【完結】辛口バーテンダーの別の顔はワイルド御曹司

濘-NEI-

27.ロフトに二人は狭すぎる

 食事を終えて片付けも終わらせると時間は21時半になっていた。ソファーでのんびりしてテレビを見ていると、マサは思い出したようにコンビニに行ってくるとソファーから立ち上がる。

「私も行く?」

「何か要るなら買ってくるけど、ゴミが増えても困るだろ」

「そうだね。でもアイス食べたい」
「アイスね、何味でも平気か?」
「お任せして楽しみにしとく」
「責任重大だな」

 マサは笑うとジャケットを羽織ってスマホをポケットに入れ、絶対に扉は簡単に開けるなと釘を刺して家を出る。

 言われたとおり鍵を掛けた上にドアロックも閉めて、道香は一人ソファーに腰掛けてテレビを見た。

 確かに日中はバタバタして気が紛れたが、夜のこの時間になると、一人でいるのが不安になる。

 もう何もないはずだと分かってはいても、精神的にまだ回復していない証拠だ。

 裏のコンビニまでは2分も掛からない。買う物が決まっているなら10分と掛からず戻ってくるだろう。

 テレビのボリュームを少し上げると、スマホが鳴った。

 マサかと思ったが見覚えのない番号だ。気味が悪いのでミュートして電話が切れるのを待つ。道香は留守電の設定をしていない。けれど今はマサもいないので電話に出るわけにはいかない。

 同時にインターホンが鳴って、道香は身体を震わせる。こわごわとインターホンの画面を覗くとマサが映っていて安心する。

 しかし念のため電話を掛けると、インターホンの画面に手を振りながら、大丈夫俺だよと電話口で返事をするので鍵を開けてマサを迎え入れる。

「ただいま……どうした?顔真っ青だぞ」

 コンビニの袋を持ったまま道香を抱き寄せると、なにがあったんだ?と背中をゆっくり摩って落ち着かせるように頭も撫でる。

 とりあえず、部屋に上がろうとマサは道香に言い聞かせると、鍵をきちんと閉めて靴を脱ぎ、アイスを冷凍庫にしまう。

「で、何かあったのか」
「電話、知らない番号から電話があって」
「出たのか?」

 出ていないと、道香は黙ったまま首を横に振る。

「俺が折り返して相手を確認しても大丈夫か?」
「……うん」

 道香はマサにスマホを渡し、マサは履歴がリダイアルして正体不明の相手に電話を折り返す。
 数コール鳴った直後に明るい声の男性が出る。

『毎度ありがとうございます!リサイクル本舗、山本がお受けいたします』

 マサはその声を聞いて少し安心したように道香を見る。道香も業者に聞き覚えがあり、小さく頷く。

「ああ、すみません。お電話をいただいたようなのですが」

『……あ、石立様ですか?』

「ご用件は?」

『夜分遅くに申し訳ありません。水曜日のリサイクル品の回収の件なのですが、ご希望が夕方以降とのことでしたが、少し早まって15時ごろでは難しいでしょうか』

「それよりどうして携帯から?」

『ああ、失礼しました。夜間も作業に出ておりまして。携帯からご連絡する場合もあるんです』

「で、水曜の15時ですか?」

『はい!ご都合はいかがでしょうか』

 マサは少し考えると、スケジュールを確認しているのか自分のスマホをチェックしている。

「分かりました。都合をつけますので作業開始は15時でお願いします。あと申し訳ないんですが、誤って会社携帯の番号を伝えたので今から言う番号を控えてもらえますか」

『そうでしたか。少しお待ち下さい。……はい、伺います』

 マサが番号を言うと、相手はメモを取っているのか復唱して確認する。間違いありませんとマサは答える。

『この度はご無理を申し上げてすみません。ご承諾ありがとうございます!では、水曜日の15時に伺います。毎度ありがとうございます』

 通話の切れたスマホを道香に返すと、マサは少し安心したように業者だったなと呟いた。

「ごめんなさい。怖くて出られなくて」
「出なくて大丈夫だ。念のため着信拒否に設定しとけ」

「マサさん、さっきの番号は?」
「俺の会社携帯の番号だ。もうすぐ返却するけどな」

 マサはそう言うと怖かったろと道香を抱きしめた。道香はようやく安堵してマサを強く抱きしめ返す。

「俺がいない時に限って、まあよく色んなことが起こるな」

「……ごめんね」
「今日泊まることにして正解だったな」

 道香の髪を掻き上げて頬を撫でると、マサはそっとキスをして、改めて道香を抱きしめる。道香はその腕の中にいる安心感を手放したくないと強く思い直した。それと同時に、もっとしっかりしなければと自分を鼓舞した。

「ありがとうマサさん」

 腕を緩めると、にっこりと顔を見上げて、何味のアイスを買ってきたの?と尋ねる。

「すぐ食べるのか?」

 落ち着いた様子の道香に笑い掛けると、風呂上がりの方が美味いぞとマサは答える。

「じゃあお風呂入らないとね」
「さすがに一緒には無理だな」

 風呂場を覗き込んでマサは諦めたように呟く。それもそのはず、道香の家の風呂はトイレこそ別だが、一人立てればやっとの広さしかないユニットバスだ。

「お湯は貯める?」
「俺はシャワーで良いよ」
「ならお先にどうぞ」

 道香はマサの腕からスルリと抜け出すと、バスタオルを用意しに風呂場の方に向かう。

 マサはネクタイを外し、ジャケットとワイシャツ、ズボンを脱いでクローゼットに掛けると、ソファーに置いていたコンビニで買ってきたTシャツと下着、靴下を袋から出し、ゴミを小さくまとめてゴミ箱に入れた。

「マサさん、ズボンは無いけど、寒かったら大きめのパーカーがあるから出しておくね」

「もうそろそ11月か。そりゃ冷え込む日が増えるはずだよな」

「そうだね。いざとなれば暖房も入れられるから」

「パーカーが有れば大丈夫だろ」

 そう言ってマサはTシャツとパンツ姿で風呂場に向かう。
 道香はマサがシャワーを浴び始めたのを確認するとバスマットをセットして、ポットのお湯でコーヒーを淹れる。

 確かトランクケースにしまったはずの大きなパーカーを取り出すと、マサが着替えを置いた洗濯機の上に一緒に置いておく。

 スマホを充電すると、コーヒーを飲みながら週間天気予報を見る。今週は晴れが続くようだ。引っ越しの日に雨が降らないことに安堵して道香は肩を撫で下ろした。

 チャンネルを変更していると洋画をやっていたので何気なくそれを見る。道香が学生の頃に流行った映画で、映画館に一緒に観に行った相手はめぐみだった気がする。

「お先」
「え?もう出たの」
「よくこんなデカイの持ってたな」
「ブカブカなの着るのが流行った時期があったんだよね。まあ今や部屋着だけどね」
「道香も入ってこいよ」
「うん」

 コーヒーは口をつけてしまったが、まだあたたかいのでマサに飲むように伝えて風呂の支度をする。

 部屋着と下着をまとめた荷物から取り出すと、道香は部屋のドアを閉めて服を脱ぐと洗濯機に放り込む。洗濯機の蓋を閉じてそこに着替えとバスタオルを置くと、マサが出たばかりで暖かい風呂場でシャワーを浴びると、いつも通り髪を洗ってから身体を洗う。

 風呂場で髪の水気を絞るように落とすと、バスタオルに手を伸ばして髪や身体を拭く。

 下着をつけてキャミソールの上からパイル生地のパジャマを着ると、ドアを開けて部屋に入る。

「マサさん映画観てる?」
「いや、流し見」
「ドライヤー使うね」

 一言そう断ってドレッサーの前で髪を乾かす。時折振り返るとマサはテレビを見ながらタブレットで何かを確認している。忙しいのに来てくれたんだなと改めて申し訳ない気持ちになるが、気にしてしまうとキリが無いので、髪を乾かすことに集中した。

「ちゃんと乾かしたか?」
「バッチリ」

 ドライヤーを止めるとマサがすぐに声を掛けてきた。道香は笑って返事をすると、ドライヤーを片付けてマサの隣に座る。

「あ、アイス」
「忘れてたのかよ」

 マサは笑うと座ってろと立ち上がってアイスを持ってくる。

「どっちが良い?」

 カップ型のアイスは抹茶とバニラ味だ。二つをテーブルに置くと、マサは好きな方を食べろと道香に選ばせる。

「じゃあ抹茶!」
「ん。いただきます」

 二人で映画を見ながらアイスを食べる。今週は晴れるらしいよと何気ない話をしながら、たまにお互いのアイスを分け合ってどっちも美味しいねと道香が笑うとマサも優しく笑った。

 時計を見ると23時半。映画も終わってしまったので道香は食べ終えたアイスのゴミを分別して片付ける。

「そろそろ寝ないと大変じゃない?明日何時に帰る?」

 部屋に戻ってタブレットで何か作業をしているマサに声を掛ける。

「んー。7時半かな。ギリギリまで居るつもり」
「遅刻しない?」
「間に合うから気にすんな」

 タブレットをテーブルに置くと、横に座った道香を抱き寄せて髪にキスをする。

「それ仕事?」
「ああ、明日の確認」
「専務ってどんな感じなの」
「意外と自由」
「なにそれ」

 道香が笑うと、マサは少し真面目なトーンで就任の時期が微妙だったからなと話を続ける。

「形式上は下期で就任したんだけどあくまで肩書だけ。営業企画の方が忙しくて引き継ぎが難航したから、10月に入ってようやく掛け持ちしながらボチボチ専務の仕事を始めた感じ」

「そうだったんだ。じゃあ初めて会った時はもう専務だったの」

「肩書きは。な」

「大変な時期なのに、それってオーナーが入院したから?」

「まあ、元から睡眠が大事なタイプでもないし、バーの仕事も好きだからな」

「そっか。でもオーナーは専務になって喜んでるんじゃない?」

「めちゃくちゃ喜ばれた」
「慣れてきた?」
「どうかな。前は好きで楽しくてやってたけど、今はそういう感覚じゃないな」

「そうか。現場とか好きそうだもんね」

「企画練って色々試せるのは楽しかったかな。今後は親父の補佐をしながら、チャレンジに対してジャッジすることの方が多い立場だから。まあ、その辺りもやり方を変えて、もう少し現場側に寄せて仕事出来るように調整してるとこ」

「なんかやっぱり凄いね」

 聞いてたら別次元の話だよと道香は目を丸くする。
 マサは小さく笑うとなったものは仕方ないからと言って、腕を伸ばしてストレッチの要領で背中を捻って伸ばした。

「じゃあそろそろ寝ますか」
「そうだな」
「あ。マサさんのベッドに比べたら相当寝心地悪いからね」

 道香は覚悟した方がいいよと、脅すように笑うと先にロフトに上がる。

 マサはそれを確認すると、スマホを持って追い掛けるようにロフトに上がり、窮屈そうに身を屈める。

「ロフトに居るマサさんてなんか変」
「変ってなんだよ」

 マサは笑って道香のおでこを指で弾く。

「布団から落ちないようにね」
「確かに。シングルサイズじゃはみ出すな」
「じゃあ電気消すよ」

 そう言うと道香はスイッチを操作して部屋の電気を落とし、ロフトの照明だけにする。
 いつもは充分広く感じる布団も、マサと一緒だと狭く感じる。

 マサは道香の首元に腕を滑り込ませて腕枕すると、もう片方の腕を腰に添えて抱くように寝る姿勢を整える。

 道香はすっかり慣れたその腕の中で、目を閉じる。

 時計の針の音が静かに響く。

 マサは腕の中で目を閉じる道香の髪にキスをすると、道香の規則正しい寝息を確認して自分も目を閉じた。

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