を差し伸べてくれたおかげで大事には至らなかったのだ。彼女には感謝の念が尽きない。
「今まで黙ってたけど、あんまりにも心配で黒服の柳さんに連絡しちゃったくらいだもん」
「え、何それ。初耳なんだけど」
「まぁ、何があったかは当人同士しかわかんないし、そっとしとくのが一番だよって言われたんだけどね……でも、柳さんもかなり気にしてたみたい。退店後に電話しちゃったって言ってた」
「確かお店辞めた後に1回だけ電話掛かってきたけど…そうだったんだ……」
詩織にも柳さんにも、きっと他の人にも。本当にあの時の私は心配をかけていたらしい。
「なんか…そんなに周りから心配されてたと思うと心苦しくなってきた」
「いや!玲奈は何も悪くないから…!強いて言えば、やっぱり加賀谷さん…今は春都さんなんだっけ?のツメが甘かったんだと思うよ」
「いや、私があの朝ちゃんと春都と向き合っていれば……」
「あー、もう!ごめん!この話は終わりにしよう!せっかく婚約したんだから楽しい話が聞きたいな!!」
私が暗くなってきたせいか、詩織がいつものテンションに戻ってきた。
「にしても、凄い偶然だね。まさか会社で再会するなんて」
「ほんとに。最初に見かけた時は目を疑ったもん。あんな偶然があるなんて————ん?」
ふと、私の肩に誰かの手が置かれた。春都かと思ったが、彼からは少し前にまだ会議中だと連絡が来ていた。怪訝な顔で振り返ると見覚えのある2人がいた。
「おおー!久しぶり!!」
「わ、やっぱり!もしかしなくてもリリちゃんだよね?」
「ええ!?お久しぶりです…というか、よく私のこと分かりましたね!」
「加賀谷に幸せそうなツーショットの写真見せてもらったとこだったからさ!いやぁ、おめでとう!」
なんと、橘さんと佐倉さんだった。久しぶりに会う2人は印象が少し変わっていたが、話し方は当時と全く変わっていない。思わぬ遭遇に驚いていると、詩織が誰?という顔でこちらを見ていた。私が説明をすると何故か全員が得心したような顔つきになった。
「君がリリちゃん、じゃなかった玲奈ちゃんをバイトに誘ったっていう子なんだね」
「……春都さん、お2人にそんな話までしてるんですか」
「ははは、全部筒抜けだ。あいつ、玲奈ちゃんのことで悩み始めると何でも話しちゃうからな」
「そうそう。普段は春都って呼び捨てにしてるのも知ってるよ。そんな些細な事すら幸せで堪らないってこの前会った時に言ってた」
ちょっと頭が痛くなってきた。これは後で春都に話を聞かなきゃいけない。
「えー、もっと加賀谷さんの話聞きたいです!お兄さま方、良かったら一緒に飲みませんか!」
「いいね、詩織ちゃん!一緒に飲もうぜ!」
詩織と橘さんが意気投合し始めた。その流れで2人が席に加わって4人で飲むことになった。実はこのエリアはUNIの本社から近いようで、仕事終わりに飲みに来たところだったらしい。そういえば春都もこの店のことを知っているようだったし納得だ。
「あ、そういえば。実は春都も後から来てくれる予定で」
「ええ!?何それ聞いてないよ!もちろん大歓迎だけど!」
「いや、つい話しそびれてて。詩織ならそう言ってくれると思ってたからさ」
「よし!じゃあ、加賀谷が来るまでにお兄さんたちがあいつの秘密を暴露してやろう」
「こらこら、橘。調子に乗りすぎると後で痛い目見るよ」
「いいじゃないですか!お2人は何飲みますか?」
サッと詩織がメニューを出して、2人にお酒を勧め始めた。早く春都に来てもらわないとヤバいかもしれない。この3人に根掘り葉掘り聞かれたら対抗できる気がしない。
お酒を飲みながら、春都が婚約したことでUNI社内に激震が走った話や彼がいかにこの5年間私のことを引き摺っていたかという話がしみじみと語られていく。詩織が絶妙な合いの手を入れるせいで、それは私に知られたくなかったんじゃないかな……というような話も飛び出してきて、遠い目をしたタイミングで春都がお店に入ってきた。
「わ、加賀谷!よりによってこのタイミングで!」
「は?なんでお前らがここにいんの」
「いや、偶然会ってね」
「そんなわけないでしょ……玲奈、お疲れ様。初めまして、詩織ちゃんだね?いつも話は聞いてるよ」
驚いた顔をしながら同期2人を一瞥した後、春都は私と詩織ににこやかに話し掛けてきた。そして、当たり前のように私の隣に座る。そんな様子を見て、詩織がにんまりと笑った。物凄く嫌な予感がする。
「加賀谷さん、初めまして!詩織です!ご婚約おめでとうございます!って、話には聞いてましたけどほんとにモデルさんみたいですね!そりゃあ、その気になったら女の子なんていくらでも引っ掛けられますよねぇ。来るもの拒まず、去るもの追わずだったのも納得です!」
「げ、詩織ちゃん…それ本人には言っちゃダメなやつ!!」
「おい、橘。今すぐ表に出ろ」
春都はどす黒いオーラを放ちながら満面の笑みで立ち上がった。相当思う部分があるらしく、何やら橘さんを英語で罵倒しながら店の外へ引き摺って行く。橘さんもさすがはUNI社員という感じの達者な英語で反論しているが、顔が青褪めていた。佐倉さんも呼ばれたようで「ちょっと行ってくるね……玲奈ちゃん、悪いんだけどあんまり長引くようだったら適当なタイミングで助けに来て。後、なんか強めのお酒頼んどいて」と言い残して去っていった。
「わぉ、加賀谷さんって英語の方が素なのかな。本当に流暢なんだね」
「生まれも育ちも向こうらしいからね…って、詩織。なんでわざわざ焚きつけたの」
「あ、バレた?」
あはは、と楽しそうに詩織が笑っている。やはり確信犯だったようだ。
「ああやって言っておいた方が帰ってから2人で話し合いやすいでしょ?それに婚約祝いを渡そうと思って」
「え?婚約したって知ったのついさっきだよね?」
「そうだよ。でもね、ちょうどいいものを持っててさ」
はい!といって手渡されたのは1冊の本だった。
「実録浮気100選、これを読めばその後の対応まで丸わかり…って、何でこんな本持ってるの!??」
「いやぁ、実習でちょうど離婚訴訟扱っててさ!たまたま持ってたんだよね!ざっと読んでみたけど結構実用的だし参考になると思うよ!」
もう、なんか…ここまでくると面白おかしくなってきてしまった。さすがは詩織だ。せっかくなのでお酒片手に本を開いて、詩織イチオシの事例を解説してもらうことにした。完全に酔っ払いの所行だ。
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