色香滴る外資系エリートに甘く溶かされて
6-4. 恋も仕事も多忙につき
“急に会議が入った関係で帰りが遅くなりそう。さっき、玲奈のデスクの引き出しにうちの合鍵を入れておいたから良かったら使ってね”
春都からメッセージが来ている。引き出しを開けると、青いストラップがつけられた銀色の鍵が本当に入っていた。いつここに来たのだろうか。
帰社した私はデスクに座ってぼんやりしていた。自分でも分かってはいたが、この1週間結構無理をしていたようで体力切れだ。おまけに取引先で偶然遭遇してしまったノアとの会話も精神的にかなり疲れた。彼なりに私へ好意を寄せてくれているようだが、こちらとしてはその気持ちに応えるつもりは全くない。それでも、悲しそうなノアの顔を思い出すと何だか罪悪感を覚えてしまって、申し訳なくなる。でも、考えれば考えるほどノアと付き合うという選択はあり得ないなと思う。
————春都に会いたいな。
朗らかな彼の笑顔を思い浮かべながら、銀色の鍵を握りしめる。彼が恋しくて堪らない。べったりだったとはいえ、週末を一緒に過ごしただけだというのに。おかしな話だ。
ノアの件もあって、はっきりと思い知ってしまった。この5年間、恋をしようと努力した時期もあったけど、ことごとく上手くいかなかったのは春都以外好きになれないせいだ。デートも、キスも、それ以上も彼以外の人とはしたくない。どう足掻いても彼以外考えられない。私には、彼しかいないのだ。
まだ仕事中だというのに、春都のことを考え込んでしまって自嘲する。本当に、こんなの今までの私だったら有り得ない。少し早いが、今日はもう退社してしまおうか。いや、でも週明けの定例会議で使う資料の準備しなきゃだし。もう一息頑張ろうと、手を頭の上で組んで背筋を伸ばしていると三木課長に声をかけられた。さっきまでいなかったはずなのに、いつの間にか帰社していた課長は私を手招きしている。
「はい、なんでしょうか」
「いやぁ、さっきの会議の後に言い掛けてたことなんだけどさ。逢坂さん、海外研修とか興味ない?」
「海外研修……ですか?」
思ってもみなかった言葉に戸惑う。私の困惑を察したのか課長が話を続ける。
「そうそう、全社で毎年5人くらいかな。やる気のある将来有望な若手を選抜して、うちの海外支社の関連部署に1ヶ月連れてくの。マーケティング部からだったらパリ支社とアメリカのどこかの支社にそれぞれ2週間ずつかな」
突然降ってきた話に目を丸くしていると、課長に関連資料を手渡された。海外研修プログラムについて書かれた就活生向けの資料のようだ。そういえば、自分も就活をしている時にちらっと海外研修の話を聞いたような気がする。自分には縁のない話だと思って当時は聞き流していたので、まさに青天の霹靂だった。
「逢坂さん、よく頑張ってるからね。今回の件も本当に感謝してる。興味があるようなら推薦しようと思ってるんだけど、どうかな。僕も若いころ参加したんだけどなかなか良かったよ?」
「えっと……ありがとうございます。ただ、その研修って英語必須ですよね?私、英会話全く自信ないんですけど」
「入社時の英語テストのスコアは結構高いでしょ?とりあえず社内選考を受ける分にはそれで差し支えないと思うよ。あとは気合いかな。研修自体は9月の予定だからまだ2ヵ月以上あるし、これを機に勉強してみたらいいんじゃないの?」
「それで間に合いますかね……?」
「研修には必ず英語堪能な社員が同行するから安心して。サポートはちゃんとしてるから。ただ、どうせ行くなら自分で話せた方が何かと勉強になると思う」
正直、興味はある。ここ数年、瑠璃香は海外での売り上げを順調に伸ばしている。そんなこともあって、そのうち英語は学び直した方がいいんだろうなと薄々思ってはいた。ただ、それよりも目の前の仕事を優先すべきだと自分に言い訳してずっと後回しにしていたのだ。
タイミングとしてもちょうど良い。中堅と言われる年次も近づいてきたし、これまで頑張ってきたおかげで仕事も一通り回せるようになってきた。ただ、英語を話せるようになる自信がさっぱりなかった。そんな私の葛藤を見抜いたのか、課長が後押ししてくれた。
「ちょっと大変ではあるけど、今から勉強を始めればどうとでもなると思うよ。会話には自信がないのかもしれないけど、あのスコアからして基礎的な英語力はちゃんと備わってるはずだしね。普段の仕事ぶりから考えても逢坂さんなら大丈夫だと思う。むしろ、根詰めて勉強して体調崩さないか心配」
「そうですか……」
やれやれというような顔をして課長は微笑んでいる。直属の上司にこうも褒められると素直に嬉しい。ただ、根を詰めて勉強して云々の件はひやりとした。今週はまさにオーバーワーク気味で、寝食が疎かになっていた日がある。ついさっきも疲労のせいで自席に座っているのにぼんやりしてしまった。周囲に悟られないよう気をつけていたつもりだが、この上司は意外と部下のことをしっかり見ているらしい。
「自信はないですが……せっかくの機会ですし、前向きに考えたいと思います」
「うんうん!じゃあ、フォームを送っておくから必要事項を書いて————」
推薦者の欄には僕の名前を書いておいてねと言い添える課長にお辞儀して、早速自席に戻ってフォームを記入する。ふと、手元に置いた関連資料にも軽く目を通してみた。課長にもらったその冊子には去年の海外研修のスケジュールや写真が載っているようだった。参加者のロングインタビューもいくつか掲載されている。後でゆっくり読もう。
それにしても、英語の勉強どうしよう。書店でテキストを買ってみるとか、オンライン英会話とか……と考えていて、春都が帰国子女だということを思い出した。というか、彼はアメリカ国籍だったはずだ。話しているところを見たことがないのであまりイメージできないが、英語は堪能だと言っていた気がする。
今夜、春都に会ったら相談してみよう。彼に会うのが一層待ち遠しくなった私は青と銀の合鍵をもう一度取りだして眺めることにした。
春都からメッセージが来ている。引き出しを開けると、青いストラップがつけられた銀色の鍵が本当に入っていた。いつここに来たのだろうか。
帰社した私はデスクに座ってぼんやりしていた。自分でも分かってはいたが、この1週間結構無理をしていたようで体力切れだ。おまけに取引先で偶然遭遇してしまったノアとの会話も精神的にかなり疲れた。彼なりに私へ好意を寄せてくれているようだが、こちらとしてはその気持ちに応えるつもりは全くない。それでも、悲しそうなノアの顔を思い出すと何だか罪悪感を覚えてしまって、申し訳なくなる。でも、考えれば考えるほどノアと付き合うという選択はあり得ないなと思う。
————春都に会いたいな。
朗らかな彼の笑顔を思い浮かべながら、銀色の鍵を握りしめる。彼が恋しくて堪らない。べったりだったとはいえ、週末を一緒に過ごしただけだというのに。おかしな話だ。
ノアの件もあって、はっきりと思い知ってしまった。この5年間、恋をしようと努力した時期もあったけど、ことごとく上手くいかなかったのは春都以外好きになれないせいだ。デートも、キスも、それ以上も彼以外の人とはしたくない。どう足掻いても彼以外考えられない。私には、彼しかいないのだ。
まだ仕事中だというのに、春都のことを考え込んでしまって自嘲する。本当に、こんなの今までの私だったら有り得ない。少し早いが、今日はもう退社してしまおうか。いや、でも週明けの定例会議で使う資料の準備しなきゃだし。もう一息頑張ろうと、手を頭の上で組んで背筋を伸ばしていると三木課長に声をかけられた。さっきまでいなかったはずなのに、いつの間にか帰社していた課長は私を手招きしている。
「はい、なんでしょうか」
「いやぁ、さっきの会議の後に言い掛けてたことなんだけどさ。逢坂さん、海外研修とか興味ない?」
「海外研修……ですか?」
思ってもみなかった言葉に戸惑う。私の困惑を察したのか課長が話を続ける。
「そうそう、全社で毎年5人くらいかな。やる気のある将来有望な若手を選抜して、うちの海外支社の関連部署に1ヶ月連れてくの。マーケティング部からだったらパリ支社とアメリカのどこかの支社にそれぞれ2週間ずつかな」
突然降ってきた話に目を丸くしていると、課長に関連資料を手渡された。海外研修プログラムについて書かれた就活生向けの資料のようだ。そういえば、自分も就活をしている時にちらっと海外研修の話を聞いたような気がする。自分には縁のない話だと思って当時は聞き流していたので、まさに青天の霹靂だった。
「逢坂さん、よく頑張ってるからね。今回の件も本当に感謝してる。興味があるようなら推薦しようと思ってるんだけど、どうかな。僕も若いころ参加したんだけどなかなか良かったよ?」
「えっと……ありがとうございます。ただ、その研修って英語必須ですよね?私、英会話全く自信ないんですけど」
「入社時の英語テストのスコアは結構高いでしょ?とりあえず社内選考を受ける分にはそれで差し支えないと思うよ。あとは気合いかな。研修自体は9月の予定だからまだ2ヵ月以上あるし、これを機に勉強してみたらいいんじゃないの?」
「それで間に合いますかね……?」
「研修には必ず英語堪能な社員が同行するから安心して。サポートはちゃんとしてるから。ただ、どうせ行くなら自分で話せた方が何かと勉強になると思う」
正直、興味はある。ここ数年、瑠璃香は海外での売り上げを順調に伸ばしている。そんなこともあって、そのうち英語は学び直した方がいいんだろうなと薄々思ってはいた。ただ、それよりも目の前の仕事を優先すべきだと自分に言い訳してずっと後回しにしていたのだ。
タイミングとしてもちょうど良い。中堅と言われる年次も近づいてきたし、これまで頑張ってきたおかげで仕事も一通り回せるようになってきた。ただ、英語を話せるようになる自信がさっぱりなかった。そんな私の葛藤を見抜いたのか、課長が後押ししてくれた。
「ちょっと大変ではあるけど、今から勉強を始めればどうとでもなると思うよ。会話には自信がないのかもしれないけど、あのスコアからして基礎的な英語力はちゃんと備わってるはずだしね。普段の仕事ぶりから考えても逢坂さんなら大丈夫だと思う。むしろ、根詰めて勉強して体調崩さないか心配」
「そうですか……」
やれやれというような顔をして課長は微笑んでいる。直属の上司にこうも褒められると素直に嬉しい。ただ、根を詰めて勉強して云々の件はひやりとした。今週はまさにオーバーワーク気味で、寝食が疎かになっていた日がある。ついさっきも疲労のせいで自席に座っているのにぼんやりしてしまった。周囲に悟られないよう気をつけていたつもりだが、この上司は意外と部下のことをしっかり見ているらしい。
「自信はないですが……せっかくの機会ですし、前向きに考えたいと思います」
「うんうん!じゃあ、フォームを送っておくから必要事項を書いて————」
推薦者の欄には僕の名前を書いておいてねと言い添える課長にお辞儀して、早速自席に戻ってフォームを記入する。ふと、手元に置いた関連資料にも軽く目を通してみた。課長にもらったその冊子には去年の海外研修のスケジュールや写真が載っているようだった。参加者のロングインタビューもいくつか掲載されている。後でゆっくり読もう。
それにしても、英語の勉強どうしよう。書店でテキストを買ってみるとか、オンライン英会話とか……と考えていて、春都が帰国子女だということを思い出した。というか、彼はアメリカ国籍だったはずだ。話しているところを見たことがないのであまりイメージできないが、英語は堪能だと言っていた気がする。
今夜、春都に会ったら相談してみよう。彼に会うのが一層待ち遠しくなった私は青と銀の合鍵をもう一度取りだして眺めることにした。
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