嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜
三章 嘘の代償/一、彼の本心【3】
* * *
翌日の土曜日。
オミくんは、昨夜言ったとおりに正午前に私を迎えに来た。
フレンチレストランでコース料理をご馳走してもらい、彼の家に連れて行かれる間、私はただ言われるがままだった。
オミくんの家に入れてもらうのは、今日で四度目。
そのうち二度は寝室にまで足を踏み入れ、彼に甘く優しく抱かれた。
ここに来ると、不埒な記憶がまざまざと蘇ってくるから困る。
ただでさえ緊張するのに、よりいっそうドキドキしてしまった。
一方、オミくんは丁寧に淹れたコーヒーとショコラを出してくれた。
「茉莉花、チョコも好きだよね。今度、うちで契約するショコラトリーのチョコレートなんだけど、感想を聞かせてくれる?」
「うん……。じゃあ、いただきます」
彼の考えていることがわからない。
今日呼び出されたのは昨日の話の続きのためかと思っていたけれど、ただチョコレートを試食してほしかっただけなんだろうか。
そんなはずはないとわかっているのに、現実逃避をするように肝心なことから目を背けてばかりいた。
「すごくおいしいね。ガナッシュが口の中でとろけるし、甘すぎなくていくらでも食べられそう」
「それならよかったよ」
できれば、このまま他愛のない話だけをしていたい。
そうすれば、一番言いたくないことを口にせずに済むかもしれないから……。
「昨日俺が言ったこと、ちゃんと考えた?」
ところが、まるで逃げてばかりの私をたしなめるように、オミくんがとうとう核心に触れてしまった。
「……うん」
考えたくなかったけれど、もう目を背け続けるわけにはいかない。
きちんとけじめをつけなければいけないときが来てしまったのだ。
苦しくてもつらくても、この道を選ぶのなら幸せな時間は手放すしかない。
「私……もうオミくんとふたりきりでは会わない」
朝方になってようやく決まった覚悟を、震えそうな声で紡いだ。
私を真っ直ぐ見つめる彼の表情はちっとも変わらなくて、私だけが悲しいのだと思い知らされる。わかっていたことなのに、胸の奥がズキズキと痛む。
けれど……だからこそ、これでちゃんと踏ん切りをつけられる気がした。
(優しくされたら、また離れられなくなるもんね……)
オミくんと一緒にいたい私は、きっとほんの些細なことでも体のいい言い訳にして彼に会い続けようとしてしまう。
そんな自分自身にうんざりするほど呆れても、オミくんといられる理由を探すに違いない。今までと同じように……。
だったらいっそのこと、ここで彼を諦めてしまえる理由が欲しかった。
「私ね、小さい頃に病院で目を覚ましたときに見たお父さんの顔が、今でも忘れられないんだ。すごく真っ赤な目をしてて……私が目を覚ました瞬間にボロボロ泣いたの」
子ども心に両親に心配かけてしまったという罪悪感を持ち、今日までずっと消えることがなかった。
いつだって最後には自分の意思を曲げて父の言う通りにしてきたのは、子どもの頃に繰り返し経験したそんな日々の影響が大きい。
「もういい加減に、お父さんを少しでも安心させてあげたいの。だから、私はやっぱりお父さんを裏切れないし、言われた通りにしようと思う」
母以上に心配性な父の言動は、異常なほどだと感じている。
それでも、私は父を悲しませたくなかった。
「だから、オミくんにはもう個人的には会わない」
これはお別れだ。オミくんとの。
そして、私と、私の恋心との……。
兄の友人である彼とまったく会わなくなることはないかもしれないけれど、今日をひとつの区切りにしようと決めていた。
「今までたくさん相談に乗ってくれてありがとう。会社でのつらいこととか、家族とのこととか……なんでも話せたのは、オミくんの前だけだったんだ」
けれど、これはあくまで私側の話だ。
翌日の土曜日。
オミくんは、昨夜言ったとおりに正午前に私を迎えに来た。
フレンチレストランでコース料理をご馳走してもらい、彼の家に連れて行かれる間、私はただ言われるがままだった。
オミくんの家に入れてもらうのは、今日で四度目。
そのうち二度は寝室にまで足を踏み入れ、彼に甘く優しく抱かれた。
ここに来ると、不埒な記憶がまざまざと蘇ってくるから困る。
ただでさえ緊張するのに、よりいっそうドキドキしてしまった。
一方、オミくんは丁寧に淹れたコーヒーとショコラを出してくれた。
「茉莉花、チョコも好きだよね。今度、うちで契約するショコラトリーのチョコレートなんだけど、感想を聞かせてくれる?」
「うん……。じゃあ、いただきます」
彼の考えていることがわからない。
今日呼び出されたのは昨日の話の続きのためかと思っていたけれど、ただチョコレートを試食してほしかっただけなんだろうか。
そんなはずはないとわかっているのに、現実逃避をするように肝心なことから目を背けてばかりいた。
「すごくおいしいね。ガナッシュが口の中でとろけるし、甘すぎなくていくらでも食べられそう」
「それならよかったよ」
できれば、このまま他愛のない話だけをしていたい。
そうすれば、一番言いたくないことを口にせずに済むかもしれないから……。
「昨日俺が言ったこと、ちゃんと考えた?」
ところが、まるで逃げてばかりの私をたしなめるように、オミくんがとうとう核心に触れてしまった。
「……うん」
考えたくなかったけれど、もう目を背け続けるわけにはいかない。
きちんとけじめをつけなければいけないときが来てしまったのだ。
苦しくてもつらくても、この道を選ぶのなら幸せな時間は手放すしかない。
「私……もうオミくんとふたりきりでは会わない」
朝方になってようやく決まった覚悟を、震えそうな声で紡いだ。
私を真っ直ぐ見つめる彼の表情はちっとも変わらなくて、私だけが悲しいのだと思い知らされる。わかっていたことなのに、胸の奥がズキズキと痛む。
けれど……だからこそ、これでちゃんと踏ん切りをつけられる気がした。
(優しくされたら、また離れられなくなるもんね……)
オミくんと一緒にいたい私は、きっとほんの些細なことでも体のいい言い訳にして彼に会い続けようとしてしまう。
そんな自分自身にうんざりするほど呆れても、オミくんといられる理由を探すに違いない。今までと同じように……。
だったらいっそのこと、ここで彼を諦めてしまえる理由が欲しかった。
「私ね、小さい頃に病院で目を覚ましたときに見たお父さんの顔が、今でも忘れられないんだ。すごく真っ赤な目をしてて……私が目を覚ました瞬間にボロボロ泣いたの」
子ども心に両親に心配かけてしまったという罪悪感を持ち、今日までずっと消えることがなかった。
いつだって最後には自分の意思を曲げて父の言う通りにしてきたのは、子どもの頃に繰り返し経験したそんな日々の影響が大きい。
「もういい加減に、お父さんを少しでも安心させてあげたいの。だから、私はやっぱりお父さんを裏切れないし、言われた通りにしようと思う」
母以上に心配性な父の言動は、異常なほどだと感じている。
それでも、私は父を悲しませたくなかった。
「だから、オミくんにはもう個人的には会わない」
これはお別れだ。オミくんとの。
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