嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜

桜月海羽

二章 絡みゆく想い/三、あなたの温もり【2】

優しい温もりの中、思考がゆっくりと覚醒していく。
ぼんやりとしつつも感じる心地好さに、思わず小さな笑みが零れた。


「茉莉花、起きた?」
「…………え?」


夢か現実か理解できないまま瞼を開けるまでに数秒、そこからさらに数秒。
目の前にある美麗な顔を見た瞬間、一気に目が冴えた。


「な、っ……なんで……オミくんが?」


動揺する私の頭の中は困惑だらけで、事態を把握できない。


「ソファで眠った茉莉花をベッドに運んだら、茉莉花が離してくれなかったから」


ようやくして、オミくんの家にいたことを思い出す。
昼食後、彼がリビングを離れたあとの記憶が曖昧で、そういえば睡魔に襲われた気がしてくる。
夢現だった私を呼んでいた声は、確かにオミくんのものだった。


「ごめんなさい……っ!」


咄嗟に起き上がろうとしたけれど、私を抱きしめていた彼の腕に力が込められる。


「嘘だよ」
「え?」
「俺が離したくなかっただけ」
「っ……」


その言葉をどう捉えたらいいのか。
わからなかったけれど、自分に都合よく受け取ってはいけない。そこに深い意味はなくて、ただなんとなく離したくなかっただけなのかもしれないのだから……。
彼の腕の中にいると自覚した途端に芽生えた緊張感のせいで、こんな考え方に至ったこと自体がおかしいと気づけない。


どうすればいいのか判断できなくて、助けを求めるようにオミくんを見る。
刹那、私を見つめていた彼の顔が近づいてきて、そのまま唇が重なった。


(……どうして?)


浮かんだ疑問は、キスに溶かされてしまう。
触れるだけのくちづけが私の思考を静かに奪い、心を捕らえてくる。
ふたつの唇が触れては離れ、また求められて重なる。
そのうちに啄むようなキスに変わり、ゆるりとした仕草で何度も食まれた。


「ふっ……」


オミくんのくちづけは、とてつもなく心地が好い。
まるでこれが正しいやり方であるように、私にぴったり合うように。心も唇も気持ちよくて、自然と次のキスを求めてしまう。
吐息が漏れる中、彼の胸元をキュッと握っていた。


「茉莉花……」


甘い声で紡がれる名前が、私の脳を酩酊させていく。
戯れのようなくちづけよりももっと深いものが欲しくなって、ついに口を開いた。


「オミくん……もっと……」


ボーッとしている頭でも、なにを言ったのかは理解していた。
ところが、オミくんはハッとしたように顔を離し、気まずそうに視線を下げた。


「バカ……。俺に流されるな」


眉を寄せる彼が、瞳に罪悪感を滲ませる。


オミくんはずるい。
眠る私を抱きしめて、キスまでして。それでも、突き離そうとするなんて……。


「流されてないし、今は酔ってもないよ」


それなら私は、今だけでも彼を追いかけに行く。


「私がしてほしいって思ったの。だから、オミくんが罪悪感を持つなら、私が悪い子になるよ」


強がりで微笑んで、自らオミくんの唇を奪う。
触れ合った唇は震えていて、緊張を隠せないままに彼にぎこちないキスをした。


「……下手くそ」
「だって……自分からキスなんてしたこと……」
「うん、茉莉花はそれでいいよ。ずっと今のままでいて」
「え?」


切なげな笑みを向けられて目を見開いた瞬間、オミくんに唇を塞がれた。
今度は最初から唇を力強く押し当てられ、間髪を容れずに舌が差し込まれる。


腕枕をしていた左手に後頭部を押さえられ、逃げ場がなくなった。
熱い塊に舌が捕まるまでは一瞬のこと。
呼吸ごと奪うような激しさで舌が搦められ、解きたくないとでも言いたげに結ばれる。思わず引っ込めてしまっても、またすぐに吸い上げられる。
無意識に逃げる私と、それをたしなめるがごとく追いかけてくる彼。


自分から『悪い子になる』と仕掛けたはずだったのに、すっかりオミくんのペースに巻き込まれていた。
そもそも、この間までキスの経験すらろくになかった私が、女性関係には困らないであろう彼に敵うわけがない。
そんなことを考えて、胸の奥がチクリと痛んだけれど……。つまらない嫉妬を呑み込むような熱と痺れが、口腔にじんわりと広がっていく。


「……ッ、ふぅ、ぁ……」


自分の声の甘ったるさと大人のキスに、頭の奥が痙攣するようだった。
シャツを掴む手にますます力が入り、手触りのいい生地に皺ができる。離さないといけないと思うのに、縋りつく場所が他に思い当たらなくて離せなかった。
キスに夢中になる私の後頭部を押さえていた手が、背中を探るように動く。次いで器用にワンピースのファスナーを下ろされ、剥き出しになった肌を撫でられた。

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