嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜

桜月海羽

一章 はじまりはひとつの嘘/一、憧れの人との密会【5】

「茉莉花はスイーツが好きだろ? マカロンとかより、こういう現地ならではのものの方が楽しめるかと思って」
「おいしそう。食べるのが楽しみだな」
「結構甘いよ。俺はブラックコーヒーが欲しくなった」
「オミくんは食べたことあるんだ」
「一個だけね。どれにしようか悩んでたら、スタッフが『試しに食べて行って』ってくれたんだ」
「……そのスタッフさん、女性だったでしょ?」
「どうしてわかったの?」


切れ長の二重瞼の瞳が、少しだけ見開かれる。


「オミくんって、女性スタッフさんだとだいたいなにかサービスされるんだもん」
「そんなことないけど」


わずかに芽生えた嫉妬を隠し、小さく笑ってみせる。


切れ長の二重瞼の、焦げ茶色の瞳。絵画で描いたような、通った鼻梁。キリッとした凛々しい眉に、綺麗な形の唇。
メディアで『精巧な美術品のようだ』と形容される美しさを持つオミくんは、いつでもどこでも多くの女性の視線を引く。


一八二センチという高身長に、海外のイケメン俳優のように長い手足。
服の上からでも鍛えられていることがわかる筋肉も、程よく日焼けしている肌も、男性なのにどこか色っぽい。
天に二物どころか有り余るほどのものを与えられたと言っても過言ではないくらいに、彼の外見は美丈夫と形容したくなる美麗さなのだ。


一方で、私は兄と姉とは顔の系統が違う、見事なまでの童顔だ。
母譲りの丸みのある二重瞼。少し低い鼻に、すぐに紅潮する頬。
一五四センチの身体は華奢なのに、胸だけは手足にのわりにはボリュームがあり、なんともアンバランスなのである。
色白ということもあってか、余計にバランスが悪い気がするのだ。


そんな私たちが一緒にいても、きっと恋人のようには見えないだろう。
私が妹のように振る舞わなくたって、周囲から見ればせいぜい上司と部下か兄妹くらいにしか思われないに違いない。
安堵するような、悲しいような……。微妙な気持ちを呑み込むように、出されたばかりのミモザのグラスに口をつけた。


「茉莉花は最近どう? なにか悩んでることとかある?」
「いつも同じだよ。悩みは色々あるけど、目下の悩みはお父さんが頑固なこと」
「相変わらず、おじさんの言う区別は続いてるんだ」
「本当に困ってる。過保護になるのはわかるけど、ちょっと行き過ぎだよ」
「それだけ茉莉花が心配なんだよ」
「わかってる。わかってるけど……」


歯がゆさと情けなさのせいで、ため息が零れてしまう。
鷹見グループの御曹司で国内事業部取締役のオミくんから見れば、私の悩みなんてちっぽけすぎるだろう。


「茉莉花は優しいね」


けれど、私の頭をポンポンと撫でてくれる彼の顔つきは、いつもと同じように優しいものだった。


「おじさんの言う通りにするのは嫌なのに、自分がわがままを言えば上司を困らせるとわかってる。おじさんの気持ちだって理解してあげようとしてる。だから、肩身が狭くても自分を押し殺してるんだろ」


父に言わせれば、本当は社会に出すことなく嫁がせたかった……のだとか。
本気で実行しようとしていた父に、『それはあまりにもひどいよ』と泣きながら必死に訴えて……。そうしてどうにか手に入れたのが、今の生活。


「私にはそうするしかできないからだよ。でも、もっとちゃんと頑張りたいって思ってるの」
「うん、知ってるよ」
「お兄ちゃんたちに比べたら、私なんて戦力にならないだろうし……お父さんは仕事の話になると聞く耳も持ってくれないけど、残業だって勉強だってするのに……」
「もったいないね」


オミくんの瞳が柔らかな弧を描く。


「茉莉花はこんなに努力したがってて、本当は人一倍努力できる子なのに、それをわからないなんて。おじさんはすごくもったいないことしてるよ」


社交辞令のような励ましなのかもしれない。
ただ、子どもをあやすように慰めてくれているだけなのかもしれない。
それでも、彼の言葉が嬉しい。


家族にも友人にも言えないことだって、オミくんの前だけではいつも素直に打ち明けられる。
自分の想い以外なら、彼にはたくさんのことを聞いてもらっている。


月に一度か二度の、ほんのひととき。
今の私を支え、どんなものよりも心を癒してくれる。
オミくんと過ごせる時間は、私にとってそういうものなのだ。

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