嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜

桜月海羽

三章 嘘の代償/四、愛情 Side Masaomi【3】

* * *


「……うん。以前より甘さが控えめで、抹茶の風味も格段によくなりましたね。これなら、弊社の海外事業部も納得するはずです」


俺の感想を聞いた途端、仁科の社員たちの強張っていた表情が和らぐ。
裕人は心底安堵したように笑い、「よかったです」と口にした。


フランスとイタリアにオープンするタカミステーションホテルでのウェルカムスイーツに仁科が提案したのは、抹茶を使ったカステラだった。
宇治うじの抹茶をふんだんに使用し、細かく刻んだ栗を練り込んだ生地を焼き上げたカステラは、日本ならではの特性を活かしつつ和菓子ほど和に傾倒しすぎておらず、社内で高評価を得た。
しかし、海外を意識しすぎたせいか、試作品として最初に出されたものは異様なほどに甘く、抹茶の風味も活かしきれていなかった。
打ち合わせを綿密に重ね、今日出された八回目の試作品でようやく味が纏まった。


同席していた今回のプロジェクトのメンバーも、みんな満足そうにしている。
俺たちに出すのが八回目ということは、仁科の社内ではその何倍もの試作を繰り返したに違いない。
心底ホッとしている様子の浩人さんと裕人の顔が、それを語っているようだった。
俺もようやく一段落したことに息をつく。


本来、国内事業部の取締役である俺は、タカミステーションホテルの海外進出にはほとんど関わらない予定だった。
しかし、当初から土地の買収に難航しており、プロジェクトがなかなか進まなかったことによって、鷹見グループの総帥である祖父から『イタリアのオープンまではお前が陣頭指揮を執りなさい』と命を受けたのだ。
総帥の命令であれば、俺に選択権はない。
約四年半前の国内事業部の取締役への就任と同時に、このプロジェクトにも関わることになった。


海外初のタカミステーションホテルは、来年早々にアメリカでのオープンを控え、三か月後にはフランスとイタリアで相次いでプレオープンを迎える。
ようやく色々なものの目途が立ち、これでウェルカムスイーツの件も一段落したため、あとは細かい調整ばかりになるだろう。
仁科の社員以上に、俺の方が安堵していたかもしれない。
和やかな雰囲気になった両社の社員たちを横目に、浩人さんが近づいてきた。


「鷹見社長、今回の件では本当にありがとうございました。御社とのご縁ができ、大変光栄です」
「こちらこそ。今後とも御社とのご縁を大切にしたいと思っております」


微笑み合い、さらに穏やかな空気になったことを確信してから口を開く。


「もしよろしければ、今晩お時間をいただけませんでしょうか。折り入ってご相談があるのですが」
「……わかりました。しかし、私だけでよろしいのですか? 息子や海外事業部の者も必要でしたら、私の方で声をかけておきますが」
「いえ、今夜は仁科社長だけにお話がありますので」


俺の言葉に、浩人さんは怪訝そうにしていたものの、程なくして頷いた。


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