嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜
四章 甘い微熱/三、真夜中の甘美な抱擁【4】
「どんな風に生きるのか、茉莉花はもう自分で決められます」
「雅臣くん、申し訳ないが、この件に関しては君の意見は聞けないよ。君は赤の他人だろう? 茉莉花になにかあったら、私たち親が守るしかないんだ。そうなる前に、しっかりと道を示してあげなければ――」
「お言葉ですが、それはあなた方のエゴです」
「なっ……!」
「俺と一緒にいると、茉莉花は少なからず鷹見のしがらみや苦労を背負うことになります。もちろん全力で守りますが、茉莉花自身にも頑張ってもらわないといけないことはある。ときには、傷つき苦しむこともあるかもしれません」
「だったら、なおのこと……!」
「でも、茉莉花は弱くない」
立ち上がった父に、彼が真剣な眼差しを向ける。
「自分の足で歩いていけるひとりの大人の女性なのに、父親を思うあまり自分の足で歩くことを諦め、苦しんでるんです。これでは茉莉花もあなたも幸せにはなれない」
力強い言葉に、鼻の奥がツンと痛んだ。
私はずっと、自分自身を弱くてなにもできない人間だと思っていた。
それは間違っていなくて、家族や同僚に訊けば私と同じ答えが返ってくるだろう。
けれど、オミくんだけは違った。
こんな私を『弱くない』と……。『自分の足で歩いていける大人の女性』だと思ってくれていた。
「あなたの保護下で働くことが、茉莉花にとってどれほど肩身が狭いかわかりますか? 上司や同僚から、茉莉花がどんな風に思われるか考えたことがありますか?」
「そ、れは……」
「どれだけ居心地が悪くても笑顔で耐え抜いてきたのは、あなたのことが大切だからです。幼い頃に自分の身体が弱くて心配をかけてきた分、父親を……ご両親を安心させてあげたいから、ひとりで苦しみに耐えてきたんです」
私の気持ちをわかってくれていたのは、やっぱり彼だけで。まるで、私の心の中を代弁するように、私の中にあった苦しみや葛藤が滔々と語られていく。
「そんな茉莉花が弱いはずがない。弱く見えるのなら、それは茉莉花が本当の自分を見せていないか、あなたたちが茉莉花のことをわかっていないだけです」
父は言葉を失くしたように黙り込み、母も顔を強張らせていた。
「もう茉莉花を解放してあげてください。あなたの愛は、ただ茉莉花の心を縛りつけるだけの鎖でしかありません。そんなものは茉莉花のためにはならない」
「君になにがわかるっ……! 私たち夫婦がどれだけ茉莉花のことを――」
「おふたりが茉莉花を想ってることは俺にだってわかります。なぜなら、俺も茉莉花のことがなによりも大切だからです」
こぶしを震わせる父にも、オミくんは落ち着いて言葉を返す。
「俺は茉莉花を愛してます。そして、茉莉花も俺を想ってくれてます」
紡がれた迷いのない想いが、私の心をそっと包み込んでいく。
「だから、茉莉花と結婚させてください」
彼はまるでずっと前からこうすることを決めていたように、両親を真っ直ぐに見つめたまま告げた。
「……以前言った通りだ」
程なくして零された声は、ひどく重々しかった。
「雅臣くんは信頼に足る男だが、茉莉花に君の家柄は重すぎる。そんな苦労はさせられない。茉莉花がなにもできないのは事実なんだ……」
そして、どこまでも頑なな父の考え方は変わらない。
いっそ悲しくなるほどで、そんな父が痛々しくも思えてくる。
「仮に今はなにもできなくても、これからひとつずつ覚えていけばいいだけです。ときには失敗するかもしれませんが、そういうときにも支えるために俺がいるんです」
それでも、オミくんは決して折れなかった。
私のことを心から信じている……と言わんばかりに。
だからこそ、私も彼に恥じない人間でいたい。
「お父さん」
呼びかけた声は、思っていたよりもずっと穏やかなものだった。
「私ね……今まで言えなかったけど、本当はお兄ちゃんやお姉ちゃんみたいに仕事がしたいの。部署のみんなが残業してるのに私だけ定時に帰るとか、いてもいなくても変わらない存在としてただ会社にいるだけなんて恥ずかしいし、すごく情けない」
父の姿がなんだか小さく見えて泣きそうになったけれど、深呼吸をして父を射抜くように見つめた。
「雅臣くん、申し訳ないが、この件に関しては君の意見は聞けないよ。君は赤の他人だろう? 茉莉花になにかあったら、私たち親が守るしかないんだ。そうなる前に、しっかりと道を示してあげなければ――」
「お言葉ですが、それはあなた方のエゴです」
「なっ……!」
「俺と一緒にいると、茉莉花は少なからず鷹見のしがらみや苦労を背負うことになります。もちろん全力で守りますが、茉莉花自身にも頑張ってもらわないといけないことはある。ときには、傷つき苦しむこともあるかもしれません」
「だったら、なおのこと……!」
「でも、茉莉花は弱くない」
立ち上がった父に、彼が真剣な眼差しを向ける。
「自分の足で歩いていけるひとりの大人の女性なのに、父親を思うあまり自分の足で歩くことを諦め、苦しんでるんです。これでは茉莉花もあなたも幸せにはなれない」
力強い言葉に、鼻の奥がツンと痛んだ。
私はずっと、自分自身を弱くてなにもできない人間だと思っていた。
それは間違っていなくて、家族や同僚に訊けば私と同じ答えが返ってくるだろう。
けれど、オミくんだけは違った。
こんな私を『弱くない』と……。『自分の足で歩いていける大人の女性』だと思ってくれていた。
「あなたの保護下で働くことが、茉莉花にとってどれほど肩身が狭いかわかりますか? 上司や同僚から、茉莉花がどんな風に思われるか考えたことがありますか?」
「そ、れは……」
「どれだけ居心地が悪くても笑顔で耐え抜いてきたのは、あなたのことが大切だからです。幼い頃に自分の身体が弱くて心配をかけてきた分、父親を……ご両親を安心させてあげたいから、ひとりで苦しみに耐えてきたんです」
私の気持ちをわかってくれていたのは、やっぱり彼だけで。まるで、私の心の中を代弁するように、私の中にあった苦しみや葛藤が滔々と語られていく。
「そんな茉莉花が弱いはずがない。弱く見えるのなら、それは茉莉花が本当の自分を見せていないか、あなたたちが茉莉花のことをわかっていないだけです」
父は言葉を失くしたように黙り込み、母も顔を強張らせていた。
「もう茉莉花を解放してあげてください。あなたの愛は、ただ茉莉花の心を縛りつけるだけの鎖でしかありません。そんなものは茉莉花のためにはならない」
「君になにがわかるっ……! 私たち夫婦がどれだけ茉莉花のことを――」
「おふたりが茉莉花を想ってることは俺にだってわかります。なぜなら、俺も茉莉花のことがなによりも大切だからです」
こぶしを震わせる父にも、オミくんは落ち着いて言葉を返す。
「俺は茉莉花を愛してます。そして、茉莉花も俺を想ってくれてます」
紡がれた迷いのない想いが、私の心をそっと包み込んでいく。
「だから、茉莉花と結婚させてください」
彼はまるでずっと前からこうすることを決めていたように、両親を真っ直ぐに見つめたまま告げた。
「……以前言った通りだ」
程なくして零された声は、ひどく重々しかった。
「雅臣くんは信頼に足る男だが、茉莉花に君の家柄は重すぎる。そんな苦労はさせられない。茉莉花がなにもできないのは事実なんだ……」
そして、どこまでも頑なな父の考え方は変わらない。
いっそ悲しくなるほどで、そんな父が痛々しくも思えてくる。
「仮に今はなにもできなくても、これからひとつずつ覚えていけばいいだけです。ときには失敗するかもしれませんが、そういうときにも支えるために俺がいるんです」
それでも、オミくんは決して折れなかった。
私のことを心から信じている……と言わんばかりに。
だからこそ、私も彼に恥じない人間でいたい。
「お父さん」
呼びかけた声は、思っていたよりもずっと穏やかなものだった。
「私ね……今まで言えなかったけど、本当はお兄ちゃんやお姉ちゃんみたいに仕事がしたいの。部署のみんなが残業してるのに私だけ定時に帰るとか、いてもいなくても変わらない存在としてただ会社にいるだけなんて恥ずかしいし、すごく情けない」
父の姿がなんだか小さく見えて泣きそうになったけれど、深呼吸をして父を射抜くように見つめた。
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