嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜
一章 はじまりはひとつの嘘/四、本心 Side Masaomi【3】
* * *
恵比寿駅の目の前に建つ、高層ビル。
一棟丸ごと鷹見グループが所有している本社ビルの最上階で、第一秘書の小倉がため息をついた。
「社長、聞いていらっしゃいますか?」
「聞いてるよ。来年の創業記念パーティーのことだろ?」
彼が銀縁フレームの眼鏡のブリッジを押し上げ、「ええ、そうです」と頷く。
「今日はずっと上の空のようでしたので、てっきりお聞きになられていないのかと」
俺よりも十歳ほど年上の小倉は、たしなめるような視線を向けてくる。
「ちゃんと聞いてただろ? で、パーティーがどうしたって?」
「今年は会長と社長のご挨拶のあとに、雅臣社長からもご挨拶を……とのことです」
顔をしかめると、彼が白々しく微笑んだ。
会長とは鷹見グループ五代目総帥の俺の祖父、社長とは鷹見グループ六代目社長である父のことだ。
鷹見グループは、来年の一月で創業一五〇周年を迎える。
グループの基盤であるラグジュアリーホテルを中心に、二十年ほど前からは飲食業や高級スーパーといったサービス業にも参入し、収益はすべて右肩上がり。
貿易商として鷹見グループを築いた創業者の代からずっと一族経営で業績を伸ばし、今では国内五大企業に位置するほどの大企業へと成長した。
高校時代から父について仕事を学んでいた俺は、アメリカの大学に進学しながらグループ企業で経験を積み、タカミホテルの国内事業部取締役に就任して四年になる。
取締役という肩書きは、一族の中でも最年少で得られたもの。
それだけに祖父や父からのプレッシャーは大きく、パーティーなどでは必ず壇上に立たされていた。
「面倒くさいな」
「社長……。来年は節目である一五〇周年なんですから」
「今年も挨拶しただろ。おじい様や父にとっては何周年だろうと関係ないんだよ」
「仕方ないでしょう。あなたは鷹見グループの看板とも言える方なんですから」
「顔が無駄に取り上げられてるだけだ」
「イケメン御曹司、現代の王子様、顔面国宝、ですからね」
「いい年してなにが王子様だ」
嘆息する俺に、小倉がクスリと笑う。
「ルックスもれっきとした武器ですよ。広報部なんて『社長がメディアに出れば広告効果が抜群だ』といつも喜んでいます」
「それなら誰かに代わってほしいくらいだな」
「これでテレビにも出ていただければ、もっと喜ばれると思いますけどね」
「俺は芸能人じゃないんだ。鷹見のために雑誌のインタビューくらいは受けるが、それ以上のことはしない」
俺の決まり文句に、小倉が「承知しております」と笑みを浮かべる。その企むような表情には無言で眉を寄せ、あくまで今の姿勢は変えないことを暗に伝えた。
ただでさえ、数年前に雑誌に載ったのを機に世間で顔が知れ、ミーハーな女性たちに声をかけられることが増えて辟易しているのだ。
よく知りもしない女性と会話をする暇があるのなら、茉莉花との時間を作りたい。
セグレートで会うのもいいし、ディナーやドライブに行くのもいい。
彼女が喜ぶデートプランを立てるためなら、徹夜でリサーチするくらいのことは喜んでする。もちろん、デートのあとにはベッドで可愛がるのだ。
「それと、今夜の会食ですが」
楽しい想像から現実に戻された上、今夜の予定に触れられて顔をしかめてしまう。
「わかってる。『万里家具』の万里小路社長だろ」
万里家具は、タカミホテルで使用しているインテリアブランドのひとつである。
デラックスルームの椅子やソファは、すべて万里家具のものだ。
タカミホテルでは一般的なホテルで言うところのスタンダードルームなどがなく、デラックスルーム以上しか用意していない。
鷹見グループのビジネスホテル『タカミステーションホテル』ではエコノミーやスタンダードルームが中心となっているが、タカミホテル自体はラグジュアリーホテルとして展開しているためである。
つまり、万里家具は一般的なホテルで言えばスタンダードルームでしか使用していないのだが、この万里小路社長がなかなかに曲者なのだ。
祖父の代からの付き合いのために無下にはできないものの、スイートルームなどでも万里家具を使用してほしいと何度も言われている。
さらには、彼の娘と俺をくっつけたいらしく、こちらもまた厄介だった。
万里小路社長との会食も仕事の一環ではあるが、どの会食よりも一番億劫だ。
「月曜から万里小路社長と会食か。そんな暇があるなら、視察でも行きたいんだが」
「これもお仕事です。ところで、ご連絡はいつものように?」
「ああ、頼む。一時間で電話を入れてくれ」
「承知いたしました」
頭を下げた小倉は、会食が始まってから一時間後に電話をくれるだろう。
万里小路社長との会食中の会話は、大半が一人娘の話だ。
仕事の話ならまだしも娘の話なんて興味はないため、適当なところで切り上げられるように小倉に連絡を入れさせるのが最近では通例になっている。
優秀な彼は、いつも一時間前後で電話をかけてくると、急用だという方便で俺を会食から逃してくれるのだ。
仕事であれば、万里小路社長も不満があっても文句は言えない。
俺に言わせれば、そもそも会食自体が無意味ではあると思うが、先々代から恒例になっている三か月に一度のものを失くすことはなかなか難しい。
結果的に、これが一番角が立たずに無駄な会食を終わらせる方法なのだ。
「会議は十三時半からだったな。他に用件は?」
「ありません。社長はこれからどちらへ?」
俺が立ち上がると、即答した小倉が怪訝そうな顔をした。
「私用だ。ちょうど昼休みに入ったんだし、別にいいだろ?」
有能な秘書である彼は、「承知いたしました」と言い置いて社長室を後にした。
その姿を見送り、俺は急いで会社を出て車に乗り込んだ。
恵比寿駅の目の前に建つ、高層ビル。
一棟丸ごと鷹見グループが所有している本社ビルの最上階で、第一秘書の小倉がため息をついた。
「社長、聞いていらっしゃいますか?」
「聞いてるよ。来年の創業記念パーティーのことだろ?」
彼が銀縁フレームの眼鏡のブリッジを押し上げ、「ええ、そうです」と頷く。
「今日はずっと上の空のようでしたので、てっきりお聞きになられていないのかと」
俺よりも十歳ほど年上の小倉は、たしなめるような視線を向けてくる。
「ちゃんと聞いてただろ? で、パーティーがどうしたって?」
「今年は会長と社長のご挨拶のあとに、雅臣社長からもご挨拶を……とのことです」
顔をしかめると、彼が白々しく微笑んだ。
会長とは鷹見グループ五代目総帥の俺の祖父、社長とは鷹見グループ六代目社長である父のことだ。
鷹見グループは、来年の一月で創業一五〇周年を迎える。
グループの基盤であるラグジュアリーホテルを中心に、二十年ほど前からは飲食業や高級スーパーといったサービス業にも参入し、収益はすべて右肩上がり。
貿易商として鷹見グループを築いた創業者の代からずっと一族経営で業績を伸ばし、今では国内五大企業に位置するほどの大企業へと成長した。
高校時代から父について仕事を学んでいた俺は、アメリカの大学に進学しながらグループ企業で経験を積み、タカミホテルの国内事業部取締役に就任して四年になる。
取締役という肩書きは、一族の中でも最年少で得られたもの。
それだけに祖父や父からのプレッシャーは大きく、パーティーなどでは必ず壇上に立たされていた。
「面倒くさいな」
「社長……。来年は節目である一五〇周年なんですから」
「今年も挨拶しただろ。おじい様や父にとっては何周年だろうと関係ないんだよ」
「仕方ないでしょう。あなたは鷹見グループの看板とも言える方なんですから」
「顔が無駄に取り上げられてるだけだ」
「イケメン御曹司、現代の王子様、顔面国宝、ですからね」
「いい年してなにが王子様だ」
嘆息する俺に、小倉がクスリと笑う。
「ルックスもれっきとした武器ですよ。広報部なんて『社長がメディアに出れば広告効果が抜群だ』といつも喜んでいます」
「それなら誰かに代わってほしいくらいだな」
「これでテレビにも出ていただければ、もっと喜ばれると思いますけどね」
「俺は芸能人じゃないんだ。鷹見のために雑誌のインタビューくらいは受けるが、それ以上のことはしない」
俺の決まり文句に、小倉が「承知しております」と笑みを浮かべる。その企むような表情には無言で眉を寄せ、あくまで今の姿勢は変えないことを暗に伝えた。
ただでさえ、数年前に雑誌に載ったのを機に世間で顔が知れ、ミーハーな女性たちに声をかけられることが増えて辟易しているのだ。
よく知りもしない女性と会話をする暇があるのなら、茉莉花との時間を作りたい。
セグレートで会うのもいいし、ディナーやドライブに行くのもいい。
彼女が喜ぶデートプランを立てるためなら、徹夜でリサーチするくらいのことは喜んでする。もちろん、デートのあとにはベッドで可愛がるのだ。
「それと、今夜の会食ですが」
楽しい想像から現実に戻された上、今夜の予定に触れられて顔をしかめてしまう。
「わかってる。『万里家具』の万里小路社長だろ」
万里家具は、タカミホテルで使用しているインテリアブランドのひとつである。
デラックスルームの椅子やソファは、すべて万里家具のものだ。
タカミホテルでは一般的なホテルで言うところのスタンダードルームなどがなく、デラックスルーム以上しか用意していない。
鷹見グループのビジネスホテル『タカミステーションホテル』ではエコノミーやスタンダードルームが中心となっているが、タカミホテル自体はラグジュアリーホテルとして展開しているためである。
つまり、万里家具は一般的なホテルで言えばスタンダードルームでしか使用していないのだが、この万里小路社長がなかなかに曲者なのだ。
祖父の代からの付き合いのために無下にはできないものの、スイートルームなどでも万里家具を使用してほしいと何度も言われている。
さらには、彼の娘と俺をくっつけたいらしく、こちらもまた厄介だった。
万里小路社長との会食も仕事の一環ではあるが、どの会食よりも一番億劫だ。
「月曜から万里小路社長と会食か。そんな暇があるなら、視察でも行きたいんだが」
「これもお仕事です。ところで、ご連絡はいつものように?」
「ああ、頼む。一時間で電話を入れてくれ」
「承知いたしました」
頭を下げた小倉は、会食が始まってから一時間後に電話をくれるだろう。
万里小路社長との会食中の会話は、大半が一人娘の話だ。
仕事の話ならまだしも娘の話なんて興味はないため、適当なところで切り上げられるように小倉に連絡を入れさせるのが最近では通例になっている。
優秀な彼は、いつも一時間前後で電話をかけてくると、急用だという方便で俺を会食から逃してくれるのだ。
仕事であれば、万里小路社長も不満があっても文句は言えない。
俺に言わせれば、そもそも会食自体が無意味ではあると思うが、先々代から恒例になっている三か月に一度のものを失くすことはなかなか難しい。
結果的に、これが一番角が立たずに無駄な会食を終わらせる方法なのだ。
「会議は十三時半からだったな。他に用件は?」
「ありません。社長はこれからどちらへ?」
俺が立ち上がると、即答した小倉が怪訝そうな顔をした。
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