嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜
一章 はじまりはひとつの嘘/三、嘘で壊れた境界線【1】
六本木にある、大型複合施設。
その上階に建つマンションに、オミくんは住んでいる。
就職したとき、彼から『お祝いはなにがいい?』と訊かれて、『オミくんの家に行ってみたい』と答えた。
オミくんは『別になにもないよ』と苦笑ながらも、この部屋に招き入れてくれた。
後にも先にも、彼が部屋に入れてくれたのはあの日だけ。
そして、あのときは『他の部屋はダメ』と先手を打たれ、3LDKのうちリビングしか見ることができなかった。
つまり、私がオミくんの家に来るのは二度目。
寝室に入れてもらったのは、今夜が初めてだった。
三十帖はあるリビングの半分ほどの寝室。部屋の中心には、クイーンサイズのベッドが置かれている。
リビングと比べれば狭く思えるかもしれないけれど、それでも充分な広さだった。
綺麗に整えられている真っ白なリネンのせいか、それとも物が少ないせいか、なんだかホテルのような雰囲気がある。
もっとも、寝室全体が彼の香りに包まれていて、そうじゃないとわかるけれど。
「今ならまだ戻れるよ」
突っ立っていた私の前にいたオミくんが、静かに告げた。
私の意思を確かめるように、なによりも『戻ろう』とたしなめるように。
けれど、私は気づかないふりをする。
好きな人に抱いてもらえる機会は今夜を逃せば訪れない――と知っているから。
一生に一度の、千載一遇のチャンス。
もう未来が決まっている私に与えてもらえる、最初で最後の幸福。
嘘偽りの言い訳で手に入れた身勝手な幸せだけれど、彼にキスもその先も教えてもらえるのなら、今は他のことなんてどうでもよかった。
オミくん自身の気持ちでさえも。
「ごめんね、オミくん」
幻滅させたこと。
傷つけたかもしれないこと。
自分勝手なわがままに巻き込んでしまうこと。
それだけじゃないかもしれないけれど、思いつく限りの理由を頭の中で並べる。
「戻らないよ」
その上で、小さな声音ではっきりと答えた。
刹那、私を見つめる美麗な顔が微かに歪んだ。
「茉莉花はいつも俺を困らせる」
困り顔で微笑むオミくんを前に、胸がぎゅうっと締めつけられた。
私は、彼のことを〝いつも困らせていた〟のだろうか。
脳裏に過った疑問が私を責め、心を深く突き刺す。
それでも、後戻りはしない。ここまで来て戻りたくない。
たとえ、この先ずっと、大好きな人に笑いかけてもらえなくなったとしても……。
「言っておくけど、俺は優しくないよ?」
足を一歩踏み出したオミくんが、うっすらと笑みを湛える。
「茉莉花が泣いて叫んでも、きっとやめてあげない」
次いで冷たくひどい言葉を吐かれてたとき、改めて覚悟が決まった。
「いいよ」
自然と零れた微笑で彼を見つめ、もう一度「いいよ」と口にする。
「後悔なんてしないし、これきりでいいから……全部奪って」
好き。
大好き。
愛してる。
本当に伝えたい本心はすべて胸の奥に押し込めて、必死に笑顔を見せる。
強がりでもなんでもない。
好きでもない男性ではなく、ずっと好きだったオミくんに〝初めて〟を捧げられることが嬉しかった。
それだけで、この先なにがあっても生きていける気さえした。
彼の瞳が翳る。
その顔は悩ましげで、諦めを孕んだような苦笑が浮かんだ。
私に近づいてきたオミくんが、三歩目で私の手首を掴んで引き寄せた。
鼓動が高鳴る。こんな形でも単純な胸はドキドキしている。
バカだな、と自嘲しかけたとき。
「……っ」
私の顎を掬い取った彼が瞼を閉じ、私の唇をそっと塞いだ。
ムスクの香りが鼻先をくすぐり、唇に感じた熱に胸の奥が戦慄く。
泣きたくなるほど嬉しくて、同じくらいの切なさが突き上げてきて。瞳を閉じれば、すぐに前者が勝った。
その上階に建つマンションに、オミくんは住んでいる。
就職したとき、彼から『お祝いはなにがいい?』と訊かれて、『オミくんの家に行ってみたい』と答えた。
オミくんは『別になにもないよ』と苦笑ながらも、この部屋に招き入れてくれた。
後にも先にも、彼が部屋に入れてくれたのはあの日だけ。
そして、あのときは『他の部屋はダメ』と先手を打たれ、3LDKのうちリビングしか見ることができなかった。
つまり、私がオミくんの家に来るのは二度目。
寝室に入れてもらったのは、今夜が初めてだった。
三十帖はあるリビングの半分ほどの寝室。部屋の中心には、クイーンサイズのベッドが置かれている。
リビングと比べれば狭く思えるかもしれないけれど、それでも充分な広さだった。
綺麗に整えられている真っ白なリネンのせいか、それとも物が少ないせいか、なんだかホテルのような雰囲気がある。
もっとも、寝室全体が彼の香りに包まれていて、そうじゃないとわかるけれど。
「今ならまだ戻れるよ」
突っ立っていた私の前にいたオミくんが、静かに告げた。
私の意思を確かめるように、なによりも『戻ろう』とたしなめるように。
けれど、私は気づかないふりをする。
好きな人に抱いてもらえる機会は今夜を逃せば訪れない――と知っているから。
一生に一度の、千載一遇のチャンス。
もう未来が決まっている私に与えてもらえる、最初で最後の幸福。
嘘偽りの言い訳で手に入れた身勝手な幸せだけれど、彼にキスもその先も教えてもらえるのなら、今は他のことなんてどうでもよかった。
オミくん自身の気持ちでさえも。
「ごめんね、オミくん」
幻滅させたこと。
傷つけたかもしれないこと。
自分勝手なわがままに巻き込んでしまうこと。
それだけじゃないかもしれないけれど、思いつく限りの理由を頭の中で並べる。
「戻らないよ」
その上で、小さな声音ではっきりと答えた。
刹那、私を見つめる美麗な顔が微かに歪んだ。
「茉莉花はいつも俺を困らせる」
困り顔で微笑むオミくんを前に、胸がぎゅうっと締めつけられた。
私は、彼のことを〝いつも困らせていた〟のだろうか。
脳裏に過った疑問が私を責め、心を深く突き刺す。
それでも、後戻りはしない。ここまで来て戻りたくない。
たとえ、この先ずっと、大好きな人に笑いかけてもらえなくなったとしても……。
「言っておくけど、俺は優しくないよ?」
足を一歩踏み出したオミくんが、うっすらと笑みを湛える。
「茉莉花が泣いて叫んでも、きっとやめてあげない」
次いで冷たくひどい言葉を吐かれてたとき、改めて覚悟が決まった。
「いいよ」
自然と零れた微笑で彼を見つめ、もう一度「いいよ」と口にする。
「後悔なんてしないし、これきりでいいから……全部奪って」
好き。
大好き。
愛してる。
本当に伝えたい本心はすべて胸の奥に押し込めて、必死に笑顔を見せる。
強がりでもなんでもない。
好きでもない男性ではなく、ずっと好きだったオミくんに〝初めて〟を捧げられることが嬉しかった。
それだけで、この先なにがあっても生きていける気さえした。
彼の瞳が翳る。
その顔は悩ましげで、諦めを孕んだような苦笑が浮かんだ。
私に近づいてきたオミくんが、三歩目で私の手首を掴んで引き寄せた。
鼓動が高鳴る。こんな形でも単純な胸はドキドキしている。
バカだな、と自嘲しかけたとき。
「……っ」
私の顎を掬い取った彼が瞼を閉じ、私の唇をそっと塞いだ。
ムスクの香りが鼻先をくすぐり、唇に感じた熱に胸の奥が戦慄く。
泣きたくなるほど嬉しくて、同じくらいの切なさが突き上げてきて。瞳を閉じれば、すぐに前者が勝った。
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