魔王系悪役令嬢を惚れさせろ!

笑顔付き

2話

 案内された先は何処にでもあるような酒場であり、オレは冷凍マグロと名乗る奇妙な男に奥の個室に案内された。
 傍目から見れば、大の大人が小学生を連れ込んでいるという通報級の怪しい風景だが、この際、気にしないでおこう。
 目の前の男も自分も、その普通という範疇から大きく外れているのだから。
 
「うちの系列の店だ。好きなものを頼むと良い」
「冷凍さんと言ったけ……? アンタ、ヤクザなのか?」
「……さん付けは不要だ。目上への礼節は確かに重要な事だが、こと『転生者』において年功序列など無意味な概念だろう? そして質問の答えは『Yes』だ。日本で『ギャングスター』と名乗れないのは実に残念だが」
 
 冷凍マグロと名乗るヤクザは店員に軽いツマミとオレンジジュースを頼み、オレはアイスコーヒーを頼んだ。
 スタンド使いでギャング――第五部のジョルノ・ジョバァーナと同じような事をしているのだろうか?
 それにしても冗談の一つぐらい言えるのか。無表情の真顔なので少々解り辛いが。
 
「――此処が『ファンタジー世界で俺のスキルがないんだけど?』の物語の舞台である事は知っているな? 二次小説とかは割と活発だったが、見ていたかね?」
「……ああ、転校先にスターク・ジェガンが居れば、否応無しに実感するよ。二次小説の方は結構見ていたよ。今となっては遠い昔の事だがな」
 
 そんな魔法学生が活躍する舞台裏でギャングスターなスタンド使いがいるとはどういう組み合わせだ? ミスマッチも良い処である。
 とは言え、能力使い、尚且つ『三回目』の人生――つまりコイツも、奇妙な世界で一生を過ごし、この世界に再度産まれたという事か。
 
(自分と同じ状況ならば、その『三回目』の転生者の外見は両親が違うのに『二回目』とほぼ同じ、名前すら同じ、そして――保有する能力すら恐ろしいほど『そのまま』だ。かくいうオレの能力も成長した段階だった)
 
 自分の他にそういう反則的な特権持ちがいる事を想定していなかっただけに、混乱が大きい。
 逆に考えを改める必要がある。自分という特例があるのだから、他に居ても然程不思議では無いらしい。
 
「では、まず現実を知らせよう。主人公と同世代の転生者は、海鳴市では君を含めて『十人』しか存在しない。更に言うならば、君達転校生だけだ」
「……は? ちょっと待ってくれ! 転校生の全員が全員転生者かと疑ってはいたが、何で他に転生者がいないんだ……!?」
 
 今、自分が居るのだから、最初から主人公達と同じ世代の転生者が在校していても然程不思議ではない。
 その時、ちょうど店員が現れ、自分の前に冷たいコーヒーにミルクと砂糖を、冷凍マグロの前に枝豆と小粒の葡萄、そしてオレンジジュースを置いて出ていった。
 
「二年前のとある事件で粗方駆逐――いや、言葉を濁らせる意味もあるまい。一人残らず『殺害』されたからだ」
 
 驚く自分を余所に、枝豆に手を伸ばして黙々と食べながら、冷凍マグロは眉一つ動かさずにそんな事を語って聞かせた。
 
「二年前、次元世界の彼方からトチ狂った吸血鬼がこの王都に来訪した。奇妙な冒険の、つまりは『石仮面』の吸血鬼だな。その糞野郎の動機は今となっては不明だが、主人公世代の転生者を対象に一家郎党皆殺しを日夜繰り返した。これを第一次吸血鬼事件と呼称するか」
 
 話を聞きながら、ぎこちなくミルクと砂糖をコーヒーの中に放り込んで備え付けのスプーンで混ぜる。
 彼の言う『石仮面』はある作品の第一部に出て来たキーアイテムであり、他者の血を石仮面に垂らす事で仮面の仕掛けが発動、伸びた骨針で脳を刺激し、未知のパワーを引き出して吸血鬼にする道具である。
 太陽という弱点を突かれなければ、石仮面の吸血鬼は相当厄介な存在だろう。
 
「二回目の犯行で吸血鬼の行動原理が大体掴めたんだが――此処で問題だ。同年代の転生者だけに狙いを絞った吸血鬼の犯行を前に、他の対象年齢外の転生者はどうしたと思う?」
「どうしたって、当然力に自信のある奴は逆に討ち取ろうとしたんじゃないのか?」
 
 普通に考えて、そんな異物が身近に存在するなど許しはしないし、誰も望みはしないだろう。
 だが、帰ってきた答えは想像の斜め上を行くものだった。
 
「いいや、違う。此処の住民にそれほど甘い選択を期待するな。――答えは簡単、傍観だ。何せ邪魔者を勝手に葬ってくれるんだ、喜んで静観するだろうよ」
 
 驚いて慌てて顔を上げると、冷凍マグロは顔色一つ変えない能面でせっせと葡萄を口に入れ、噛まずに飲み込む。
 幾ら種無しで小さな粒の種とは言え、勿体無い食べ方――ではなく、冗談抜きで常人では考えられない思考に至っていると、理解出来ないが故の恐怖を覚える。
 
「吸血鬼は土地勘が無いのに関わらず、優秀な働きをしてくれた。現地での手引きがあったにしろ、一週間足らずで主人公世代の転生者を悉く平らげたんだ、称賛に値するさ。――理解出来ないという顔だな、ルナティック」
「……ああ、何でそんな見捨てるような事を誰も彼も平然と出来たんだ? 助け合うとか、そういう健常な結論には至れないのか?」
 
 無情な見殺しを誰も彼も実行した事に、少なからず嫌悪感を抱く。
 そんな青臭い感情を見抜いてか、冷凍マグロは溜息を吐いた。それはまるで出来の悪い生徒に決定的な間違いを指摘する教師のような、明らかに見下した表情だった。
 
「例えば二人の『転生者』がいて、仮に同じ目的だったとしよう。共に手を取り合って協力すると思うか? 栄光は唯一人、勝利者の為の物、後は引き立て役だと言うのに」

 言葉に詰まる。そんなの当然、協力などしない。利用出来る処まで利用し、最終的には蹴り落として利益を独占しようとするのが人間の性だ。
 ……それでも、手を取り合って協力し合える。人の善性を信じたくなるのは、我ながら愚かだろうか?
 
「生きているだけで邪魔だからだ。我々の持つ原作知識とやらが役立つのは『原作通りに事が進めば』という淡い前提の下に成り立っている。それを掻き乱す不穏分子に退場を願うのはそんなにおかしいかね? ――逆に言おう。そんな打算が無くとも、危険を犯してまで助ける価値を見出せるかね? 身内ならいざ知らず、見知らぬ赤の他人をだ」
 
 ――そんなの、はっきり言ってしまえば無いだろう。
 自身の危険を顧みず、見知らぬ他人の為に吸血鬼と戦って助けようとするなど、物語の『正義の味方』か、稀代な聖人しか在り得ないだろう。
 渋々納得せざるを得なくなった此方の様子に満足したのか、冷凍マグロは話の続きを語る。
 
「そして用済みとなった吸血鬼はこの王都に根付く二大組織によって電撃的に討滅された」

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