色香滴る外資系エリートに甘く溶かされて
4-2. 初夏の日差しを浴びて
「わぁ、昼間はこんな雰囲気なんだ…」
「ね、俺も昼に来るのは初めてだけどこんなに明るい感じなんだね」
ビルの最上階に位置する天井の高い開放的なレストランは、初夏の彩り豊かな花々が飾られていてリゾートのような雰囲気を漂わせていた————かつて、春都と一緒に来たあのバーと同じ店だ。時間帯によってこんなにも雰囲気が違うとは思いもしなかった。
買い物を終えた私たちは早速着替えて、食事をすることにした。春都はいつの間にか予約を取ってくれていたようで、この店にしたと言われた時は驚いた。歩いて行くには距離があるので、大通りに出てタクシーを捕まえた。
「せっかくだからね。それにしても、さすがにお腹が空いてきたな……」
タクシーの背もたれに寄りかかりながら春都がそう呟いた。カジュアルなブルーのシャツとブラックのボトムスに着替えた彼はスーツを着ている時より若く見える。スーツ以外の姿でお店に来ていたこともあったが、ここまでラフな格好をしているのは初めて見た。
「あれ、春都って昨日の夜は」
「食べてないよ」
「ええ、じゃあ2食も抜いちゃったの!?先に食事しても良かったのに」
「慣れてるから平気。仕事が忙しくて食べてる余裕ない日なんてザラにあるからね。それに久しぶりに玲奈と話して緊張したせいでそれどころじゃなかった」
「確かに」
私も昨夜からなんだかんだずっと緊張しているせいか、さっき化粧室で1人になってようやく空腹を感じた。
「今だってまだ緊張してるよ。いい意味でだけどね」
座席に置かれていた私の手に彼の大きな手が重ねられる。
「……私もです」
手のひらをひっくり返して指を絡ませた。キスをして、抱き合って、こうして2人で明るい街にいる。それでもまだ、私たちの間には5年もの空白期間と心の隔たりがある。私がリリだった頃と変わらずに愛を注いでくれるこの人を、このまま疑い続けたくなかった。だから、意を決して彼の手を強く握る。
「食事を終えたら、また家に行ってもいいですか。今度はちゃんと話しますから」
「玲奈……」
私の意図に気がついたのか、彼もまた私の手をゆっくりと握り返してくれた。
タクシーでのことを思い出していると「何にする?」と春都に聞かれた。メニューに意識を戻す。春都はボリュームのあるハンバーガーを、私は夏野菜の冷製カッペリーニを選ぶことにした。
「飲み物はどうする?お酒もあるけど……」
「あー、悩む……ここってお酒美味しかったよね」
「うん、そうだった気がする」
ランチ限定のビールやカクテルもあって気になる。でも、後で色々ちゃんと話したいので今日はやめておくことにした。
「昨夜も飲んだし、ここで飲むのはまた今度にしようかな。春都は気にしなくていいからね」
「……いや、俺もやめておこうかな。飲むと抑えが効かなくなってまたしたくなっちゃうから」
無駄に真剣な声音で告げられて、私は吹き出してしまった。
「今朝だってあれでも我慢したんだからね?」
「いや、結局したじゃないですか……」
「もっとしたかった」
あんなにしたのにまだまだ元気な春都を見ていると自分の身が心配になる。昨夜の情事を思い出しかけて悶々としていると、話題を変えられた。
「ところで、昨日の彼について何だけど。説明してもらっても良いかな?」
途端に不穏な笑みを浮かべた彼に抵抗できる訳もなく、洗いざらい吐かされた。一通り話し終わっても彼は同じ表情のままで、さらに質問を重ねる。
「婚活マッチングアプリね……玲奈は結婚したいの?」
「いや、そういうわけじゃなくて……ただ」
「ただ?」
貴方を忘れられるくらい好きになれる人を見つけたくて、とはこの明るい雰囲気のレストランでは言えなかった。代わりに別の理由を告げる。
「試しにやってみただけ。同期にあのアプリで彼氏ができた子がいておすすめされたの。私ももうアラサーだし婚活してみてもいいかなと思って」
「へぇ……玲奈、一応聞くけど彼氏は?まさかいたりしないよね」
「当然です」
春都にそれを聞かれるのは心外だ。昨日今日の彼の様子を見ていて、あの朝、彼に他の女がいると思ったのは私の勘違いだったのだろうと薄々察してはいる。でも、あの時は本当にショックだった。私がどれだけそのことを引き摺っていたか、目の前のこの人は知らない。
今、この場でその事を話したくないので代わりに小さく溜め息を吐いた。そんな私の様子を見て、何か言いたそうにしていたが彼も今は口を噤むことにしたらしい。
やや気まずい雰囲気の中、料理が運ばれてきた。おいしそうだねと料理について話しながら、私は夏野菜がたっぷりと乗せられた冷製パスタを口に運んだ。ラタトゥイユのような味わいでおいしい。
ふと春都を見ると、彼はお洒落なクラフト紙に包まれたハンバーガーを手に持って食べている……のだが、すごく上品だ。デートでハンバーガーを食べるのは云々みたいな話を前に結衣がしていて、確かにと思った記憶がある。食べにくい上に具材やソースが零れると格好がつかないよね、という話だった。でも、春都はとても器用に食べている。口もさほど大きく開けていない気がするのに、着々と食べ進めていく。気になってじっと観察してしまった。
「……ねぇ、食べてるとこそんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」
私の視線に気がついた春都は、ハンバーガーを両手で持ったまま物凄く照れている。オフィスで見かけるクールな彼とも、艶やかな夜の彼とも違うその姿に胸がキュンとした。
「いや、ハンバーガー食べるのすごい上手だなぁと思って」
「コツがあるんだよ。こうやって両手で持てば中身も零れないし食べやすいんだ」
照れた顔のまま丁寧に説明してくれる春都がなんだか滑稽で私は声を出して笑ってしまった。そんな私を見て彼は不服そうな顔をしている。
「だって、春都がかわいくて……耐えられなくなっちゃった」
「玲奈!揶揄わないでよ!」
口調は怒っているが、かわいいと言われて満更でもない顔をしている春都を見て、私はますます彼が愛しくなってしまった。
「ね、俺も昼に来るのは初めてだけどこんなに明るい感じなんだね」
ビルの最上階に位置する天井の高い開放的なレストランは、初夏の彩り豊かな花々が飾られていてリゾートのような雰囲気を漂わせていた————かつて、春都と一緒に来たあのバーと同じ店だ。時間帯によってこんなにも雰囲気が違うとは思いもしなかった。
買い物を終えた私たちは早速着替えて、食事をすることにした。春都はいつの間にか予約を取ってくれていたようで、この店にしたと言われた時は驚いた。歩いて行くには距離があるので、大通りに出てタクシーを捕まえた。
「せっかくだからね。それにしても、さすがにお腹が空いてきたな……」
タクシーの背もたれに寄りかかりながら春都がそう呟いた。カジュアルなブルーのシャツとブラックのボトムスに着替えた彼はスーツを着ている時より若く見える。スーツ以外の姿でお店に来ていたこともあったが、ここまでラフな格好をしているのは初めて見た。
「あれ、春都って昨日の夜は」
「食べてないよ」
「ええ、じゃあ2食も抜いちゃったの!?先に食事しても良かったのに」
「慣れてるから平気。仕事が忙しくて食べてる余裕ない日なんてザラにあるからね。それに久しぶりに玲奈と話して緊張したせいでそれどころじゃなかった」
「確かに」
私も昨夜からなんだかんだずっと緊張しているせいか、さっき化粧室で1人になってようやく空腹を感じた。
「今だってまだ緊張してるよ。いい意味でだけどね」
座席に置かれていた私の手に彼の大きな手が重ねられる。
「……私もです」
手のひらをひっくり返して指を絡ませた。キスをして、抱き合って、こうして2人で明るい街にいる。それでもまだ、私たちの間には5年もの空白期間と心の隔たりがある。私がリリだった頃と変わらずに愛を注いでくれるこの人を、このまま疑い続けたくなかった。だから、意を決して彼の手を強く握る。
「食事を終えたら、また家に行ってもいいですか。今度はちゃんと話しますから」
「玲奈……」
私の意図に気がついたのか、彼もまた私の手をゆっくりと握り返してくれた。
タクシーでのことを思い出していると「何にする?」と春都に聞かれた。メニューに意識を戻す。春都はボリュームのあるハンバーガーを、私は夏野菜の冷製カッペリーニを選ぶことにした。
「飲み物はどうする?お酒もあるけど……」
「あー、悩む……ここってお酒美味しかったよね」
「うん、そうだった気がする」
ランチ限定のビールやカクテルもあって気になる。でも、後で色々ちゃんと話したいので今日はやめておくことにした。
「昨夜も飲んだし、ここで飲むのはまた今度にしようかな。春都は気にしなくていいからね」
「……いや、俺もやめておこうかな。飲むと抑えが効かなくなってまたしたくなっちゃうから」
無駄に真剣な声音で告げられて、私は吹き出してしまった。
「今朝だってあれでも我慢したんだからね?」
「いや、結局したじゃないですか……」
「もっとしたかった」
あんなにしたのにまだまだ元気な春都を見ていると自分の身が心配になる。昨夜の情事を思い出しかけて悶々としていると、話題を変えられた。
「ところで、昨日の彼について何だけど。説明してもらっても良いかな?」
途端に不穏な笑みを浮かべた彼に抵抗できる訳もなく、洗いざらい吐かされた。一通り話し終わっても彼は同じ表情のままで、さらに質問を重ねる。
「婚活マッチングアプリね……玲奈は結婚したいの?」
「いや、そういうわけじゃなくて……ただ」
「ただ?」
貴方を忘れられるくらい好きになれる人を見つけたくて、とはこの明るい雰囲気のレストランでは言えなかった。代わりに別の理由を告げる。
「試しにやってみただけ。同期にあのアプリで彼氏ができた子がいておすすめされたの。私ももうアラサーだし婚活してみてもいいかなと思って」
「へぇ……玲奈、一応聞くけど彼氏は?まさかいたりしないよね」
「当然です」
春都にそれを聞かれるのは心外だ。昨日今日の彼の様子を見ていて、あの朝、彼に他の女がいると思ったのは私の勘違いだったのだろうと薄々察してはいる。でも、あの時は本当にショックだった。私がどれだけそのことを引き摺っていたか、目の前のこの人は知らない。
今、この場でその事を話したくないので代わりに小さく溜め息を吐いた。そんな私の様子を見て、何か言いたそうにしていたが彼も今は口を噤むことにしたらしい。
やや気まずい雰囲気の中、料理が運ばれてきた。おいしそうだねと料理について話しながら、私は夏野菜がたっぷりと乗せられた冷製パスタを口に運んだ。ラタトゥイユのような味わいでおいしい。
ふと春都を見ると、彼はお洒落なクラフト紙に包まれたハンバーガーを手に持って食べている……のだが、すごく上品だ。デートでハンバーガーを食べるのは云々みたいな話を前に結衣がしていて、確かにと思った記憶がある。食べにくい上に具材やソースが零れると格好がつかないよね、という話だった。でも、春都はとても器用に食べている。口もさほど大きく開けていない気がするのに、着々と食べ進めていく。気になってじっと観察してしまった。
「……ねぇ、食べてるとこそんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」
私の視線に気がついた春都は、ハンバーガーを両手で持ったまま物凄く照れている。オフィスで見かけるクールな彼とも、艶やかな夜の彼とも違うその姿に胸がキュンとした。
「いや、ハンバーガー食べるのすごい上手だなぁと思って」
「コツがあるんだよ。こうやって両手で持てば中身も零れないし食べやすいんだ」
照れた顔のまま丁寧に説明してくれる春都がなんだか滑稽で私は声を出して笑ってしまった。そんな私を見て彼は不服そうな顔をしている。
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