嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜

桜月海羽

一章 はじまりはひとつの嘘/一、憧れの人との密会【3】

予定日よりも二か月近く早く生まれた私は、未熟児だったせいか新生児の頃から何度も体調を崩し、中学生になるまで入退院を繰り返していた。
成長に伴って少しずつ入院することは減ったけれど、主治医から激しい運動は避けるように告げられていたため、体育の授業はいつも見学だった。


けれど、心臓などの臓器に異常があったわけではなく、ただ体が弱かったというだけ。
成長とともに少しずつ体力がついて体調が安定するようになり、高校生になる頃にはすっかり体調を崩すことがなくなった。


大学に入学したあとからは、年に数回程度の風邪や気管支炎に罹る程度だというのに、父は今でも私のことを病弱だった頃のままだと思っている。
だから、自分の目の届く範囲に私を置きたがり、会社ではあからさまな贔屓をし、毎日必ず電話をかけてくるのだ。


友人と遊びに行くときだって、誰とどこに行くのかまで問われることも少なくはなく、ときどき無性に息苦しくなる。
ただ、私は幼い頃に何度か医師から『危険な状態です』と言われるような病状だったことがあるらしく、父の態度が未だに軟化しないのはそのせいだろう。


当時、病院のベッドで目を覚ますと、父が目を腫らすほど泣いていたことをなんとなく覚えている。
とはいっても、さすがに父の言動は行き過ぎていると思うけれど。


(でも、なにを言っても聞き入れてもらえないんだよね……)


どれだけ話をしても、いつも結果は同じ。
そのせいか、簡単に諦める癖がついてしまった。
おもちゃや服はたくさん与えてもらえたけれど、こういうときに私の意見を聞き入れてもらえたことは一度もない。
たとえ実家まで徒歩五分の距離であっても、一人暮らしの承諾を得られただけでも大きな進歩なのだ。


「でも、せめてあからさまな贔屓だけでもやめてくれないかな……」


ああいうとき、私はいつも情けなくて恥ずかしくてたまらなくなる。
それでも、できるだけ父の言う通りにしているのは、幼い頃に両親に散々心配や迷惑をかけたことや、父の言動の原因が病弱だった自分にあるとわかっているから。


子どもの頃に心労をかけた分、今は父の願いを最大限叶えたいと思う。
これが間違ったことだとしても、父との話し合いもまともにできない私にできることはこんなことくらいしかないからだ。


(情けないなぁ……)


いつも通りに自分自身にがっかりしたとき、スマホが短く震えた。

【明日の夜、時間ある?】

バナーに表示された差出人の名前と文面を見て、一気に頬が緩む。
メッセージアプリを開く頃には、満面に笑みが広がっていた。


急いで【うん!】と返すと、定型文のように見慣れた場所が送られてくる。
クラゲのキャラクターが【了解】と書かれた看板を掲げているスタンプを返すと、あんなにも憂鬱だった心が軽くなっていた。

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