嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜

桜月海羽

三章 嘘の代償/三、積み重なる嘘と言えない本音【3】

* * *


「茉莉花」


甘い声が私を呼ぶ。
オミくんの匂いが充満した寝室の広いベッドで、彼が抱きしめてくれる。まるで壊れ物を扱うように優しく、宝物を抱えるように愛おしげに。
悪戯な舌が私の口腔を我が物顔で這い回り、吐息ごと吸い上げるような激しいキスを与えてくる。


「ッ……」


私が『なにも言わずに私を抱いて』と口にしたあの日から、一週間が経った。
あの夜を含め、私はすでに二回もオミくんの部屋を訪れていて、たった七日間の間に同じ数だけ彼に抱かれていた。


今日はあれから三度目の訪問で、今夜もオミくんは私を攫うように家に連れてくると、会話もそこそこにベッドに縫い留めた。
父からの電話に対応したあと、私は迎えに来てくれた彼の家で抱かれる。
いつからか、父に嘘をつくことへの罪悪感は薄れていた。
さらには、オミくんに幻滅してもらうための発言だったのに、いざ彼に抱かれると喜びに満たされて、想いはますます膨らんでいくばかり。


(なんて滑稽なんだろう……)


好きな人に抱かれるという幸福な行為が、自分自身の首を締めていく。
ひとときの甘い時間が終われば、待っているのは切なさと後悔。
そのくせ、この甘美で淫らな蜜事から抜け出せないのだ。


「考え事なんて余裕だね」


ふと瞳を緩めたオミくんが、どこか冷たい笑みを浮かべる。
それが少しだけ苛立っている証拠だと気づき、慌てて首を横に振ったけれど。

「余裕なんて……ッ、あっ!」

大きな手がふたつの膨らみをぎゅうっと掴み、たしなめるような視線を注がれる。


「俺とのセックスを望んだのは茉莉花なんだから、俺に抱かれてる間は俺だけで頭をいっぱいにしてよ」


そんなこと、言われなくてもできる。
どれだけ考えないようにしたって、私の心と頭はいつもオミくんでいっぱいで。どこでなにをしていたって、私のすべてが彼に囚われているのだから……。


けれど、不満げに眉を寄せたオミくんは、それを隠さず身体にぶつけてくる。
なにも身に纏っていない弱い部分を摘まみ、いたぶるように捏ね、紛れもない快感を押し込んでくる。
頭の上で彼の左手に固定された両手首は、さきほどからびくともしない。
柔らかな部分を這い回る右手とともに鎖骨にくちづけられ、そのままチリッとした痛みを感じるまで吸い上げられて、腰が小さく跳ねた。


「俺がつけた痕、増えたね?」


淫蕩な笑みが私の羞恥を煽る。


あの日から、オミくんは私の肌に自分の痕跡を残すようになった。
身体に刻まれた赤い印は、ひとつが薄くなってもまたいくつも増える。
まるで、私の肌に花びらが舞っているようだった。


『俺のものになってくれないから、せめてマーキングしておこうかと思って』


本気か冗談か。あの夜にそんなことを言いながら意地悪くたわませた瞳に射抜かれたとき、ふしだらな下肢が悦びに戦慄いた。
一方で、どれだけ激しく私の身体に触れても、大切にされていることがわかるくらいには優しくて。その事実を知っている私の心は、彼に抱かれたあとには必ず切なさで胸が張り裂けそうになるのだった。


今夜も私は甘ったるい声で啼きながら、真っ白な世界へと駆けていく。
オミくんの腕の中で、彼の温もりと香りを感じて。


「ほら、茉莉花……もっと、俺だけでいっぱいになって……」


それは心と身体、どちらのことかなのかはわからなかったけれど……。きっと、両方のことだったに違いない。
激しい波に呑み込まれる寸前、私を守るようにきつくきつく抱きしめてくれる腕の中でそんなことを考えていた――。


「茉莉花」
「ん……」
「そろそろ送っていくから起きて」


瞼に落とされた唇が頬に移り、そのまま唇を奪っていく。
オミくんに抱かれたあと、いつものように眠ってしまっていたようだった。
重い瞼を開け、だるい身体を起こそうとするけれど、上手く力が入らない。


「服、着せようか?」


一方、彼は平然としている。
それはこの状況に対することだけじゃなく、今の私たちの関係についても……という意味で。


オミくんは、私に恋愛感情があると言いながら、他の男性と結婚する気でいる私を大切にし、私のわがままを受け入れて抱いてくれる。
そんな彼の本心がわからないのに、この関係を手放すことも考えたくはない。


オミくんに抱かれるたびに、自分の中にあるわかり切った本音を言えないことが苦しくてたまらなくなる。
どうしてこんな風になってしまったのだろう……と泣きたくなって。これが嘘の代償なのだと実感して。結局は、身勝手な自分の浅はかさを痛感するだけ。
堂々巡りの中、彼への恋情だけがすくすくと育っていく。


「茉莉花? 俺が着せてもいいの?」
「恥ずかしいからダメ……」
「もっと恥ずかしことしてるのに?」


クスクスと笑われて恥ずかしいのに、どこかあどけない雰囲気に胸の奥が高鳴る。
オミくんの笑顔ひとつで、私はまた想いを募らせていく。


「帰りたくないなら泊まっていく?」
「それもダメ……。もし急にお父さんが家に来たら大ごとになるから」
「俺はそれでもいいんだけどね」
「え?」


意味深に微笑んだ彼は、「リビングで待ってるよ」と言って私の額にくちづけ、寝室から出て行ってしまった。
残された私は、向けられた言葉の意味を考えようとして首を横に振る。


(余計なことは考えない……。私がお父さんの言う通りにするなら、今さらなにを考えても一緒だから……)


胸の奥がじくじくと疼く。
深くなっていく傷は、自分自身で刻んだもの。
けれど、オミくんとの時間で生まれた痛みなら、それさえも愛おしい。
だから、もうあと少しだけ彼と一緒にいたい……。





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