【コミカライズ原作】君とは二度、恋に落ちる〜初めましての彼に溺愛される理由〜

寧子さくら

惹かれる心と体(3)

 その後もついつい遅くまで飲み過ぎてしまい、日付が変わる前にマンションに到着した。
 みなみからは別れた後で、「まだ信用しきったわけではないから」とメッセージが送られて来たが、用心深い彼女らしい。私はわりと単純な方だから、それくらい忠告してくれる友達がいたほうがいいだろうと、ありがたく助言を受け取っておいた。
 お風呂を出て、ミネラルウォーターで酔いを覚ますとベッドサイドの棚を見つめた。もう何年も変わらない場所で、十八歳の誠が無邪気に笑っている。

「いつまでも飾ってちゃダメだよね……」

 癖で毎朝手を合わせていたけれど、ここ最近は忘れてしまう日もあった。おそらく潮時なのだ。今こそやめるべき時なのかもしれない。
 いくら自分でも引きずっていないと言っても、これじゃあ未練がましく思われても仕方ない。それに、奏にだって悪い気がするから。
 パタン、と写真立てを倒すと、チャイムが響き渡り体を強張らせた。玄関まで迎えに行くと、同じくお風呂上がりの奏が立っていた。急いできたのか、まだほんの少し髪先が濡れている。

「待った?」
「ううん、今お風呂あがったところ。ごめんね、わざわざ」
「全然。俺が花梨と一緒に寝たかっただけだから」

 帰り道、明日の朝起きれるかと心配していたら、奏が起こしてあげると言ってくれて。どうせなら、一緒に寝ようかと言われたのだ。
 同じマンションに住んでいるが故に、こうやって、お互いに寝る準備を整えてから再び顔を合わせるのは、何だか不思議な感じだけれど。
 そして、奏を自分の部屋に入れるのは意外にも今日が初めてで、少し緊張していた。

「ここが花梨の部屋か。本当だ、作り違うんだね」
「だから奏の部屋のほうが広いって言ったのに。たぶん、ベッドも狭いよ?」
「いいよ。その分密着して寝れるから」

 もはや狭い方が嬉しいとでも言うように、奏が笑う。
 部屋に案内すると、ふと奏の視線が棚の上にあるのに気付いて、はっとする。どうせなら、写真立てごとしまっておけばよかった。不自然に倒れている写真立てを、急いで棚の中にしまうと、奏は察したように私の腕を掴んだ。

「もしかして、彼の写真?」
「う、うん。でも深い意味はなくて。ごめんね」
「気にしなくていいよ。言ったでしょ、無理に忘れなくていいって」
「わかってる。でも、もう本当に未練があるわけじゃないの。ただ癖で飾ってただけで……」
「それなら尚更そのままでいいのに」

 奏が気にしていないというのは、本心なのだろう。そこまで心が広いと、もはや仏の域に感じられてしまうほど。
 だけど、奏の気持ち以上に――

「私が、嫌なの」
「花梨が? どうして?」

 先ほど居酒屋で、奏の本心を初めて聞いた。正直、想像していた以上に、彼が私を真剣に思ってくれているのだと知った。あの言葉を信じたいと思った。だから――

「私も、ちゃんと奏と向き合って、好きになりたいって思ったの」
「え……」
「はじめに奏と彼がちょっと重なるって話したでしょ? あれは嘘じゃなくて、奏もそれでいいって言ってくれたけど……」

 真剣に思ってくれる奏に、中途半端な気持ちで向き合いたくない。それは彼に対して、すごく失礼なことに思えたから。

「奏のこと、彼に似てるとか一切関係なく、一人の人として好きになって恋愛したいの。すぐには無理かもしれないけど……でも、奏のこと本気で好きになれると思う。今だって、もう惹かれてるから、これからもっとって意味だけど……」

 自分で言っていて、羞恥が込み上げてくる。これじゃあ、愛の告白だ。けれど紛れもなく本心で、照れ隠しなんかで否定しちゃいけないと思った。
 奏は途中で口を挟むことなく、私の話を聞いている。どんな気持ちなのか表情からはまったく想像がつかない。
 言いたいことを言い終わると、部屋に静寂が訪れる。奏は沈黙を破ることなく私の腕を引き寄せると、そのまま強く抱きしめた。

「奏……?」
「ごめん、なんか嬉しくて……上手く言葉出てこないや」

 そう言って、言葉の代わりに、私を抱きしめる腕に一層力をこめた。

「ふふ、奏そんなことあるんだね」
「あるよ。花梨の前ではね」
「いつもそんなことないのに」

 心なしか彼が震えているような気がして、私も応えるように抱きしめ返す。しばしの無言の抱擁のあとゆっくりと体が離れると、微かに潤んだ奏の瞳が私を映した。

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