【完結】辛口バーテンダーの別の顔はワイルド御曹司

濘-NEI-

21.類は友を呼ぶ

 日曜の昼とあって、大通りに出ると人通りが凄い。マサは改めて道香の手を掴み、指を絡めてしっかり握ると満足そうに人混みを掻き分けて目的地に向けて足を進める。

「このビルの二階」

 繁華街の一等地にある商業ビルの前で立ち止まると、じゃあ行くかと再び道香の手を引いた。

「いらっしゃいませ。盛長様。笹峰から伺っております。どうぞこちらにお掛けになってお待ち下さい」

 綺麗な顔立ちの女性がマサを見て少しだけ顔を赤らめる。けれどそばにいる道香を見ると、微笑ましそうに笑顔を浮かべて一旦席を離れた。

「笹峰さん?が知り合いなの」
「うん。まあ腐れ縁だよ」

 めぐみちゃんみたいなもんだよとマサは出されたコーヒーを飲んで笹峰が来るのを待つ。

「おお、高政!待たせたな。おっと失礼を。私がお客様のご担当をさせていただきます、TJ不動産の笹峰翔太郎ささみねしょうたろうです」

 チャコールグレーのスリーピースを着こなす男性は、そう言って名刺を差し出す。

 道香は名刺を受け取ると、ここでも小さく驚く。名刺には常務取締役とある。坊々のネットワークは侮れないなと道香は心の中で呟いた。

「ショータ、めぼしい物件は選んであるんだ。空き状況と内覧を頼みたいんだが、お前のとこで見れない物件は混ざってるか」

 マサはタブレットを取り出して、笹峰に確認をする。

「なるほど、新築物件だね。ちょっと出せる資料出してくるから時間をくれるか?」

「おう。頼むわ」

 笹峰は道香ににっこり微笑むと、印象的なフレームレスメガネを指で整えて席を立つ。

「インテリジェンス〜」

「ガリ勉タイプ。誠実で謙虚。既婚者で子供は二人。TJはアイツの親の会社」

 マサはそこまで言うと、デスクに置いたタブレットを回収して手元で物件を再度確認する。

「気になったとこじゃなくても、似てるところとか良いかもね」
「そうだな。ここなら変な物件を勧められる心配もないし、要望は全て聞いた上で紹介してくれるはずだ」

「好スタートになるかな」
「まあ大丈夫だろ」

 10分ほどすると、紙ベースの資料を何通か持って笹峰が戻ってくる。

「悪いな、お前も忙しいのに」
「いや、久々の現場仕事でワクワクしてるよ」

 マサと笹峰の短いやり取りを横で見ながら、それでは、と商談を開始する引き締まった声に道香は意識を集中させた。

「ご要望の何件かはうちと取引がないので、ご紹介出来ても少し時間をいただくことになります。現状で本日中に内覧までご紹介出来るのは残りのご希望の物件と、うちから紹介できる同じような条件の物件が三件ですね」

 プリントアウトした用紙を広げると、細かい条件や階層、入居者の世帯状況はどんな人たちが多く住む物件なのかを細かく説明してくれる。どれも実際見てみたい。

「今日全部回ることは可能ですよ」

 笹峰は道香を見て微笑むと、心が読めるのか顔に出ていたのか、近隣なので回りやすいと思いますとマサの方を見た。

「じゃあ全部お願いできるか」

「かしこまりました。では六軒ですね、しっかりと内覧なさるなら夕方の6時くらいまで掛かると思います。お時間はよろしかったでしょうか」

 マサは道香を見て、夜に挨拶に行っても大丈夫か尋ねる。道香は小さく頷いて、笹峰にも笑顔を向けると、お願いしますと頭を下げた。

 笹峰の運転で内覧に向かう。それぞれの家に個性的な魅力があって、見る度に選択肢が増えてしまって悩んで頭を抱える。

 マサは特に拘りが強い訳でもなさそうなので、部屋やバスルームなどの広さを確認する程度で、後は道香に任せきりだ。

 悩んだまま最後の六軒目の内覧に行った時に、道香は恋をしたようにビリビリと身体に電流が流れる感覚を覚えた。

 まずはエレベーターを降りると、広い廊下の各部屋の前には専用の門で仕切られた玄関ポーチがある。

 中に入ると、広々とした玄関に天井まで届く大きなシューズクローゼットは、ウォークインタイプで三帖ほどの広さがある。

 それはネットで目星をつけた物件ではなく、笹峰がチョイスした物件だった。

 6階建てのマンションではあるが、セキュリティは厳重でコンシェルジュも二24時間常駐しているらしかった。

 部屋数も3LDKと申し分なく、収納場所も豊富、何よりキッチンがアイランドキッチンだ。

 角部屋で最上階ならではの広いルーフバルコニーは、ガーデンチェアやテーブルを置いてもまだたっぷりと余裕がある広さ。そして窓が大きく、自然の採光も充分に取れる広いリビングと主寝室。

 マサが気にしていたバスルームもゆったりとしていて、洗面スペースも広く、何より生活導線の広さが魅力的だった。

「お気に召されましたか?」

 道香のキラキラする目を見ながら、笹峰は小さく笑うと声を掛けてくる。

「ええ、素晴らしいです」
「なんだ、道香もここが気に入ったのか」
「じゃあマサさんも?」
「ああ」

 マサは短く応えると、引っ越しの時期が決まっていないけど、ここで即決したいと笹峰に話をしている。

 契約に関しては二人に任せて、道香は改めて部屋を見て回る。どの部屋も広く、ゲストルームとして使うとしても圧迫感はないだろう。マサが提案したようにお互いの書斎として使うのも贅沢だが快適だと思う。

 立地も申し分なく、駅や繁華街には徒歩圏内で出られるが、戸建ての住宅地に建っているので喧騒とは無縁である。

「こんな素敵な家に住むなんてバチが当たらないかな……」

 道香は不安になるが、リビングへ戻ると、マサと笹峰が談笑している。

「防音とか消音はどうなんだ?」
「そうだな、設備的には整ってるから問題ない物件だよ。それに子供さんがいる世帯が下に住んでるけど、近隣からの苦情なんかは出た事ないよ」
「そうか」

 道香を視界に捉えると、マサは手招きして道香を呼ぶ。

「駐車場に空きがあるらしいから、実家から車引き取るよ。バイクも置けるっぽいし助かるわ」

「まず、住人の方以外は内部に入れないシステムになっています。ご友人などをお招きになる場合も、事前申請していただくシステムですので、その辺りはご注意くださいね」

「わあ、凄い徹底ぶりですね」
「ご安心いただける物件だと思いますよ」

 笹峰はニコリと笑うと、道香とマサを交互に見た。

 不動産屋まで戻ると、契約書に署名捺印して手付を納める。道香は飛び上がりそうになって冷や汗が滲んだが、マサは造作もなく札束を積み上げた。

「時期が決まれば、またすぐ連絡するよ」

「お前が道香さんみたいな良い人に逃げられないことを祈るよ」

「余計なお世話だ、バカ」

 笹峰は笑いながらマサとやり取りすると、部下の手前もあるのか、スッと表情を切り替えて改めて挨拶をした。

「盛長様、この度はご契約ありがとうございます。アフターフォローもその都度対応させていただきますのでご安心ください」

「ありがとう。成約までよろしくお願いします」

 マサが立ち上がるので、道香は慌ててそれに倣う。

 笹峰がエレベーターまで見送りに出てきたが、エレベーターが閉まる間際に今度はプライベートで飲みに行きましょうねと、友人らしい言葉を掛けてきた。

 道香がはい!と答えて頭を下げるとエレベーターの扉が閉まった。

「あー。これからまた馬車馬のように働かねえとな」

「私も少ないけど貯金はあるよ?」
「道香はいてくれるだけで良いから、その心配はするな」

「でも万が一の時は、私だって養う覚悟で働くから!」

 世の中何があるか分からないしと道香は鼻息を荒くした。

「そうか。俺養って貰えるんだ」

 声を出してマサが笑う。

 エレベーターを降りてビルを出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

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