【コミカライズ原作】君とは二度、恋に落ちる〜初めましての彼に溺愛される理由〜

寧子さくら

ストーカー疑惑(2)

「うう、社長も恋愛してるんですね……よかった……」
「いや、誰目線なの!?」

 中里ちゃんは、安堵したように胸に手を当てる。その横で葛巻くんですらも、無表情のまま同調していた。
 それでも二人とも、本気で私のことを心配してくれていたらしい。そう思うとなんだか申し訳ないような、こんな思ってくれる従業員がいて嬉しいような、だけどやっぱり奏とのことを知られて恥ずかしいような……いろんな気持ちがないまぜだ。

「そっか。だから小鳥谷さん、うちの会社のことにも親身になってくれるんですね~。愛ですね」
「いやいや、愛って……。あくまで仕事だから」
「でもわざわざ東京から打ち合わせにも来てくれたじゃないですか。って、あれ? あの時はまだ付き合ってないのか。さすがに付き合ったのは、次の日観光案内したあとですよね?」

 何一つ説明していないのに、中里ちゃんは、あたかも私たちを見ていたかのような口ぶりで話す。

「まあ、そうだけど……」
「そう考えるとやっぱり不思議ですよね。小鳥谷さんくらい有名で優秀な人が、こんな田舎の会社に来るなんて」
「え?」
「あっ、決してフルルのことは悪く言ってないですよ? ただ、おかしくないですか? 前に話した感じだと、仕事には困ってなさそうでしたし、クラウドソーシングなんて利用しなくても、十分仕事の依頼ありそうじゃないですか」
「言われてみれば、うちが出してる報酬なんて、他の企業と比べても安価なものですしね。しかも小鳥谷さん、クラウドソーシングのアカウントでは仕事してないのか、評価全然ついてなかったし」

 中里ちゃんの言葉に、葛巻くんもその通りだと同意する。
 クラウドソーシングで募集した仕事は、終了後に相手を評価する仕組みになっている。しかもその件数と評価は、非表示にはできないはず。ということは奏にとって、うちとの仕事が初めてだったのかもしれないのだ。

「えーますます怪しい! ってことは、うちとの仕事の為にクラウドソーシングに登録したとか?」
「いやいや、さすがにそれはないでしょ……」

 一体何のために。わざわざそんな面倒なことを。

「ちなみに小鳥谷さんって、もしかして出身がこっちとかですか?」
「ううん、生まれも育ちも東京だって……」
「うーん、それなら尚更おかしな話ですよね。打ち合わせの時だって、オンラインでやり取りするって言ったのに、交通費も宿泊費も小鳥谷さん持ちで来ちゃうんだから」
「まあ、それは俺も思ってました。もともとうちの会社に思い入れでもあるんですかね?」
「思い入れって、そんなの聞いたことないけど……」

 心のどこかで気になっていたけれど、敢えて口には出してこなかった疑問を、二人が次々とぶつけてくる。
 出会ってから付き合うまでは、どんなに展開が早かったとしても、運命だのインスピレーションだの、いろんな言い訳をすることができる。でも、出会いだけは変えられない。いつだって偶然の重なりで起こるものだから。
 一度湧いた疑問はふつふつと膨れ上がり、頭の中でぐるぐると巡る。そんな中、葛巻くんが何かを思い出したように「あ」と呟いた。

「そういえば、最初に挨拶したとき、小鳥谷さん社長に『やっと会えた』みたいなこと言ってませんでしたっけ?」
「え……?」
「一瞬知り合いなのかと思いましたけど、そうでもないみたいですし。ちょっと気になってたんですよね」

 そうだ。確かに奏は私を見た瞬間に、『やっと会えた』と口にした。一瞬聞き間違えかと思ったし、その後も普通にしていたから、あまり気にしないようにしていたけれど……。

「えー! じゃあ、小鳥谷さんは狙って社長に会いに来たんじゃないですか!? わざと仕事も選んで受けて」
「そ、それはないでしょ。私たち初対面だったわけだし……」
「向こうはどうか分からないですよ? 口ではいくらでも言えますし。ほら社長、前に県民TVに出てたから全国に顔が知れてるわけですから、それで一目惚れされちゃったとか!?」
「いや、怖。ストーカーじゃないすか、それ」

 興奮気味に話す中里ちゃんの横で、葛巻くんはぶるっと全身を身震いさせる。
 県民TVなんて、そもそも数分の尺でしか映ってないのに、そんな偶然は考えられない。しかも私は魔法少女カリンのコスプレをしてそばを食べていただけ。あんな姿を見て、一目惚れするような男性がいるとは到底思えない。
 いや、でも……先日海で奏にテレビに出演した件を話したとき、特別驚いていなかったような。それはまさか、既に知っていたから……?

「葛巻さんは黙っててください! いいんですよ、イケメンならなんでも許されちゃうから」
「いやいやいや、普通に怖いでしょ。もし出会いから全部計算されてたとしたら。イケメンとか関係ないですよ」
「そ、それはまあ……。って、これはあくまで妄想というか憶測ですし。さすがに小鳥谷さんはそんなことないですよね?」
「う、うん。さすがに――」

 ん……? 本当に……?
 そういえば、以前みなみにもストーカーじゃないかと言われた気がする。あの時は、まったく疑う余地もなかったけれど、今考えると、これまでだって私が話していないようなことまで知っていたような……。

「社長?」

 中里ちゃんに心配そうに覗き込まれ、はっと我に返る。これ以上話して、二人にあらぬ心配をかけさせてはいけない。

「な、ないない。さすがに! ……そんなことないよね?」
「え、どうして疑問形なんですか? まさか、何か思い当たる節でも……」
「ないよ! ないから! ていうか、無駄話してないで。はい、仕事しよ、仕事!」

 パンパン、と手を叩き、敢えて大きな声を出して頭を切り替える。
 万が一、いや億が一、奏がストーカーだったとして。やっぱり私なんかをストーカーする意味はないと思う。何の得もないはずだもの。そんなはず、絶対にないんだから。
 何度も自分にそう言い聞かせながら、心の中で「もしかしたら……?」と思う自分を、かき消していた。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品