【完結】辛口バーテンダーの別の顔はワイルド御曹司

濘-NEI-

16.拭えない恐怖

「犯人確保のご協力ありがとうございます」

 絞め技を決めて犯人を押さえ込むめぐみに警官が話掛けるが、めぐみは道香を見て眉を寄せる。

「あのクソ野郎と無関係とは思えないんだけど?」

「……うん」

 二人の会話に警官は訝しむ表情を浮かべているので、めぐみが掻い摘んで事情を話した。

 事情を把握した警官は、二人に署まで同行するように促す。

 道香は警官にいったん断りを入れると、荷物を部屋に入れる許可を取り、旅行カバンとショッピングバッグを玄関に置いて部屋の鍵を閉めた。

 そのままパトカーに先導される形で最寄りの警察署に向かう。
 マサと来た警察署なので、車を降りると先程の警官に刑事課の戸熊が担当してくれている旨を伝えて、指定の場所で待機することになった。

「マサさんに連絡入れた?」
「ああ!忘れてた」

 スマホを取り出して、メッセージで概要を送る。既読にならないのでまだ仕事中なのかも知れない。

「にしても、部屋の前まで送り届けて正解だったね」

「めぐみ!いくら心得があるからってあんな危ないこと」

 めぐみは合気道や空手の有段者だ。それはもちろん分かってはいたが、まさか目の前で暴漢を投げ倒すとは思いもしなかった。

「目測で行けると思ったからね。マサさんもイケるかな」

 めぐみは私の心配はいいのよと笑うと、あの粘着変態、ぶち殺してやりたいわ!と警察署内で物騒なことを口走る。

「めぐみっ!物騒なこと言わないでよ」
「だって腹立つじゃない!アンタは本当に自分がどれだけ危な……」

 めぐみが道香に説教をし始めたところに、タクミの件を担当してくれている戸熊が顔を出した。

「石立さん!ご不安な中、大変な災難でしたね。申し訳ない」

「戸熊さん、頭を上げてください」

 立ち上がってと戸熊にそう声を掛けると、道香は今回の暴漢はタクミと関係がある人物なのか、一番気掛かりな質問を投げ掛ける。

「敢えて私を狙って来たんでしょうか」

「どうやら千葉、今回の暴行犯は嵯峨崎拓海さかざきたくみのイロらしくてね。嵯峨崎に頼まれて石立さんへの報復で襲ったことを認めています。しかし、まさかそちらのお嬢さんのことは想定外だったようですがね」

 戸熊はめぐみに笑い掛けると、改めて道香に向かって頭を下げる。

「彼女のような勇敢なご友人がいらしたから今回はことなきを得ましたが、我々の捜査が至らずに危険に晒してしまって大変申し訳ない」

「いえ、このとおり大丈夫ですから本当に頭を上げてください。それで、タク……嵯峨崎はどうなりますか?」

「先の事件に加えて今回の暴行教唆も追加される可能性が高いです」

「そう、ですか」

 道香は顔色を曇らせる。タクミはマサの自宅を知っていたのか、あるいは調べさせたのか。どちらにせよ、どこにいても安全は保証されない可能性が高い。それに千葉以外にもタクミの信奉者が居ないとは限らない。

「嵯峨崎の周りに、今回みたいに動く輩が居ない保証はありますか?」

 思うところは道香と同じだったのか、めぐみが戸熊の顔を見て尋ねる。

「それを踏まえて捜査を進める手筈です」
「なら、まだ道香の安全は保証出来ないってことですか」

 めぐみが苛ついた声で戸熊に食って掛かるので、道香はそれを嗜めると不安な面持ちのまま戸熊の顔を見て、現状出来ることは何か相談を持ちかける。

 10分ほど話し込んでいると、別の警官に案内されてマサがやってきた。

 遅くなってごめんと道香に断りを入れ、隣に座ると、マサはめぐみにも礼を言って戸熊に話掛ける。

「何度もお世話になります。大まかな説明は案内してくださった先日の刑事さんに聞きました。タクミの報復だということですが、他にも手管を増やしてそれを繰り返すことは考えられますか?」

 開口一番にマサはめぐみと同じく、他の手段で道香が狙われることを心配した様子を見せる。

「今しがた石立さんにもお話していたのですが、今回のことで嵯峨崎には接見禁止の措置をとります。残念ながら今のところ打てる手はそこまでになります」

 戸熊は頭を下げながら、拘留中のタクミの面会に訪れたのは、今回犯行に及んだ千葉だけだと言い、現状では千葉の供述から他に共謀する人物はいないと判断していると説明を続けた。

「それだけでも随分有難いです」

 マサは道香の震える手をそっと握ると、戸熊にタクミの罪状について確認する。

 20分ほどやり取りをして捜査の情報を聞き出すと、再度被害届を出して警察署を後にした。

「とにかく無事でよかった」

 マサは人目も憚らずに道香を抱きしめた。

「めぐみちゃんか……助かったよ。家の前まで送ってくれたおかげだな、ありがとう」

「それは当然だから良いのよ。それより今後どうするの?」

 めぐみは厳しい表情でマサを見ると、腰に手を当てて仁王立ちする。

「端的に言うと引っ越す。道香にも家は引き払って俺と住んでもらう」

 抱きしめる腕を離すとマサは道香とめぐみを交互に見てそう話す。道香は少し驚いて目を瞬かせるが、めぐみは黙っていない。

「アンタ随分自分勝手に決めるわね。四六時中見張れるわけでもあるまいし、相手は狡猾な異常者よ?それに道香の気持ちだって考えてあげてよ」

「もちろんだけど、一人に出来ないだろ」

「物理的に一人になることは避けられないでしょうが!道香は仕事だってあるのよ。閉じ込めておけるわけないでしょう」

「その辺りは考えがある。アンタが心配するのは分かるけど、とりあえず道香と話をさせてくれ。道香がそれを相談するのは構わないから」

 警察署の前でやり取りを白熱させる二人をやんわりと嗜めると、せめて場所は移した方がいいと道香は苦笑いでコインパーキングを指差した。

「すまん。慌てて来たから一緒に車に乗せてもらえるか」

「歩いて帰れば良いじゃない」

「ちょっと!めぐみ、なんでまマサさんちに行くのに放置しようとするの」

「冗談よ」

 めぐみは鼻を鳴らすと、マサに私は同席しないけど道香に無理強いしないでねと釘を刺した。

「んなこた分かってるよ。アンタも道香が相当大事なんだろうけど、それは俺も同じだ。だからそのために話しすんだよ」

 口調は悪いが、めぐみの気持ちを尊重するように言い改めるとマサは道香を見た。

「分かったから、落ち着いて。なんで二人はそんな空気になるの……」

 険悪になっている原因が自分かと思うと、複雑な気持ちになる。二人とも真剣なだけに茶化すこともできない。道香は頭を抱えた。

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