【完結】辛口バーテンダーの別の顔はワイルド御曹司

濘-NEI-

17.これからのこと

 10分も掛からずにマサのマンションに到着すると、車を降りてめぐみに改めて礼を言う。

「今日も本当にありがとう。助かったよ」
「良いの良いの!アンタらには後日たっぷり奢ってもらうつもりでいるから」

 カラカラと笑うめぐみを見て、マサは溜め息を吐きながらも笑って承諾した。そして改めてマサの口から礼を告げられると、顔をしかめながら空を見上げて嘆く。

「やだ、雨降ってくるの?」
「アンタ、たいがい失礼だな」

 そうは言うもののマサは笑ってめぐみを見ている。その様子にホッとしつつ、道香は気を付けて帰るように告げて、走り出した車を見送った。

「さて。まずは謝らないとな」

 道香の手を引いてエレベーターに乗り込むと、仕事のことを黙っていたことを謝る。

「いや、何か事情があって話せなかったんだったら謝ることじゃないし」

「まあ、ゴタゴタした事情はあったな」
「なら別に……」

「それと、鍵まで渡しといてきちんと伝えてなかったからな。名前も気持ちも」

「……確かに」

 エレベーターが7階に着くとマサは念のため周囲を確認して、道香を守るように部屋の前まで誘導し、素早く扉を開けると先に部屋に入るように促した。

 取り急ぎ玄関に置きっ放しだった荷物を持ってリビングに入ると、電気をつけてソファーに座る。

 玄関がガチャリと閉まる音と、さらに内鍵を掛ける音がして、やはりマサもまだ精神的にピリついてることは伝わって来た。

「腹減ってるか?」
「あ、うん。昼から食べてないや」
「さすがにデリバリーまでは頭回らねえだろ」

 そう言うとスマホをタップして、自分は商談で少し食べたからと言って道香に食べたいものを尋ねた。

「肉。ガッツリお肉食べたい」
「はは。食欲あるみたいで良かった」

 マサが適当に頼んだ肉料理を待つ間、缶ビールを開けるとそれを飲んで時間を潰す。

「飯食いながら話して良いか」
「全部話してくれるなら良いよ、高政たかまささん」
「……マジで。それも後で説明するから」

 マサはごめんと呟くと道香を抱き寄せ、無事でよかったと抱きしめる腕に力を込めた。

「マサさんのせいじゃない。悪いのは嵯峨崎だから。あとは私の注意力と警戒心のなさ。だけど今日はめぐみがいてくれたから大丈夫だったでしょ?あんまり謝まったり過度に心配しないで」

「それでも今こうして話せて良かった」
「……うん」

 マサは腕を緩めると、道香の髪を掻き上げて優しくキスをするので、黙ってそれを受け入れ背中に回した腕で撫でてそれに応える。

 言葉は交わさずに何度も唇を重ねてお互いを確かめ合う。マサが本当に心配していたのは充分過ぎるくらい伝って来た。

「心配掛けてごめんね」
「道香が謝ることじゃない」

 困ったように笑いながら、マサは余程着慣れないのかネクタイに指を掛けて首元を寛げると、大きな溜め息を吐き出してビールを飲んだ。

 静かだと心が騒つくので、マサに断りを入れてテレビをつけ、何気なく時計を見ると22時前になっていた。

 タイミングよくインターホンが鳴り、マサは席を立つと玄関で商品を受け取り、またきちんと施錠したらしくドアロックが二重で掛かる音がした。

 マサがリビングに戻ると良い匂いがして道香のお腹が鳴る。

「そんなに減ってたか」
「分かんない。安心したのかも」
「そうか。じゃあ食うか」

 デリバリーのプラスチックケースに入ったままの料理をテーブルいっぱいに広げると、肝心の話をしようかとマサが切り出した。

「俺の名前は、もう知ってると思うけど盛長高政。32歳。グラッツ&ブレイザーは、うちのじじいが立ち上げた会社」

「まさかの御曹司!」

「そんな反応が返ってくる気がして言えなかったんだよ」

「は?」

 カットステーキを頬張りながら、道香は眉を寄せてマサを見る。

「肩書きに寄ってくる計算高い女は多いけど、なんでもない俺自身に寄り添ってくれるやつが良かったから」

「思いの外ピュアな部分があるんだね」

 道香は笑うとハンバーグを一切れ箸で割って、これも美味しいよとマサの口に運ぶ。

「酔ってハイになったり、愚痴をこぼして男運の悪さを嘆いたり、初めて会ったのに警戒心もなくペラペラとよく喋るやつだなって」

 電話番号まで渡して来たからなとマサが笑う。

「それ褒め言葉に聞こえないよ」

「挙げ句の果てに、雨宿りって家に呼んでも警戒心の欠片もなく風呂まで入って隣でぐーすか寝やがるし」

 笑ってビールを飲むと、でもそれが心地好かったと呟いた。

 職場では身元が知れているため、言い寄ってくる女性が後を絶たない。マサの見た目とバックにはグラブレも見えているからだろう。想像は出来た。

「いつ本当のことを言うつもりだったの」
「タクミのこともあるし、状況が落ち着いたらきちんと話すつもりでいた」

「でも、好きだとかそんなことすら聞いた覚えないんだけど」
「なら道香も同じだろ」

「それは……マサさん優しいから、きっと同情心から目が離せないんだと思ってた」

「あんなことになる前から道香を自分のものにしたかったよ」

「だけど同情が追い越したのね」

「違う。無理やりつけ込んででも俺のものにしたかった。正直、道香はタクミに好意を持ってたろ?俺はただの話しやすいバーテンなんだろうって。電話番号も教えろって言った割に、俺がコースターの裏に書いた番号もどこにやったか覚えてないだろ」

「……多分カバンの底の方にはある気がする」

「だろうな。だから諦めようかとも思った。実際お前は仕事が理由とはいえ、しばらく店に顔を出さなかったし。行きずりに愚痴をこぼすのにちょうどいい相手でしかなかったんだと諦め掛けてた」

 だけどあの時はなんだか胸騒ぎがして俺から電話してみたんだ。そう言ってようやく目線を道香に合わせる。

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