【コミカライズ原作】君とは二度、恋に落ちる〜初めましての彼に溺愛される理由〜

寧子さくら

ストーカー疑惑(3)

 奏への疑念は捨てきれないまま。仕事で東京へ向かった彼から電話がかかってきたのは、次の日の夜のことだった。

『ごめんね、昨日連絡できなくて。いろいろ立て込んでて』
「ううん、気にしないで。私も昨日は忙しかったから」

 寝る前の電話で、お互いにあったことを報告し合う。奏は、せっかく東京まで来たのだからと、あと数日向こうで仕事をしてから戻ってくるとのことだった。

「大変だね。東京と行き来するの。やっぱりオンラインだけだと完結しないんだね」
『うーん、そんなこともないよ? ただ、俺が仕事相手とはちゃんと会っておきたいってのがあって』

 電話やオンライン会議でも会話や仕事はできるけれど、会わないと分からない相手の表情や心の機微も大切にしたいと奏は話す。それが、彼が仕事をしている上で大切にしていることのひとつなのだと感じられて、強く共感できた。
 だからこそ、フルルとの仕事の際にわざわざ会いに来てくれたことに関しても、彼の仕事のポリシーみたいなものを感じて、疑念がひとつ解消された気がした。

「そうだ。今日会社の人に教えてもらったんだけど……」

 奏のSNSアカウントを見た話をすると、見られたことが恥ずかしいのか、受話器越しではにかむのがわかった。改めてお礼を言うと、奏は「大したことはしていない」と否定する。

『俺はただ、いい商品だと思ったから投稿しただけ。だけど、それが少しでも花梨の会社の為になったなら嬉しいな』
「少しどころか……本当にありがとう」

 純粋に商品を気に入ってくれたのだと分かり、嬉しく思う。やっぱり、みんなも私も考えすぎなだけかもしれない。奏がストーカーだなんて、そんなこと……。

『花梨? どうかした?』
「あ……」

 話の途中でつい考え込んでしまっていたことに気付き、慌てて姿勢を正す。

『ん? 何かあったの? ちょっと上の空って感じ』

 気になっていること、逆にすべて話してしまえば、スッキリするかもしれない。奏なら「何それ。ありえないよ」なんて笑って、流してくれそうな気がしたから。けれど、それこそ会って話したい。

「ううん、なんでもないから。今度会ったときにでも話すよ」
『そう? 気になるな』
「大したことじゃないからさ。そういえば、今ホテルに泊まってるんだよね? 生活しづらくない?」
『意外とそうでもないよ。余計なものがないから集中できるし』

 奏が泊まっているホテルは長期滞在プランもある場所で、なんとキッチンまでついているらしい。東京駅からのアクセスも良く、これから東京へ滞在するときはここを使う予定だと、彼は話す。
 そんなに定期的に東京へ行くのかと思うと大変そうだが、奏は特別気にしている様子はなかった。

『あ、でも、花梨に会えないのは寂しいかな』
「ふふ、昨日の朝まで会ってたのに?」
『俺は毎日でも会いたいよ? もちろん、今もね』

 ストレートに想いを伝えてくれて、胸が高鳴る。同時に、思わず「私も」なんて言ってしまいそうになり、知らないうちに彼への気持ちが膨れ上がっていることに気付かされた。

『でも、たまには電話で話すのもいいね。花梨の声、電話だとまた違う可愛さがあるから』
「そうなの? 自分じゃわかんない……」
『うん、すごく可愛い。今すぐ抱きしめて、キスしたいくらい』
「っ……。帰ってきたら、ね」
『そんなこと言われたら、今すぐ帰りたくなっちゃうな』

 奏の言葉は、いちいち私の胸をときめかせる。私のツボをすべて抑えているかのようだ。いや、もしかしたら、奏に言われるから嬉しいのかもしれないけれど。

『ねえ、もちろん帰ったらたくさんするけど、今もしてほしい』
「今って……」
『前に俺がしたようにしてみて』

 奏と付き合った日の電話で要求された、電話越しのキスを思い出す。なんとか誤魔化したかったけれど、向こう側で奏が期待している様子がひしひしと伝わってきたから、無視できない自分がいた。

『……まだ?』

 無言でその時を待ちわびていた奏が、急かすように口を開く。

「……やっぱり無理。恥ずかしいし」
『今は俺たちしかいないよ?』
「そう、だけど……」
『花梨。お願い』

 甘えるような声が、耳の奥に響く。まるで、すぐそばで奏が喋っているかのように。私はこの声に弱い。

「い、一回だけだからね」

 小さく息を吸うと、スマートフォンのマイク部分にそっと唇を寄せ、控えめなリップ音を鳴らす。すぐに羞恥が込み上げてきて、自ら布団に顔を埋めた。
 何これ、恥ずかしすぎる……!

『……やばい。もう一回して』
「しない! 一回って言ったから!」
『ケチ。俺が眠れなかったら花梨のせいだよ?』
「し、知らないよ」
『うーん、じゃあさ……』

 奏はどこか不機嫌そうだ。そして、言葉を少し溜めたあとで、とんでもないことを口にした。

『このまま電話でしよっか』
「へっ!? な、何を……?」

 で、電話でするとは……?
 一瞬よからぬ想像が芽生えたけれど、それを確認するのが怖くて、敢えて何も分からないふりをする。けれど奏には無意味で「言わなくてもわかるでしょ」なんて、小さくため息までつかれてしまった。

『会うまで待てないし……もっと花梨の可愛い声聞きたい』
「っ……」
『花梨は俺の言う通りにしてくれればいいから。自分で触れるよね?』
「ま、待って、それは……」
『まずは――』
「だ、ダメ! ストップ! 私もう寝るから!」

 断固拒否する私に、奏から本日二度目の「ケチ」をいただき、ギリギリで羞恥プレイを免れる。
 今まで二度抱かれたうち、どちらもノーマルだったから考えもしなかったけれど、もしかすると奏はなかなかの変態なのかもしれない。とは言っても、私は経験人数が少ないから、普通の基準が分からないのだけれど。

『じゃあ今日は我慢して寝るよ。夢でも花梨に会えるし』
「そんなに都合よく会えるもの!?」
『うん、見れるよ。俺、何度も花梨の夢見てるから』

 そういうものなのだろうか。少なくとも私は奏の夢は見たことないような気がするが、それを言ったら本気で悲しみそうなので、敢えて口には出さなかった。
 もともと私は夢すら見ずに、ぐっすり寝てしまうタイプだからかもしれない。

「……じゃあ、そろそろ寝るね」
『うん、おやすみ』

 互いにおやすみを言い合って、電話を切る。
 ……よかった普通に話せた。
 奏のおかげで、昼間みんなに言われた心配事は、いつの間にか忘れてしまっていた。やはり彼に限って、私を騙したり嘘をついたりするようなことはないはず。それはここ数週間、奏と過ごしてきてよく分かっていた。
 根拠はないけれど、そう信じたくて。電話を切ったあとで、スマートフォンを強く握りしめた。

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