魔王系悪役令嬢を惚れさせろ!
01
――初めに白状すると、今年の四月から『ルカティエル魔法学園』に転校となった自分ことルナティック・ササキは『三回目』の人生を謳歌している、極めて奇妙で数奇な運命を辿った人間である。
前々世、つまりは幾多の物語を見る側だった時の頃の記憶は最早薄れ、思い出す事すら困難な始末。
だが、自分の場合は『二回目』の人生は似たような世界に生まれ、同じようなサブカルチャーに触れている為、今世である『このファンタジーで俺だけスキルがないんですけど!?』についての情報は十分と言える。
簡単に説明すると、この世界はゲームで、スキルがない代わりに身体能力が高い主人公が無双するって話だ。
「――だけど、自分を含めて転校生十人って幾らなんでもおかしいだろ……」
流石に『銀髪赤眼のアルビノ』だとか『オッドアイ』とかいう外見からして解り易い際物は居なかったと思うが、十中八九自分と同じ『転生者』なんだろうなぁと危惧せざるを得ない。
――はっきりと言ってしまえば、魔法学園なんぞに関わる気力など欠片も湧かない。この王都に引っ越して来たのも両親の都合、偶然の産物である。
何もしなければ勝手に解決する問題に関わる気にもなれない。
バイオレンスな生活は前世で散々体験したので、家の隅っこで熱い日本茶を飲みながらのんびりと暮らすような、小さな幸せを噛み締める生涯をこれでもかというぐらい切望しているのだ。
(ふふふ、幾ら同じクラスとは言え、原作キャラに喋りかけなければフラグも何も立つまいっ! この一年さえやり過ごせば物語の舞台は皇国に移るしな)
――けれども、そんな些細な日常はいつも唐突に現れる理不尽によって完膚無きまでに破壊される事を、自分はこの三度目の短い生涯の中でどうやら忘れていたようだ。
(……影? いやいや、道のど真ん中に唐突に発生するもんなのか? え? 人間? まじデケェ……!?)
そしてそれは帰り道、下校途中の道のど真ん中に堂々と立っていた。
背丈は二メートル前後でガタイは極めて良く、その威風堂々な立ち振舞いは明らかに常人離れしていた。
春先にも関わらず、厚手の手袋黒い喪服。
(年は二十代前半か? それにしても、幾ら何でも、暑くないのか?)
染めていない黒髪は全て後ろに掻き上げられ、まるで侍の丁髷のように乱雑に纏められている。
サングラスからその両眼の様子は覗え知れない。
左腕には高級そうな金の腕時計、靴はヘビ柄の高級そうな革靴、首にはこれまた高級そうな金の首飾りが爛々と輝いている。
(……おいおい、一体何の冗談だ。大きく迂回する子供達を無視して、オレだけを凝視している……!?)
よくよく見れば、喪服には雪の結晶を模したような金の刺繍が所狭しと施されており――この常軌を逸脱したハイセンスな奇妙な服装に、何故だか知らないが、何処か懐かしい悪寒を覚えた。
「興味を引いたのがお前だった。だからここへきた。わざわざこの俺がだ。十人の転校生の中でお前が一番立ち向かう意志を持っていた。死という絶対的な局面に直面した時に歯向かう勇気を持つ者だと感じた」
その男はサングラスを徐ろに外し、凄味のある鋭い眼差しでオレの眼を射抜いた。
まるで幾多の修羅場を潜り抜けて来たような、それはある種の予感を抱かせる鋭利な眼だった。
「直感的な意味でだ、運命と言っても良い。実際に出会って確信した処だ」
一体この奇妙な男が何を言っているのか、頭に入らない。
今までの人生で止事無き人に目を付けられるような生活は送ってないし、今後ともそんな風来坊な人生を送る気も無い。
ごくり、と唾を飲み干す。何が何だか訳が解らないが、本質的な部分でオレは奴に強烈な警戒心を抱いている――!?
「――『スタンド使い』は惹かれ合う。それはまるで引力のように互いを引き寄せる。初めましてだな、ルナティック・ササキ。三度目の人生は満喫しているかね?」
――『スタンド使い』、その懐かしい言葉が耳の鼓膜を叩き、余りにも平和惚けしていた自分に殺意を抱いた。
既にあの奇妙な男は何気無い動作で此方に踏み寄っていた。呆けている間に間合いを詰められていた……!?
「――申し遅れたが、オレの名前は冷凍マグロ。実に寒そうな名前だろう? 前世からの付き合いだが、余り気に入ってないんだがね」
「それ以上近寄るなァ――ッ! 其処で立ち止まりやがれェッ!」
声を限界まで張り上げ、その奇妙な男から大きく距離を離す。
がつんと、平和惚けしていた思考から戦闘用の思考へ一気に切り替える。
奴が無造作に近寄った事から奴のスタンド能力……いや能力は近接型なのだろうか?
オレの能力と比べてどうだ?
(まさか『このファンタジー世界で俺だけがスキルなんですけど!?』で同じ能力使いに遭遇するとはな……! 『スタンド使い』に常識は通用しない。いつ仕掛けられるか、いや、もう何かを仕掛けられているのかもしれない……!)
こんな町中で昼間から堂々と仕掛けて来た事から――恐ろしく厄介な初見殺しを持っていると推測出来る。
そして能力使いという人間は人が溢れる白昼堂々でも仕掛けてくる人種である。一般人には『能力』を見る事すら不可能なのだ。此方が何をしているのか、結果でしか理解出来ないだろう。
世を忍ぶ魔術師とか魔法少女とかのように人目を気にする必要は皆無なのである。
(どうする? 此処で応戦するか、逃げるか。いや、相手から仕掛けられた以上、逃げても意味が無いし、相手の意図を確認するのが最優先だ)
少なく見積もっても、現状では奴の射程は十メートル未満だと思うが、油断は出来ない。その憶測の射程距離すら擬態かもしれない。
冷凍マグロと名乗った男は此方の戦闘態勢を見て、不思議そうに驚いたような表情を一瞬浮かべ、即座に両手を軽く上げた。
「おっと、すまんすまん。戦闘の意思はこれっぽっちも無いんだ」
「初対面の人間で、そして能力使いであろう者の言葉を信じろと?」
「これから知り合えば良い。もしかしたら仲間になるかもしれないのだから」
冷凍マグロはにこやかもしないでそんな事を言い放つ。
確かに敵対する理由など現状では欠片も見当たらない。本体を堂々と曝け出しているのだ、奇襲による初見殺しをするには少々状況がおかしい。
(少なくとも、今現在は危害を加える意思は見えない、か)
……本当の事を言っているかは解らないが、とりあえずその言葉に嘘は無い。自分の直感を信頼する事にする。
「今のルカティエル魔法学園の現状を理解して貰った上で、今後の事について話し合いたい。時間の都合は良いかね? 長丁場となる」
前々世、つまりは幾多の物語を見る側だった時の頃の記憶は最早薄れ、思い出す事すら困難な始末。
だが、自分の場合は『二回目』の人生は似たような世界に生まれ、同じようなサブカルチャーに触れている為、今世である『このファンタジーで俺だけスキルがないんですけど!?』についての情報は十分と言える。
簡単に説明すると、この世界はゲームで、スキルがない代わりに身体能力が高い主人公が無双するって話だ。
「――だけど、自分を含めて転校生十人って幾らなんでもおかしいだろ……」
流石に『銀髪赤眼のアルビノ』だとか『オッドアイ』とかいう外見からして解り易い際物は居なかったと思うが、十中八九自分と同じ『転生者』なんだろうなぁと危惧せざるを得ない。
――はっきりと言ってしまえば、魔法学園なんぞに関わる気力など欠片も湧かない。この王都に引っ越して来たのも両親の都合、偶然の産物である。
何もしなければ勝手に解決する問題に関わる気にもなれない。
バイオレンスな生活は前世で散々体験したので、家の隅っこで熱い日本茶を飲みながらのんびりと暮らすような、小さな幸せを噛み締める生涯をこれでもかというぐらい切望しているのだ。
(ふふふ、幾ら同じクラスとは言え、原作キャラに喋りかけなければフラグも何も立つまいっ! この一年さえやり過ごせば物語の舞台は皇国に移るしな)
――けれども、そんな些細な日常はいつも唐突に現れる理不尽によって完膚無きまでに破壊される事を、自分はこの三度目の短い生涯の中でどうやら忘れていたようだ。
(……影? いやいや、道のど真ん中に唐突に発生するもんなのか? え? 人間? まじデケェ……!?)
そしてそれは帰り道、下校途中の道のど真ん中に堂々と立っていた。
背丈は二メートル前後でガタイは極めて良く、その威風堂々な立ち振舞いは明らかに常人離れしていた。
春先にも関わらず、厚手の手袋黒い喪服。
(年は二十代前半か? それにしても、幾ら何でも、暑くないのか?)
染めていない黒髪は全て後ろに掻き上げられ、まるで侍の丁髷のように乱雑に纏められている。
サングラスからその両眼の様子は覗え知れない。
左腕には高級そうな金の腕時計、靴はヘビ柄の高級そうな革靴、首にはこれまた高級そうな金の首飾りが爛々と輝いている。
(……おいおい、一体何の冗談だ。大きく迂回する子供達を無視して、オレだけを凝視している……!?)
よくよく見れば、喪服には雪の結晶を模したような金の刺繍が所狭しと施されており――この常軌を逸脱したハイセンスな奇妙な服装に、何故だか知らないが、何処か懐かしい悪寒を覚えた。
「興味を引いたのがお前だった。だからここへきた。わざわざこの俺がだ。十人の転校生の中でお前が一番立ち向かう意志を持っていた。死という絶対的な局面に直面した時に歯向かう勇気を持つ者だと感じた」
その男はサングラスを徐ろに外し、凄味のある鋭い眼差しでオレの眼を射抜いた。
まるで幾多の修羅場を潜り抜けて来たような、それはある種の予感を抱かせる鋭利な眼だった。
「直感的な意味でだ、運命と言っても良い。実際に出会って確信した処だ」
一体この奇妙な男が何を言っているのか、頭に入らない。
今までの人生で止事無き人に目を付けられるような生活は送ってないし、今後ともそんな風来坊な人生を送る気も無い。
ごくり、と唾を飲み干す。何が何だか訳が解らないが、本質的な部分でオレは奴に強烈な警戒心を抱いている――!?
「――『スタンド使い』は惹かれ合う。それはまるで引力のように互いを引き寄せる。初めましてだな、ルナティック・ササキ。三度目の人生は満喫しているかね?」
――『スタンド使い』、その懐かしい言葉が耳の鼓膜を叩き、余りにも平和惚けしていた自分に殺意を抱いた。
既にあの奇妙な男は何気無い動作で此方に踏み寄っていた。呆けている間に間合いを詰められていた……!?
「――申し遅れたが、オレの名前は冷凍マグロ。実に寒そうな名前だろう? 前世からの付き合いだが、余り気に入ってないんだがね」
「それ以上近寄るなァ――ッ! 其処で立ち止まりやがれェッ!」
声を限界まで張り上げ、その奇妙な男から大きく距離を離す。
がつんと、平和惚けしていた思考から戦闘用の思考へ一気に切り替える。
奴が無造作に近寄った事から奴のスタンド能力……いや能力は近接型なのだろうか?
オレの能力と比べてどうだ?
(まさか『このファンタジー世界で俺だけがスキルなんですけど!?』で同じ能力使いに遭遇するとはな……! 『スタンド使い』に常識は通用しない。いつ仕掛けられるか、いや、もう何かを仕掛けられているのかもしれない……!)
こんな町中で昼間から堂々と仕掛けて来た事から――恐ろしく厄介な初見殺しを持っていると推測出来る。
そして能力使いという人間は人が溢れる白昼堂々でも仕掛けてくる人種である。一般人には『能力』を見る事すら不可能なのだ。此方が何をしているのか、結果でしか理解出来ないだろう。
世を忍ぶ魔術師とか魔法少女とかのように人目を気にする必要は皆無なのである。
(どうする? 此処で応戦するか、逃げるか。いや、相手から仕掛けられた以上、逃げても意味が無いし、相手の意図を確認するのが最優先だ)
少なく見積もっても、現状では奴の射程は十メートル未満だと思うが、油断は出来ない。その憶測の射程距離すら擬態かもしれない。
冷凍マグロと名乗った男は此方の戦闘態勢を見て、不思議そうに驚いたような表情を一瞬浮かべ、即座に両手を軽く上げた。
「おっと、すまんすまん。戦闘の意思はこれっぽっちも無いんだ」
「初対面の人間で、そして能力使いであろう者の言葉を信じろと?」
「これから知り合えば良い。もしかしたら仲間になるかもしれないのだから」
冷凍マグロはにこやかもしないでそんな事を言い放つ。
確かに敵対する理由など現状では欠片も見当たらない。本体を堂々と曝け出しているのだ、奇襲による初見殺しをするには少々状況がおかしい。
(少なくとも、今現在は危害を加える意思は見えない、か)
……本当の事を言っているかは解らないが、とりあえずその言葉に嘘は無い。自分の直感を信頼する事にする。
「今のルカティエル魔法学園の現状を理解して貰った上で、今後の事について話し合いたい。時間の都合は良いかね? 長丁場となる」
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