嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜
二章 絡みゆく想い/二、消せない体温と香り【1】
九月最初の土曜日。
今日が待ち遠しくてたまらなかった私は、昨夜はなかなか寝付けなかった。
この日のために肌のお手入れを普段よりも入念にし、昨日なんてとっておきの高級フェイスマスクを使ったのに……。興奮しすぎて起こった睡眠不足のせいで、この数日の努力が台無しになったかもしれない。
ナチュラルメイクに合わせて髪も緩く巻くだけにし、服は淡いブルーグレーのワンピースを選んだけれど、もっと盛った方がよかった気がしてくる。
そんなことを考えていると、角を曲がってくるオミくんの車が見えた。
自然と笑みが零れ、ソワソワしながら前髪を軽く整える。
「おはよう、茉莉花」
「おはよう。お迎え、ありがとう」
「これくらいいいよ。それより、『暑いから家で待ってて』って言ったのに」
運転席から降りて眉を下げた彼に、「平気だよ」と笑ってみせる。
オミくんとのデートだというのに、大人しく待っていられるわけがない。
一分でも一秒でも早く会いたいし、長く一緒にいたいからこそ、家で待っているなんてもったいないと思えた。
「じゃあ、とりあえず乗って。朝食は済ませた? 食べられそうなら、先にランチに行こうかと思うんだけど」
「朝は軽くしたからお腹空いてきたかも」
「それなら、先にランチを済ませてから遊びに行こう」
助手席に促され、ドアを開けてくれた彼にお礼を言って車に乗せてもらう。
車内に漂う香りに、鼓動が高鳴った。
「俺のおすすめの店でいい? 茉莉花、和食は好きだったよね?」
「うん、大好き」
ハンドルを握ったオミくんが、前を向いたまま瞳を緩める。
彼からはデートプランはなにも聞かされていないけれど、行き先もランチの内容も私にとっては重要じゃない。
オミくんと一緒にいられることが最高に嬉しくて、助手席から彼が運転する姿を見られるだけで特別感でいっぱいだった。
二十分ほどで着いたのは、高級住宅街の一角。
駐車スペースから見える門をくぐると、手入れの行き届いた大刈込の庭には大きな池があり、美しい柄の鯉が悠然と泳いでいた。
その奥にひっそりとたたずむ日本家屋のような造りの建物は、まるでどこかのお金持ちの家のようだった。
店名がわかるような看板などはないものの、確かここは有名な料亭だったはず。
大物政治家や芸能人も御用達と噂で、先月くらいに観ていたバラエティー番組の突撃インタビューを女将が毅然と断っていたのを覚えている。
女将の顔は朧気だったけれど、入口で出迎えられたときには『あの人だ!』と心の中で答え合わせができた。
「あの……ランチにしては高級すぎないかな?」
長い廊下を進んだ先にある奥の部屋は、とても広い和室だった。
今日はお礼という名目だからこそ、私がご馳走するつもりだった。
けれど、よく考えれば、オミくんが行くお店なんて高級店ばかりに決まっている。
浮かれすぎてすっかり失念していた。
財布の中には下ろしたばかりの現金やクレジットカードは入っているものの、入社二年目の社員の給料なんてたかが知れている。
兄や姉がどのくらいもらっているのかは知らないけれど、そこに関しては社長の娘でも贔屓はなく、私の年収はきっと彼の月収にも満たないだろう。
色々な不安を隠しながら、大きな座卓の向かい側に座るオミくんを見た。
「心配しなくても茉莉花は財布なんて出さなくてもいいから」
「え?」
「茉莉花のことだから、『今日はお礼だから私がご馳走する』とか言い出す気がしてたんだけど、違った?」
彼は千里眼でも持っているのかもしれない。
いつも私の心の中を見透かされている気がして、恋心がバレていないことがいっそ奇跡にように思えてくる。
本当はわかっていて知らないふりをしている……なんてこともあるのかもしれない。
そんな嫌な予想は瞬時に追い出し、小さなため息をついた。
「オミくん、最初から私が考えてること全部わかってたでしょ?」
「そういうわけじゃないよ。でも、どちらにしてもデートで女の子に財布を出させる気なんてないから、茉莉花は大人しく俺に甘えて」
いつも甘やかされている自覚はある。
それなのに、オミくんはさらに甘やかしてくれるつもりのようだった。
女性じゃなくて女の子扱いなのは、やっぱり妹のように思われているんだ……と感じて、胸がチクチクと痛くなったけれど。
「本当にいいの?」
そこには気づかないふりをして、控えめに窺う。
「ああ、もちろん。ほら、食べよう」
茶懐石を前に微笑んだ彼に頷き、ふたり仲良く箸を手に取った。
今日が待ち遠しくてたまらなかった私は、昨夜はなかなか寝付けなかった。
この日のために肌のお手入れを普段よりも入念にし、昨日なんてとっておきの高級フェイスマスクを使ったのに……。興奮しすぎて起こった睡眠不足のせいで、この数日の努力が台無しになったかもしれない。
ナチュラルメイクに合わせて髪も緩く巻くだけにし、服は淡いブルーグレーのワンピースを選んだけれど、もっと盛った方がよかった気がしてくる。
そんなことを考えていると、角を曲がってくるオミくんの車が見えた。
自然と笑みが零れ、ソワソワしながら前髪を軽く整える。
「おはよう、茉莉花」
「おはよう。お迎え、ありがとう」
「これくらいいいよ。それより、『暑いから家で待ってて』って言ったのに」
運転席から降りて眉を下げた彼に、「平気だよ」と笑ってみせる。
オミくんとのデートだというのに、大人しく待っていられるわけがない。
一分でも一秒でも早く会いたいし、長く一緒にいたいからこそ、家で待っているなんてもったいないと思えた。
「じゃあ、とりあえず乗って。朝食は済ませた? 食べられそうなら、先にランチに行こうかと思うんだけど」
「朝は軽くしたからお腹空いてきたかも」
「それなら、先にランチを済ませてから遊びに行こう」
助手席に促され、ドアを開けてくれた彼にお礼を言って車に乗せてもらう。
車内に漂う香りに、鼓動が高鳴った。
「俺のおすすめの店でいい? 茉莉花、和食は好きだったよね?」
「うん、大好き」
ハンドルを握ったオミくんが、前を向いたまま瞳を緩める。
彼からはデートプランはなにも聞かされていないけれど、行き先もランチの内容も私にとっては重要じゃない。
オミくんと一緒にいられることが最高に嬉しくて、助手席から彼が運転する姿を見られるだけで特別感でいっぱいだった。
二十分ほどで着いたのは、高級住宅街の一角。
駐車スペースから見える門をくぐると、手入れの行き届いた大刈込の庭には大きな池があり、美しい柄の鯉が悠然と泳いでいた。
その奥にひっそりとたたずむ日本家屋のような造りの建物は、まるでどこかのお金持ちの家のようだった。
店名がわかるような看板などはないものの、確かここは有名な料亭だったはず。
大物政治家や芸能人も御用達と噂で、先月くらいに観ていたバラエティー番組の突撃インタビューを女将が毅然と断っていたのを覚えている。
女将の顔は朧気だったけれど、入口で出迎えられたときには『あの人だ!』と心の中で答え合わせができた。
「あの……ランチにしては高級すぎないかな?」
長い廊下を進んだ先にある奥の部屋は、とても広い和室だった。
今日はお礼という名目だからこそ、私がご馳走するつもりだった。
けれど、よく考えれば、オミくんが行くお店なんて高級店ばかりに決まっている。
浮かれすぎてすっかり失念していた。
財布の中には下ろしたばかりの現金やクレジットカードは入っているものの、入社二年目の社員の給料なんてたかが知れている。
兄や姉がどのくらいもらっているのかは知らないけれど、そこに関しては社長の娘でも贔屓はなく、私の年収はきっと彼の月収にも満たないだろう。
色々な不安を隠しながら、大きな座卓の向かい側に座るオミくんを見た。
「心配しなくても茉莉花は財布なんて出さなくてもいいから」
「え?」
「茉莉花のことだから、『今日はお礼だから私がご馳走する』とか言い出す気がしてたんだけど、違った?」
彼は千里眼でも持っているのかもしれない。
いつも私の心の中を見透かされている気がして、恋心がバレていないことがいっそ奇跡にように思えてくる。
本当はわかっていて知らないふりをしている……なんてこともあるのかもしれない。
そんな嫌な予想は瞬時に追い出し、小さなため息をついた。
「オミくん、最初から私が考えてること全部わかってたでしょ?」
「そういうわけじゃないよ。でも、どちらにしてもデートで女の子に財布を出させる気なんてないから、茉莉花は大人しく俺に甘えて」
いつも甘やかされている自覚はある。
それなのに、オミくんはさらに甘やかしてくれるつもりのようだった。
女性じゃなくて女の子扱いなのは、やっぱり妹のように思われているんだ……と感じて、胸がチクチクと痛くなったけれど。
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