嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜
四章 甘い微熱/三、真夜中の甘美な抱擁【5】
「こういう本音は言っても仕方がないと思い込んで、もうずっと言わずに来た」
父の作った檻の中で生きるしかないと、諦める癖がついていた。
両親を悲しませたくなくて、子どもの頃に何度も泣いていたふたりの顔が脳裏に焼きついていて、またあの頃のように傷つけるのが怖かった。
「でも、それは間違ってたって思う。どんなに取り合ってもらえなくても、ちゃんと全力でぶつかればよかった。私はいつからかお父さんのせいにして、ずっと甘えてただけだった。こんな風になるまでそんなことにも気づけなかったの……」
だから、私ひとりが自分の気持ちを押し込めていればいいと思っていた。
「それに気づかせてくれたのはオミくんだった」
けれど、そんなのはきっと間違っている。
本当の意味で私が幸せになれなければ、結局は私を大切に思ってくれている両親の心を傷つけるのと変わらない。
今ようやくして、そのことに気づいた。
「いつかお見合いするってわかってたから、オミくんへの気持ちを何度も消そうとしたの。でも、結局は好きになるばかりで、想いは消せなかった。オミくんをたくさん傷つけたかもしれないけど、私はやっぱりオミくんがいいの」
両親には悪いけれど、もう今までみたいに自分の意思を押し殺すのはやめた。
「だから、オミくんの傍にいるためなら、苦労だって喜んでする。努力も惜しまないし、もっと強くなる。今認めてもらえなくても、認めてもらえるまで諦めないよ」
覚悟を決めてしまえば、本音を伝えるのは思っていたよりもずっと簡単だった。
怖がって、諦めて、逃げていたから言えなかっただけで……。口にしてしまえば、おかしくなるほどなんてことはなかった。
こんなことができなかったなんて、本当に情けない。
オミくんは、『よくできました』と褒めるように微笑んでいる。
優しい顔を見ていると、私からも自然と笑みが零れた。
「そうか……」
ぽつりと零した父が、力なくソファに腰を下ろす。
「父さんは、茉莉花を苦しめてただけだったんだな……」
傷ついたような表情に、胸の奥が痛んで涙が込み上げてきたけれど……。
「お父さんが私を思ってくれてるのはわかってるよ。ただ、ちゃんと向き合えなかった私も悪いんだよ……」
それをグッとこらえ、首を横に振った。
「いや……確かにお前を縛りつけてたのは父さんだ……。茉莉花がこんな風に思ってるなんて知らなかった。いつまでも小さな頃のままの茉莉花だと思って、父さんが守ってやらなければいけないと……」
「お父さん」
「父親失格だ……。本当にすまない……」
父がショックを受けているのは明白で、母の目には涙が浮かんでいる。
そんなふたりを見ていると、喉の奥がグッと締めつけられて熱くなった。
「雅臣くん」
「はい」
オミくんが真剣な面持ちで答え、父を真っ直ぐ見つめた。
「約束は約束だ。ふたりが望むのなら、私はもうなにも反対しない」
その言葉に驚いた私は瞠目し、唐突すぎる状況に思考が追いつかない。
戸惑いを隠せずにいると、父が彼と私を交互に見て苦笑を零した。
「雅臣くんとの約束だった。茉莉花が自分から雅臣くんといることを望めば認める、と。だが、茉莉花は決して私を裏切らないと思ってたし、彼の意思が通ることはないと高を括ってた。茉莉花のことをわかっていなかったのは私の方だったよ……」
知らない間に交わされていた約束に、驚愕でいっぱいになる。
いったい、いつそんな話をしたのだろう。
肩を落とす父になにも訊けずにいると、オミくんが柔和な笑みを浮かべて息を吐いた。
「茉莉花はご両親が好きで、本当に大切なんです。だから、悲しませたくなくて本心を言えなかった。でも、これからは聞いてあげてください」
「……そうだな」
罪悪感を滲ませながらも微笑む父に、私も笑ってみせる。
遠回りをしてしまったけれど、今度は一から向き合えばいいのだ。
だって、私たちはお互いを大切に思い合っている家族なのだから。
「山重くんには父さんから謝っておく。茉莉花はなにもしなくていい」
「その必要はありませんよ」
「え?」
きっぱりと言い切ったオミくんに、両親と私の声が重なった。
両親はもちろん、私も怪訝な顔をしていたと思う。
私たちを見た彼は、口元だけに微かな笑みを湛える。
「茉莉花と結婚する気でいながら、三人もの女性と付き合ってるような男です。入籍後も遊ぶ気でいるようでしたし、そこを突けば謝罪なんて必要ないでしょう」
「そんなことまで調べていたのか……」
「はい。万が一にも茉莉花に振られた場合、茉莉花が俺を差し置いてどんな男に嫁ぐのかと気になりまして。もちろん、事実を知った瞬間に茉莉花への想いを諦める気は一切なくなりましたし、ついでにその男をこの世から消してやりたくなりましたが」
スラスラと話すオミくんの目は、ちっとも笑っていない。
いつの間に調べ、いつから知っていたのかはわからないけれど、彼の表情の裏にある怒りと不満はちっとも消化できていないようだった。
「雅臣くんには負けるよ。まったく……君はいつからこうするつもりだったんだ」
彼は父の疑問に瞳を緩めただけで、父も答えを求める気はないようだった。
重苦しかった空気は少しだけ和らぎ、母が涙を拭って明るい笑顔を見せる。
「お昼、過ぎちゃったわね。クリスマスだからって張り切っちゃってたくさんご馳走作ったから、よかったら食べて行って。雅臣くんも一緒にどうかしら?」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」
オミくんが頷くと、両親が安堵の笑みを見せた。
今年のクリスマスが終わりに近づいていく中で、私はようやくひとつの壁を乗り越え、そしてこれからまたなにかが変わっていく予感がしていた――。
父の作った檻の中で生きるしかないと、諦める癖がついていた。
両親を悲しませたくなくて、子どもの頃に何度も泣いていたふたりの顔が脳裏に焼きついていて、またあの頃のように傷つけるのが怖かった。
「でも、それは間違ってたって思う。どんなに取り合ってもらえなくても、ちゃんと全力でぶつかればよかった。私はいつからかお父さんのせいにして、ずっと甘えてただけだった。こんな風になるまでそんなことにも気づけなかったの……」
だから、私ひとりが自分の気持ちを押し込めていればいいと思っていた。
「それに気づかせてくれたのはオミくんだった」
けれど、そんなのはきっと間違っている。
本当の意味で私が幸せになれなければ、結局は私を大切に思ってくれている両親の心を傷つけるのと変わらない。
今ようやくして、そのことに気づいた。
「いつかお見合いするってわかってたから、オミくんへの気持ちを何度も消そうとしたの。でも、結局は好きになるばかりで、想いは消せなかった。オミくんをたくさん傷つけたかもしれないけど、私はやっぱりオミくんがいいの」
両親には悪いけれど、もう今までみたいに自分の意思を押し殺すのはやめた。
「だから、オミくんの傍にいるためなら、苦労だって喜んでする。努力も惜しまないし、もっと強くなる。今認めてもらえなくても、認めてもらえるまで諦めないよ」
覚悟を決めてしまえば、本音を伝えるのは思っていたよりもずっと簡単だった。
怖がって、諦めて、逃げていたから言えなかっただけで……。口にしてしまえば、おかしくなるほどなんてことはなかった。
こんなことができなかったなんて、本当に情けない。
オミくんは、『よくできました』と褒めるように微笑んでいる。
優しい顔を見ていると、私からも自然と笑みが零れた。
「そうか……」
ぽつりと零した父が、力なくソファに腰を下ろす。
「父さんは、茉莉花を苦しめてただけだったんだな……」
傷ついたような表情に、胸の奥が痛んで涙が込み上げてきたけれど……。
「お父さんが私を思ってくれてるのはわかってるよ。ただ、ちゃんと向き合えなかった私も悪いんだよ……」
それをグッとこらえ、首を横に振った。
「いや……確かにお前を縛りつけてたのは父さんだ……。茉莉花がこんな風に思ってるなんて知らなかった。いつまでも小さな頃のままの茉莉花だと思って、父さんが守ってやらなければいけないと……」
「お父さん」
「父親失格だ……。本当にすまない……」
父がショックを受けているのは明白で、母の目には涙が浮かんでいる。
そんなふたりを見ていると、喉の奥がグッと締めつけられて熱くなった。
「雅臣くん」
「はい」
オミくんが真剣な面持ちで答え、父を真っ直ぐ見つめた。
「約束は約束だ。ふたりが望むのなら、私はもうなにも反対しない」
その言葉に驚いた私は瞠目し、唐突すぎる状況に思考が追いつかない。
戸惑いを隠せずにいると、父が彼と私を交互に見て苦笑を零した。
「雅臣くんとの約束だった。茉莉花が自分から雅臣くんといることを望めば認める、と。だが、茉莉花は決して私を裏切らないと思ってたし、彼の意思が通ることはないと高を括ってた。茉莉花のことをわかっていなかったのは私の方だったよ……」
知らない間に交わされていた約束に、驚愕でいっぱいになる。
いったい、いつそんな話をしたのだろう。
肩を落とす父になにも訊けずにいると、オミくんが柔和な笑みを浮かべて息を吐いた。
「茉莉花はご両親が好きで、本当に大切なんです。だから、悲しませたくなくて本心を言えなかった。でも、これからは聞いてあげてください」
「……そうだな」
罪悪感を滲ませながらも微笑む父に、私も笑ってみせる。
遠回りをしてしまったけれど、今度は一から向き合えばいいのだ。
だって、私たちはお互いを大切に思い合っている家族なのだから。
「山重くんには父さんから謝っておく。茉莉花はなにもしなくていい」
「その必要はありませんよ」
「え?」
きっぱりと言い切ったオミくんに、両親と私の声が重なった。
両親はもちろん、私も怪訝な顔をしていたと思う。
私たちを見た彼は、口元だけに微かな笑みを湛える。
「茉莉花と結婚する気でいながら、三人もの女性と付き合ってるような男です。入籍後も遊ぶ気でいるようでしたし、そこを突けば謝罪なんて必要ないでしょう」
「そんなことまで調べていたのか……」
「はい。万が一にも茉莉花に振られた場合、茉莉花が俺を差し置いてどんな男に嫁ぐのかと気になりまして。もちろん、事実を知った瞬間に茉莉花への想いを諦める気は一切なくなりましたし、ついでにその男をこの世から消してやりたくなりましたが」
スラスラと話すオミくんの目は、ちっとも笑っていない。
いつの間に調べ、いつから知っていたのかはわからないけれど、彼の表情の裏にある怒りと不満はちっとも消化できていないようだった。
「雅臣くんには負けるよ。まったく……君はいつからこうするつもりだったんだ」
彼は父の疑問に瞳を緩めただけで、父も答えを求める気はないようだった。
重苦しかった空気は少しだけ和らぎ、母が涙を拭って明るい笑顔を見せる。
「お昼、過ぎちゃったわね。クリスマスだからって張り切っちゃってたくさんご馳走作ったから、よかったら食べて行って。雅臣くんも一緒にどうかしら?」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」
オミくんが頷くと、両親が安堵の笑みを見せた。
今年のクリスマスが終わりに近づいていく中で、私はようやくひとつの壁を乗り越え、そしてこれからまたなにかが変わっていく予感がしていた――。
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