嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜
四章 甘い微熱/二、涙の決意【1】
今年のクリスマスイヴは土曜日だった。
あれから一週間、自分の気持ちと向き合い続けたけれど、これから選択しようとしている道が本当に正しいのかはわからない。
けれど、迷うたびにオミくんに言われた言葉たちを思い出し、心に留め直した。
「今日は山重さんと会うんですって? 一緒にディナーを食べられなくて残念だわ」
イヴには、毎年両親と過ごすのが恒例だった。
今夜は山重さんとの約束があるため、母に『せめてケーキだけでも食べに来て』と誘われて、先にふたりで昼食を済ませたところだ。
父は、早朝からゴルフに行き、そのまま会食があるのだとか。
実家にひとりでいた母は、寂しさを浮かべながら「きっとこれからは一緒に過ごせないわね」と眉を下げた。
「でも、慣れなきゃいけないね。茉莉花はもうすぐお嫁に行くんだから」
「ねぇ、お父さんとお母さんってお見合い結婚だったんだよね? お母さんはいつお父さんのことを好きになったの?」
「なぁに? 唐突ね」
「……ちょっと気になって」
母は「変な子ね」と言ってふふっと笑うと、ハーブティーを一口飲んだ。
「初めて会った日よ」
「お見合いした日ってこと?」
「ええ。お父さんね、お母さんとのお見合いの日は緊張しすぎて、会って三十分が経っても一言も喋ってくれなくて……。なんて無愛想な人なんだろうって思ってお断りするつもりだったの」
母が肩を竦めて苦笑し、それから懐かしむように瞳を緩めた。
「でもね、お見合いしたホテルの庭を散歩したときに、慣れない着物でゆっくり歩くのが精一杯だったお母さんの歩幅に黙って合わせてくれたの。そのとき、この人は無愛想だけど、優しい人なんだって思ったのよ」
「それが理由?」
「うーん、それだけってことはないけど……。そのあとも何度か会ううちに、お父さんが不器用なりに一生懸命デートプランを考えてくれてたのを知って、この人となら苦労しても一緒にいたいって感じたから、結婚しようと思ったの」
はにかむように笑う母は、今も変わらず父のことを想っているのだろう。
「今、幸せ?」
「ええ、もちろん。お父さんは気難しいけど優しいし、あなたたちみたいな可愛い子どもにも恵まれたし、とっても幸せよ。だから、茉莉花にもそういう結婚をしてほしいな。山重さんはいい方だって聞いてるし、お母さんも早くお会いしたいわ」
嬉しそうな母の表情に、不誠実だった自分が恥ずかしくなる。
「お母さんは、もしお見合いした人が好きになれない相手だったらどうしてた?」
それでも、これだけは訊いてみたくて、母をじっと見つめた。
「そうねぇ……。好きって気持ちは、一緒にいるうちに育めたりもするけど、どうしても好きになれないこともあると思う。でも、なにがきっかけで心が動くかはわからないから、一応好きになれるように努力はするかな」
「でも……好きとか嫌いとかって、努力でどうにかならない気がする……」
納得できずにいると、母が「そうね」と苦笑交じりに頷いた。
「ねぇ、茉莉花。もし茉莉花が迷ってたとしても、『この人と一緒なら苦労してもいい』と思える相手だったら、きっと大丈夫よ」
隣に座っていた母の手が、私の背中をそっと撫でる。
「お母さんもお父さんも、茉莉花が幸せでいてくれればそれだけでいいんだから」
その温もりに泣きそうになったのは、自分がいかに幼稚な思考でいたのかを痛感したから。
けれど、小さく頷いて微笑み、「ありがとう」と零した。
あれから一週間、自分の気持ちと向き合い続けたけれど、これから選択しようとしている道が本当に正しいのかはわからない。
けれど、迷うたびにオミくんに言われた言葉たちを思い出し、心に留め直した。
「今日は山重さんと会うんですって? 一緒にディナーを食べられなくて残念だわ」
イヴには、毎年両親と過ごすのが恒例だった。
今夜は山重さんとの約束があるため、母に『せめてケーキだけでも食べに来て』と誘われて、先にふたりで昼食を済ませたところだ。
父は、早朝からゴルフに行き、そのまま会食があるのだとか。
実家にひとりでいた母は、寂しさを浮かべながら「きっとこれからは一緒に過ごせないわね」と眉を下げた。
「でも、慣れなきゃいけないね。茉莉花はもうすぐお嫁に行くんだから」
「ねぇ、お父さんとお母さんってお見合い結婚だったんだよね? お母さんはいつお父さんのことを好きになったの?」
「なぁに? 唐突ね」
「……ちょっと気になって」
母は「変な子ね」と言ってふふっと笑うと、ハーブティーを一口飲んだ。
「初めて会った日よ」
「お見合いした日ってこと?」
「ええ。お父さんね、お母さんとのお見合いの日は緊張しすぎて、会って三十分が経っても一言も喋ってくれなくて……。なんて無愛想な人なんだろうって思ってお断りするつもりだったの」
母が肩を竦めて苦笑し、それから懐かしむように瞳を緩めた。
「でもね、お見合いしたホテルの庭を散歩したときに、慣れない着物でゆっくり歩くのが精一杯だったお母さんの歩幅に黙って合わせてくれたの。そのとき、この人は無愛想だけど、優しい人なんだって思ったのよ」
「それが理由?」
「うーん、それだけってことはないけど……。そのあとも何度か会ううちに、お父さんが不器用なりに一生懸命デートプランを考えてくれてたのを知って、この人となら苦労しても一緒にいたいって感じたから、結婚しようと思ったの」
はにかむように笑う母は、今も変わらず父のことを想っているのだろう。
「今、幸せ?」
「ええ、もちろん。お父さんは気難しいけど優しいし、あなたたちみたいな可愛い子どもにも恵まれたし、とっても幸せよ。だから、茉莉花にもそういう結婚をしてほしいな。山重さんはいい方だって聞いてるし、お母さんも早くお会いしたいわ」
嬉しそうな母の表情に、不誠実だった自分が恥ずかしくなる。
「お母さんは、もしお見合いした人が好きになれない相手だったらどうしてた?」
それでも、これだけは訊いてみたくて、母をじっと見つめた。
「そうねぇ……。好きって気持ちは、一緒にいるうちに育めたりもするけど、どうしても好きになれないこともあると思う。でも、なにがきっかけで心が動くかはわからないから、一応好きになれるように努力はするかな」
「でも……好きとか嫌いとかって、努力でどうにかならない気がする……」
納得できずにいると、母が「そうね」と苦笑交じりに頷いた。
「ねぇ、茉莉花。もし茉莉花が迷ってたとしても、『この人と一緒なら苦労してもいい』と思える相手だったら、きっと大丈夫よ」
隣に座っていた母の手が、私の背中をそっと撫でる。
「お母さんもお父さんも、茉莉花が幸せでいてくれればそれだけでいいんだから」
その温もりに泣きそうになったのは、自分がいかに幼稚な思考でいたのかを痛感したから。
けれど、小さく頷いて微笑み、「ありがとう」と零した。
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