嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜

桜月海羽

四章 甘い微熱/二、涙の決意【3】

時刻はもうすぐ二十時になる。
オミくんが指定した待ち合わせ場所は、彼の家から程近いところにあって、ここからなら徒歩で十分もかからない。


去年のクリスマスよりも少し前、オミくんと一緒に見たクリスマスツリー。
セグレートからタクシーで送ってくれる道中、『せっかくだからクリスマスツリーが見たい』と言った私のお願いを彼は叶えてくれたのだ。


遠回りになるのに嫌な顔ひとつせずに、喜ぶ私を見てオミくんも笑ってくれた。
クリスマスツリーを眺めていた時間は五分にも満たなかったけれど、私にとっては最高のクリスマスプレゼントだった。
あの日から一年と少し。
彼への想いは、当時とは比べようもないほどに大きくなっている。


ただ、オミくんはもういないかもしれない。
約束の時間からすでに一時間近く経っているし、この寒空の下で待ち続けているとは思えない。
それなのに、息が苦しくなっても走り続けた。
クリスマスツリーが見えてくると、行き交う人たちにぶつかりそうになって、何度も足が縺れた。
多くの人を掻き分けるようにして進む私の視界が開けると、イルミネーションに包まれる街の中、ひときわ目立つ男性が立っていた。


「オミくんっ……!」


もう待っていないと思っていた。
けれど、彼ならまだ待ってくれている気がしていた。


「茉莉花……! 走ってきたのか?」
「だって……」
「バカ。いくら健康になったっていっても、走るのは苦手なくせに……」


オミくんが心配そうに私を覗き込んでくる。
鼻先は少し赤くて、手を伸ばして触れた頬はとても冷たかった。


「どうして待ってるの……」


バカは彼の方だ。
凍えそうに寒い夜に、一時間も私なんかを待っているなんて……。


切なくて、嬉しくて、整い切らない呼吸の合間に鼻の奥がツンと痛む。
私の頬をそっと撫でたオミくんが、瞳をたわませる。


「茉莉花なら来ると思ったから」


簡単に断言されて、もう涙をこらえられなかった。


「だって、茉莉花は俺が好きだろ? 俺も茉莉花が好きだって言ってるのに、茉莉花が来ないはずがないんだ。言っておくけど、俺は誰よりも茉莉花のことを知ってるつもりだからね」


微笑んでいた彼の双眸に、どこか呆れたようなものが混じる。


「俺が何年想い続けたと思ってる? 茉莉花に好かれるためにどれだけ茉莉花のことを考えてきたと思ってる?」


まるで自嘲するような言い方だったけれど、顔つきは真剣だった。


「昨日今日現れた男なんかに負けるつもりはないし、世界で一番大事な女なんだから誰にもあげないよ」


オミくんが見せてくれる独占欲に、胸の奥が甘やかに戦慄く。


「俺が迎えに行かなかったのは、茉莉花自身の意思で俺のところに来てくれないと意味がなかったからだ。本当は見合い相手の男のもとに奪いに行きたかったよ」


そして、彼が私をどれだけ大切にしてくれているのかを痛いくらいに感じて、視界はどんどん歪んでいった。


「私……オミくんに迷惑かけてもいいの?」


涙とともに不安が零れる。


「お父さんは、きっと納得してくれない。今頃、山重さんが連絡してカンカンに怒ってるかもしれないし、オミくんに迷惑かけるに決まってる……」


山重さんにはあんな風に言ったけれど、オミくんに迷惑をかけるのが怖かった。
今さらかもしれなくても、これ以上オミくんに嫌な思いをさせたくない。


「でも、私はやっぱり自分の気持ちには嘘をつけないって思ったの……」


そう思う一方で、彼への恋情はとうとう消せなかった。


「お父さんを安心させるよりも、オミくんの傍にいたい。私の幸せは私が決めたい。だから、オミくんとこれからも……っ」
「バカだな」


オミくんの指先が、私の涙をそっと拭う。
私を真っ直ぐ見つめる彼の瞳は、穏やかな光のように優しい。

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