色香滴る外資系エリートに甘く溶かされて

ながみ

6-2. 恋も仕事も多忙につき

 あっという間に木曜日。ようやく例のCMの目途が立った。電話をかけまくり、色んな人と打ち合わせしまくり、どうにか新しい広告代理店を確保できたのだ。その合間に元の代理店へ苦情と契約打ち切りの連絡を入れて気が重くなることもあったが、気合いでどうにかした。

 明日は新しい代理店のオフィスで大事な打ち合わせの予定だ。製作スタッフや出演者であるインフルエンサーにも参加してもらって、今後のスケジュールを合意する。それが無事終わればいよいよ一段落だ。うちとしての要望をまとめた明日の会議用資料も概ね完成していて、後で三木課長に最終確認をしてもらう予定だ。

 ふぅ、と明るい顔で一息吐いていると隣の席の佐々木ささきさんに話しかけられた。同じチームの同僚である彼は申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。

「逢坂さん、忙しいところ悪いんだけど今時間あったりしない?業務整理の件でヒアリングを受ける予定なんだけど、何人か急に来れなくなっちゃって……代わりに一緒に出てくれるとすごい助かるんだけど」

「30分後に代理店の方から電話が来る予定なので、それまででも良ければ行きますよ。どこの会議室ですか?」

 席を立って、佐々木さんと一緒に会議室へ向かう。1時間想定で予定をブロックされているヒアリングらしい。途中退席することになりそうで申し訳ないが、それでもお役に立てるならと思いつつ会議室に入ると————春都がいた。思わず彼を見つめると、仕事モードのクールな表情を僅かに崩して微笑んでくれた。久しぶりに会えて心が温かくなる。
 
 結局、タイミングが合わなくて春都とはずっと会えていなかった。時間が空いた時に何度か1つ上のフロアに行ってみたのだが、彼も忙しい様で一度も会えなかったのだ。だから、こうして顔を合わせるのは月曜の朝以来だ。

 どうやら、この会議はUNIが主導しているらしい。業務整理についてのヒアリングだと言われた時点で気が付くべきだった。直接私たちにヒアリングするのはUNIの若手社員たちのようで、春都は少し離れた席に座っている。束の間、視線を絡めてくれたが彼はすぐに私から視線を外した。部下たちに指示を出し、彼自身はPCで何か作業を始めた。

 時間になって、うちの社員も何人か集まってきたのでヒアリングが始まった。会議の最初に担当している業務内容の説明と併せて、30分程度で退席する旨を伝えて了承してもらった。UNI側で質問事項を用意してくれていたようで、それに対して答えていく。普段の業務プロセスや他部署との連携方法、現状困っていることはないかなど次々と聞かれた。ファシリテーターを務めているのは若手社員とはいえ、さすがUNIのコンサルタント。テンポ良く会議を進行させていてその手腕に驚いた。私も気を引き締めて回答する。

「こちらは逢坂さんにお聞かせ願いたいのですが、顧客情報の管理について————」

「ええ、そうですね。ただ、形骸化している部分もあって————何かあった時に記録が残るように————そんな感じですかね」

「そうなんですね、承知しました。であれば、このプロセスは————」

 相手の理解の速さにこちらがついていけなくなりそうだ。頭を回転させて、質問に1つずつ確実に答えていく。私への質問が一通り終わったところで、ちょうど良い時間になったのでそのまま退席した。後5分程度で代理店の担当者から電話が掛かってくるはずだ。それなりに話が長くなるはずなので、どこかの空き会議室を使わせてもらおうかなと思いながら廊下を歩いていると「逢坂さん」と声を掛けられた。

「はる………加賀谷さん、お疲れ様です」

「少しお時間よろしいですか?」

 薄らとした笑みを浮かべた彼に空き会議室へと連れていかれた。会議室の扉が閉まった瞬間、すらりとした長い腕に抱き締められる。

「ちょっと!加賀谷さん、なにしてるんですか!!」

「会いたかった………」

 口ではそう言いつつも、私もつい彼の背中に手を回してしまった。甘えるように頬を擦り寄せる彼の体温に嬉しさが込み上げる。まさか自分が会社で、しかもあの加賀谷さんとこんなことをする日が来るなんて思いもしなかった。

「だって、何回も玲奈の席まで会いに行ったのに一回も会えなくて……会議抜けてきちゃった」

「いやいや、貴方は会議抜けてきちゃダメでしょ!」

 どうやら春都も私と同じ様なことをしていたらしい。ここ数日は会議や電話が続いて、何かと席を外すことが多かったので会えなかったのも納得だ。

「大丈夫、元々参加する予定なかった会議だし。マーケティング部のヒアリングだって聞いて、もしかしたら玲奈に会えるかなと思って覗いてみたんだけど大正解だったね」

 それは職権濫用では?と言う目で春都を見ると「まぁ、たまにはああやって会議に出て部下たちの成長をチェックするのも俺の仕事だから」と言い添えられた。もっともらしい話だが、言い訳にしか聞こえない。

「だって、玲奈は連絡くれないしさ……昨日、机に付箋貼って置いたの気づいてないでしょ?さっきの会議で顔を合わせるまで不安で仕方なかったよ」

「え、全然気づかなかった」

「戻ったらちゃんと確認してね」

 春都が拗ねたような顔をする。なんだか大型犬みたいで、つい頭を撫でてしまった。満更でもないようで、そのまま頭を撫でさせてくれる。可愛くて仕方ない。

「あ、ごめん。髪型崩れちゃった」

「いいよ、後で整え直すから。それよりもっと甘えさせて?」

 途端に艶っぽい声音で私の唇に人差し指を押し当てて、キスを強請ってきた。急にそんな雰囲気を醸し出せるなんて、狡すぎる。期待を滲ませながら互いの唇が触れ合う瞬間を心待ちにしていると————私の社用スマホが鳴った。時間切れだ。

「ごめん、取引先からの電話。春都は戻ってね」

「うう、でも後ちょっとだけ」

「————はい、逢坂です。いつもお世話になっております。ええ、明日の打ち合わせについてなんですが」

 スマホ片手に春都の背中を押して退出を促す。一瞬電話をミュートにして「ちゃんと連絡するから」と伝えると、名残惜しげな顔で額にそっとキスを落とされた。私から離れていく彼の表情が色っぽくて、真っ赤になりながらもどうにか仕事の話に意識を集中させたのだった。



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