嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜
二章 絡みゆく想い/三、あなたの温もり【1】
翌日、正午前にオミくんが迎えに来てくれた。
彼は、今日は朝から会社に行っていたのだとか。
昨日とは変わって、オミくんが纏っているのは見慣れた三つ揃えのスーツで、これもまたかっこよかった。
昼間にスーツ姿を見る機会は滅多にないからか、いつにも増して鼓動がうるさい。
ただ、オーダーメイドであろうスーツを着ている彼がスーパーで買い物をしているところは、なんだかアンバランスでおかしかった。
「どうした?」
「ふふっ。オミくん、せっかく綺麗なスーツを着てるのに、カレーの材料を買ってるなんておかしいなって」
オミくんが住んでいるマンションの階下にあるのは高級スーパーだけれど、それでも買い物かごを持つ彼はなんだか貴重だ。
可愛らしいような、いつもよりも彼を身近に感じられるような。不思議でくすぐったくて、とにかく楽しくて仕方がなかった。
「でも、本当にカレーでいいの?」
「カレーなら茉莉花が困らないかなって」
「……オミくん、まだ私が料理できないって思ってるでしょ?」
悪戯に瞳を緩めるオミくんは、どうやら本当に私の料理の腕を信頼してくれていないみたい。
(そりゃあ、昨日はあのあと家で二回も練習したけど……)
しばらくはカレー生活になりそうな私を余所に、彼が「まだちょっとだけ疑ってます」と素直に笑う。
「ひどい……! カレーくらい作れますから!」
だいたい、カレーには様々な企業がありとあらゆる技術を駆使して作り上げた、ルウというものがあるのだ。あれを使って失敗するはずがない。
本当はスパイスから調合して調理するくらいの腕が欲しいけれど、さすがにそれは断念した。素直に便利なものを利用して無難なものを作る方がいいに決まっている。
「オミくんは知らないかもしれないけど、カレーのルウってすごく便利だし、本当においしいんだからね」
「茉莉花が作ってくれるならなんでも嬉しいよ」
むきになった私がバカみたいに思えるほど、オミくんが優しい瞳を向けてくる。
からかうならからかうで最後まで意地悪でいてくれればいいのに、急に優しい言葉をかけられると、どぎまぎしてしまった。
その後、意図せずに三度目のオミくん家への訪問を叶えた私は、彼の家のキッチンに立つことに緊張しながらも、なんとかカレーを作れた。
オミくんも『おいしい』と何度も言ってくれたし、おかわりまでしてくれたから、きっとお世辞じゃなかったはず。
「疑ったこと、謝っておくよ」
「ちゃんとまともな料理だったでしょ? 市販のルウを使ったカレーだけど」
彼が淹れてくれたコーヒーを飲みつつ、にっこりと笑ってみせる。
用意してくれていた有名パティスリーのエクレアと、豆から挽いたというコーヒーがとても合っていて、まるでホテルのラウンジにいる気分だった。
「俺は市販のルウを使ってもあんな風には作れないよ」
オミくんの家のキッチンはとても綺麗だ。
最新式のオーブンレンジや食洗器がつけられ、調理器具やカトラリーは高級ブランドのものが並んでいる。どれも彼に似合っていると思う。
にもかかわらず、あまり使われている形跡がないのは意外だけれど、そういうことなのかもしれない。
「オミくんって、あんまり料理しないんだね」
「できないことはないけど、しないね。自分のために作るのは面倒だし、帰宅が遅かったり会食もあったりして、外で食べることが圧倒的に多いし」
多忙なオミくんらしい生活だ。
彼は高級なものばかり食べているだろうから、私が作ったカレーが口に合ったのは奇跡かもしれない。
「だから、ホテルみたいなカレーが出てきてびっくりした」
けれど、褒め上手なオミくんの唇は、大袈裟な言葉を紡いでくれる。
「ホテルって……そんなに大それたものじゃないよ」
「そんなことないよ。カレーの上に夏野菜が飾られてあって彩りが綺麗だったし、味も本当においしかった」
カレーには、ナスやオクラ、パプリカやズッキーニといった野菜をオリーブオイルで焼き、ゆで卵とともに飾った。
ルウを使う分、少しだけ見栄を張って見た目だけでも盛ってみたのだ。
昨夜遅くまでSNSを徘徊して映えるカレーを研究したのは秘密だけれど、ひとまず彼が喜んでくれたことは嬉しい。
他愛のない話をしながら笑顔が絶えず、始終会話は尽きなかった。
「あ、そうだ。茉莉花、おすすめのビジネス書と英語の教材が欲しいって言ってたよね。見繕っておいたから、持ってくるよ」
不意に思い出したらしいオミくんは、私がお礼を言うが早く立ち上がり、リビングから出て行った。たぶん、書斎に行ったんだと思う。
彼がいなくなった途端、私は息を大きく吐いていた。
料理を成功させることに必死だったものの、オミくんの家に来るのはまだ三度目。
しかも、今日は彼に抱かれてから初めての訪問ということもあって、できるだけ意識しないようにしていても緊張感は消せなかった。
ところが、昨夜は遅くまで練習のためにカレーを作っていた上、先週からずっと寝不足のせいか、急に瞼が重くなってくる。
ひとりになって気が抜け始めたせいか、一気に睡魔に襲われた。
「茉莉花?」
ソファでうとうとしていたとき、オミくんの声が耳に届いたけれど。
「ここで寝たら風邪ひくよ。眠るならベッドに行く?」
首を小さく横に振りながらも、上手く目を開けられない。
「大丈夫……」
せっかく彼と一緒にいられる貴重な時間なのに、眠るなんてもったいない。
けれど、満腹になったこととオミくんの匂いに包まれた部屋にいるからか、異様なほどの安心感に包まれ、彼の気配を感じながらも眠気に抗えなかった――。
彼は、今日は朝から会社に行っていたのだとか。
昨日とは変わって、オミくんが纏っているのは見慣れた三つ揃えのスーツで、これもまたかっこよかった。
昼間にスーツ姿を見る機会は滅多にないからか、いつにも増して鼓動がうるさい。
ただ、オーダーメイドであろうスーツを着ている彼がスーパーで買い物をしているところは、なんだかアンバランスでおかしかった。
「どうした?」
「ふふっ。オミくん、せっかく綺麗なスーツを着てるのに、カレーの材料を買ってるなんておかしいなって」
オミくんが住んでいるマンションの階下にあるのは高級スーパーだけれど、それでも買い物かごを持つ彼はなんだか貴重だ。
可愛らしいような、いつもよりも彼を身近に感じられるような。不思議でくすぐったくて、とにかく楽しくて仕方がなかった。
「でも、本当にカレーでいいの?」
「カレーなら茉莉花が困らないかなって」
「……オミくん、まだ私が料理できないって思ってるでしょ?」
悪戯に瞳を緩めるオミくんは、どうやら本当に私の料理の腕を信頼してくれていないみたい。
(そりゃあ、昨日はあのあと家で二回も練習したけど……)
しばらくはカレー生活になりそうな私を余所に、彼が「まだちょっとだけ疑ってます」と素直に笑う。
「ひどい……! カレーくらい作れますから!」
だいたい、カレーには様々な企業がありとあらゆる技術を駆使して作り上げた、ルウというものがあるのだ。あれを使って失敗するはずがない。
本当はスパイスから調合して調理するくらいの腕が欲しいけれど、さすがにそれは断念した。素直に便利なものを利用して無難なものを作る方がいいに決まっている。
「オミくんは知らないかもしれないけど、カレーのルウってすごく便利だし、本当においしいんだからね」
「茉莉花が作ってくれるならなんでも嬉しいよ」
むきになった私がバカみたいに思えるほど、オミくんが優しい瞳を向けてくる。
からかうならからかうで最後まで意地悪でいてくれればいいのに、急に優しい言葉をかけられると、どぎまぎしてしまった。
その後、意図せずに三度目のオミくん家への訪問を叶えた私は、彼の家のキッチンに立つことに緊張しながらも、なんとかカレーを作れた。
オミくんも『おいしい』と何度も言ってくれたし、おかわりまでしてくれたから、きっとお世辞じゃなかったはず。
「疑ったこと、謝っておくよ」
「ちゃんとまともな料理だったでしょ? 市販のルウを使ったカレーだけど」
彼が淹れてくれたコーヒーを飲みつつ、にっこりと笑ってみせる。
用意してくれていた有名パティスリーのエクレアと、豆から挽いたというコーヒーがとても合っていて、まるでホテルのラウンジにいる気分だった。
「俺は市販のルウを使ってもあんな風には作れないよ」
オミくんの家のキッチンはとても綺麗だ。
最新式のオーブンレンジや食洗器がつけられ、調理器具やカトラリーは高級ブランドのものが並んでいる。どれも彼に似合っていると思う。
にもかかわらず、あまり使われている形跡がないのは意外だけれど、そういうことなのかもしれない。
「オミくんって、あんまり料理しないんだね」
「できないことはないけど、しないね。自分のために作るのは面倒だし、帰宅が遅かったり会食もあったりして、外で食べることが圧倒的に多いし」
多忙なオミくんらしい生活だ。
彼は高級なものばかり食べているだろうから、私が作ったカレーが口に合ったのは奇跡かもしれない。
「だから、ホテルみたいなカレーが出てきてびっくりした」
けれど、褒め上手なオミくんの唇は、大袈裟な言葉を紡いでくれる。
「ホテルって……そんなに大それたものじゃないよ」
「そんなことないよ。カレーの上に夏野菜が飾られてあって彩りが綺麗だったし、味も本当においしかった」
カレーには、ナスやオクラ、パプリカやズッキーニといった野菜をオリーブオイルで焼き、ゆで卵とともに飾った。
ルウを使う分、少しだけ見栄を張って見た目だけでも盛ってみたのだ。
昨夜遅くまでSNSを徘徊して映えるカレーを研究したのは秘密だけれど、ひとまず彼が喜んでくれたことは嬉しい。
他愛のない話をしながら笑顔が絶えず、始終会話は尽きなかった。
「あ、そうだ。茉莉花、おすすめのビジネス書と英語の教材が欲しいって言ってたよね。見繕っておいたから、持ってくるよ」
不意に思い出したらしいオミくんは、私がお礼を言うが早く立ち上がり、リビングから出て行った。たぶん、書斎に行ったんだと思う。
彼がいなくなった途端、私は息を大きく吐いていた。
料理を成功させることに必死だったものの、オミくんの家に来るのはまだ三度目。
しかも、今日は彼に抱かれてから初めての訪問ということもあって、できるだけ意識しないようにしていても緊張感は消せなかった。
ところが、昨夜は遅くまで練習のためにカレーを作っていた上、先週からずっと寝不足のせいか、急に瞼が重くなってくる。
ひとりになって気が抜け始めたせいか、一気に睡魔に襲われた。
「茉莉花?」
ソファでうとうとしていたとき、オミくんの声が耳に届いたけれど。
「ここで寝たら風邪ひくよ。眠るならベッドに行く?」
首を小さく横に振りながらも、上手く目を開けられない。
「大丈夫……」
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