運命の赤い糸が引きちぎれない

泉野あおい

16章:2m②

「危ないところによもぎを連れて行くはずなんてないでしょ」
「でも、私ならどんな中でも直さん見つけられるからっ!」
「それは、きっとそうだね」
「あんなに直さん、これからのこと楽しみにしてて。私だって覚悟もできて……。なのに、なんで今……」

「だから、そんな状態で、何があっても死なないって」

 ――あれぇ……?

 聞き覚えのある返答の声に、バッと振り向くと、後ろに直さんがいる。

「な、ななななな直さん!?」

 いつも通りの優しい笑顔で直さんはそこにいて、私は心底驚いて飛び上がった。

「い、生きてる! っていうかなんでここに!」
「もちろん生きてるよ。大事な『僕の恋人』残して死ねないでしょ」

 直さんはそう言って微笑むと、私の頭を優しく撫でる。
 隣にいた廉が大きくため息をついて言った。

「途中で人の話し切るなよ、最後まで聞け。直は、土砂崩れの現場の方に行ってとっくに一陣で戻ってきてる。重傷者1名と、先に救助できた軽傷2名を直が一緒に処置しながら搬送してきて、さっき重傷の患者さんの手術が終わったところ」
「ふぇ……」

 直さんの顔を見ると、直さんは私を見て愛おしそうに目を細める。
「手術は成功。作業員の方だからね、問題なく仕事復帰できるように最善を尽くしたよ」

 そう言うと、家でするような甘く蕩けるような目を私に向けた。

「まったく、何を勘違いしたのか知らないけど、こんなとこで大声で告白するなんて。僕の恋人は本当にかわいいんだから」

「~~~~~~~~~~~~……!」

 私が言葉にならない声で叫んだ時、直さんはいつの間にか周りにいたスタッフに、

「さて、次もまた運ばれてくるからね。みんな、もう少しがんばろう」といつも以上の上機嫌で言った。


 そして、私が真っ赤になったままその場に立ちすくんでいると、直さんが、人目もはばからず私の頬を優しく撫でる。

「よもぎも仕事でしょ? このまま僕のそばにいたい?」
「し、仕事です! 仕事に行きます! もう始業時間なので行きます! ご、ごめんなさい! すみませんでした! お、お騒がせしましたぁあああ!」

 恥ずかしくて、いたたまれなくて、目線を反らせたまま私はそう叫んで走り出した。

 
 そしてそのままもう一度ロッカールームに戻った時、松井さんがケラケラ笑って私に言う。

「ここまで響き渡ってたわよぉ」
「うぐぅっ……!」

(いますぐ消えたい!)

 そう思っているのに、松井さんは続けた。

「よもぎちゃんは直先生とのこと、あまりオープンにしたがってなかったでしょ? 直先生は早くオープンにしたかったみたいだから、さっきの告白、かなり喜んじゃって『僕の恋人』って強調してたの、こっちまで聞こえてきて笑っちゃったわよぉ」

(あれぇ……? 何か反応がおかしくない?)

 普通に驚かれると思ってた。
 だけどこれって……

 ――すでに知られてる!?


「……ちょ、ちょっと待ってください。ま、まさかみなさん、な、何かご存知なんですか……?」
「何かって……? あ! よもぎちゃんが恥ずかしがってなかなかオープンにできないって直先生が悩んでたこと? いや……土曜日、2人で旅行行くのに、直先生がカウントダウンしながら嬉々として猛スピードで大量の仕事をこなしてることかな?」
「なんでそれを! っていうか嬉々として、ってあの人は何やってんだ!」

(付き合ってるのを知られてたのかと思ったけど、なんで旅行のことまで知られてるの!)

 それになんで嬉々として猛スピードで仕事してるんだ! お願いだから、普通に仕事しててくれ!
「だってこの土曜、事務や外科、救命その他諸々、いつも以上にすっごい完璧なシフト組んでるし」
「そ、そうなんですか?」

「それに、大事な用事があるって言うから、何があるのか聞いてみたら、『よもぎとはじめての旅行なんだ』って心底嬉しそうに答えてくれたわよ? みんなそれ知ってるし、他の誰でもない直先生のためなら協力しようって、スタッフが一致団結してたわよ?」

 恥ずかしさのあまり、顔が爆発しそうになる。もう全てが恥ずかしくて、何が何やらわからなくなるくらいに……。

「やっぱり、いますぐ消えたい……!」

 しかし消えることなんてもちろんできず、私はその日一日、なぜか何人ものスタッフに『直先生、今朝のアレすごく喜んでましたよ! また時々でもやってあげてください!』という謎の声かけをされるのだった。

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