嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜

桜月海羽

三章 嘘の代償/四、愛情 Side Masaomi【1】

十一月も今日で終わる。
師走が迫る中で仕事は忙しさを増していたが、俺は茉莉花と会う時間だけは必死に捻出していた。


彼女の『なにも言わずに私を抱いて』という希望通り、俺たちは身体だけの関係を続けている。
それまでとは違い、世間から見ればいわゆるセフレの関係性にあたるのだろう。
もちろん、俺にそんなつもりは毛頭ないけれど。


茉莉花の言葉を受けてから、俺たちはすでに片手では足りないほど会い、それ以上に身体を重ねている。
一度では足りず、二度抱くことも珍しくはない。
彼女の身体は、いつだって俺の言動に従順な反応を見せる。
ときに艶麗な表情を浮かべ、艶めかしい瞳で俺を見つめ、甘えた声を上げる。
俺にしがみつき、キスをねだり、快感に抗えずに達する様は、どんなものよりも俺を劣情を煽り、最後には心と身体を満たしてくれた。


『オミくん……オミ、くっ……すき、ッ……すきなの……』


今夜も乱れに乱れた茉莉花は、俺の名前を呼びながら果てた。
消え入りそうな声で、何度も『好き』と繰り返して。


「本当に、茉莉花はどれだけ俺を困らせてくれるんだ」


そんな彼女に苦笑を漏らしながらも、心の中はひどく満たされている。


いつからか、茉莉花は俺への気持ちを素直に零すようになった。
といっても、恐らく本人にその自覚はない。
俺の愛撫に啼き、我を忘れるほどに美しく乱れ、何度も昇り詰めて。そうして思考がぐちゃぐちゃになって初めて、自らの感情を口にしているのだろう。
きっと、俺の腕の中で自分がそんなことを口走っているなんて、彼女自身は思ってもいないはずだ。
けれど、俺はようやく確信を得ることができた。


どこまでも浩人さんに囚われていることを差し引いても、茉莉花は見かけによらず強情で意地っ張りだ。
俺を見つめる瞳や表情に恋情が混じっているように見えても、彼女が俺への想いを口にすることは一度もなかった。
憎からず想われている気がするのに、最後の一線は越えないようにしていたのか、茉莉花は決して本心を見せようとはしなかった。
もっとも、基本的には素直で真面目な性格の彼女からは、なんとなく本音が漏れていた気がするけれど。


とはいえ、さすがに確信が持てないままでいるのは、少なからず不安もあった。
だからこそ、無意識であっても茉莉花本人の口から想いが紡がれたときには、どうしようもないほどに心が震えた。
初めて『好き』と零された夜なんて、そのまま続けて二回も抱いたほどだ。
事後、三度も俺の欲望を受けた彼女はまともに立てず、さすがに少しばかり怒られたが、ぽわんとした顔が可愛くて仕方がなかった。


「でも、正気のときには頑なに本心を隠すんだよな」


眠る茉莉花の額にくちづけ、「困ったお姫様だよ」と眉を下げてため息をつく。
彼女が自分の気持ちを言わない理由は、間違いなく浩人さんのことがあるから。


茉莉花は、病弱だった子ども時代のせいで両親に対して罪悪感を抱いており、父親である浩人さんへのそれは異常なほどだった。
さらには、これまで幾度となく訴えてきた自分の意見が通らないことを痛感しているためか、彼女は随分と〝諦めのいい子〟になってしまっている。
何度も心が折れれば、そうなるのもわからなくはない。
今でこそ、茉莉花は浩人さんの言いなりになっているように見えるが、裕人いわくもともとはもっと自分の意思を伝えていたらしい。


『でも、親父は茉莉花には異常なほど過保護だし、母さんや俺たちの言葉にも絶対に耳を貸さないからな。茉莉花も、もうなにを言っても聞き入れてもらえないことに疲れてるだろうし、諦める方がラクなんだろ』


先日、裕人と会ったとき、彼女の見合いの話になり、そんなことを言っていた。
裕人も何度か浩人さんに進言したようだったが、とうとう見合いまで決めてしまい、呆れ返っていた。
ただ、茉莉花のことを気にかけながらも、彼女の本心がわからないようだった。

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