【コミカライズ原作】君とは二度、恋に落ちる〜初めましての彼に溺愛される理由〜
夏の終わりのキス(3)
砂浜にロウソクを立て、火を灯しては風で消えてしまう流れを、何度か繰り返す。五度目の火が灯ったとき、やっと一本目の花火に火が付いた。
「わ~! 綺麗!」
「本当だ。ねえ、こっちにもちょうだい」
一度ついた火が消えないように、互いに分け合いながら次々と火の花を咲かせていく。文字やマークを描いてみたり、くるくる回ってみたり……童心に帰った気分ではしゃいでいると、二人分の花火では物足りず、あっという間に最後の一本が消えてしまった。
「あー終わっちゃった」
真っ白な重たい煙を残したまま、辺りが再び暗闇に包まれる。名残惜しい気持ちで残りの線香花火を取り出すと、奏がハンカチを敷いてくれ、二人で砂浜に腰を下ろした。
「綺麗……」
線香花火は控えめに燃え始め、やがて激しい光に変わる。しかし――
「あっ!」
奏と同時に火を付けたというのに、私の火の玉はあっという間に砂浜へと消えていった。
「私、線香花火苦手なんだよね……」
「はは、わかる。何かそんな感じ」
「どんな感じ!? なんか、じっとしてるのが苦手っていうか……」
「うんうん」
潮風が絶え間なく吹いているというのに、奏の線香花火はびくともしない。そして十分に燃え続けたあとで、最後の命を全うするがごとく、ゆっくりと消えていった。
「す、すごい! 最後までいった!」
「だね。まぐれかな」
奏ははじめこそ謙遜していたが、そのあとの線香花火もすべて落とすことなく終わらせてしまった。もちろん、私は早々にリタイアしたのだけれど。
さすがに認めたのか、「俺、じっと待つのは得意みたい」なんて笑ってみせた。やっぱり彼に苦手なことはないのだろうか。
「もう少し買ってくればよかったね」
「十分だよ。それに花火って、終わった後すごく寂しくならない? だから、ちょっと物足りないくらいが寂しさが緩和されるというか、なんというか……」
鮮やかに夜の視界を照らしてくれるのに、散った後に押し寄せる静寂と暗闇がやけに虚しくて、なんとも表現しがたい。
「……風流だね」
「ふふ、適当にまとめたでしょ」
「そんなことないよ、なんとなくわかるから。夢みたいだよね」
「夢?」
「うん、とても儚くて脆い。見ている間は何だってできる気がするのに、目が覚めて現実に引き戻された瞬間に、虚無感に襲われるんだ」
「……風流だね」
「花梨も適当じゃん」
こんな会話をしてしまうのも、どこか非日常的な空間にいるからかもしれない。思わずクスクスと笑い合った声は、すぐに波音にかき消されていく。
「でも、花梨が元気そうでよかった」
和やかな時間の後、奏が優しい眼差しで私を覗き込む。そして、包み込むように私の頭を撫でた。
「元気って……どうして?」
「今日、葛巻さんに仕事の連絡したときに、ちょっとトラブルがあって忙しいって聞いてさ。詳しくは知らないけど、昼間花梨から連絡がきたとき、元気なさそうだなって思ったから」
「それで、ドライブしようって言ってくれたの?」
「ちょっと気分転換になるかなって。まあ、俺が会いたかったのもあるんだけど。……考えすぎ?」
仕事終わり、急に迎えに来てくれたときは驚いたけれど、奏なりの優しさだったのだ。どうして彼はいつもこう、私の気持ちを一番に考えて寄り添ってくれるのだろうか。
「……ううん。当たり、かも」
「何かあったの?」
「大したことじゃないんだけど、ちょっと嫌なことがあって……」
仕事の愚痴も弱音も、普段から誰にも吐かないようにしているというのに、なぜか奏には話せる気がして。今日、会社であったことをぽつりぽつりと吐き出していく。
「実は前にね、県民TVっていう番組に出演したんだけど……」
「うん?」
あることないこと書かれたレビューと、私への誹謗中傷、そしてキャンセルの件まで。奏は小さく相槌を打ち、ときに共感してくれながら、私の話を聞いてくれた。
「テレビに出演する時点で覚悟はしてたけど、私のことだけじゃなくて商品も悪く言われて。ショックだったし、私の判断も軽率だったのかなって思っちゃって」
話題になれば売れる、という考えは甘かったのだろうか。デメリットまで考えられていなかったのだから。
「それに……こんな些細なことでいちいち気にするなんてダメだよね。社長のメンタルが弱いとみんなにも悪影響だし」
「些細なことじゃないよ。誰だって嫌なことがあったら傷ついたり、落ち込んだりするし。その度合いは人によって違うかもしれないけど、普通のことだよ。花梨は社長である前に、一人の人間なんだから」
「うん……」
「そもそも、花梨の行動は誇るべきことだと思うよ。少なくとも俺は、軽率だなんて思わない。目立つのって、やっぱり怖いだろうし……会社の為にした覚悟は、並大抵のものじゃないでしょ」
決して私の言葉を否定せず、そしてその場しのぎの言葉で肯定するだけでなく、海のような優しさで包み込んでくれる。そんな奏の優しさに、胸の奥がきゅうっと熱くなった。
「なんて、偉そうなこと言ってごめんね。たぶん俺には、花梨の気持ちを全部理解することはできないと思うけど、話を聞いたり気分転換させてあげることはできるからさ。いつでも頼って」
今日のドライブも花火も、その為だったのだろう。奏は一言も言わなかったけれど。
「ううん、ありがとう。奏のおかげでちょっと元気出た」
「本当に? 俺、案外人の相談乗るの得意なのかも」
敢えて空気をしんみりさせないようにか、奏が冗談っぽく笑う。彼は本当に人の心の機微を汲み取るのが上手い。そんな部分を、私も見習いたいなと思った。
「わ~! 綺麗!」
「本当だ。ねえ、こっちにもちょうだい」
一度ついた火が消えないように、互いに分け合いながら次々と火の花を咲かせていく。文字やマークを描いてみたり、くるくる回ってみたり……童心に帰った気分ではしゃいでいると、二人分の花火では物足りず、あっという間に最後の一本が消えてしまった。
「あー終わっちゃった」
真っ白な重たい煙を残したまま、辺りが再び暗闇に包まれる。名残惜しい気持ちで残りの線香花火を取り出すと、奏がハンカチを敷いてくれ、二人で砂浜に腰を下ろした。
「綺麗……」
線香花火は控えめに燃え始め、やがて激しい光に変わる。しかし――
「あっ!」
奏と同時に火を付けたというのに、私の火の玉はあっという間に砂浜へと消えていった。
「私、線香花火苦手なんだよね……」
「はは、わかる。何かそんな感じ」
「どんな感じ!? なんか、じっとしてるのが苦手っていうか……」
「うんうん」
潮風が絶え間なく吹いているというのに、奏の線香花火はびくともしない。そして十分に燃え続けたあとで、最後の命を全うするがごとく、ゆっくりと消えていった。
「す、すごい! 最後までいった!」
「だね。まぐれかな」
奏ははじめこそ謙遜していたが、そのあとの線香花火もすべて落とすことなく終わらせてしまった。もちろん、私は早々にリタイアしたのだけれど。
さすがに認めたのか、「俺、じっと待つのは得意みたい」なんて笑ってみせた。やっぱり彼に苦手なことはないのだろうか。
「もう少し買ってくればよかったね」
「十分だよ。それに花火って、終わった後すごく寂しくならない? だから、ちょっと物足りないくらいが寂しさが緩和されるというか、なんというか……」
鮮やかに夜の視界を照らしてくれるのに、散った後に押し寄せる静寂と暗闇がやけに虚しくて、なんとも表現しがたい。
「……風流だね」
「ふふ、適当にまとめたでしょ」
「そんなことないよ、なんとなくわかるから。夢みたいだよね」
「夢?」
「うん、とても儚くて脆い。見ている間は何だってできる気がするのに、目が覚めて現実に引き戻された瞬間に、虚無感に襲われるんだ」
「……風流だね」
「花梨も適当じゃん」
こんな会話をしてしまうのも、どこか非日常的な空間にいるからかもしれない。思わずクスクスと笑い合った声は、すぐに波音にかき消されていく。
「でも、花梨が元気そうでよかった」
和やかな時間の後、奏が優しい眼差しで私を覗き込む。そして、包み込むように私の頭を撫でた。
「元気って……どうして?」
「今日、葛巻さんに仕事の連絡したときに、ちょっとトラブルがあって忙しいって聞いてさ。詳しくは知らないけど、昼間花梨から連絡がきたとき、元気なさそうだなって思ったから」
「それで、ドライブしようって言ってくれたの?」
「ちょっと気分転換になるかなって。まあ、俺が会いたかったのもあるんだけど。……考えすぎ?」
仕事終わり、急に迎えに来てくれたときは驚いたけれど、奏なりの優しさだったのだ。どうして彼はいつもこう、私の気持ちを一番に考えて寄り添ってくれるのだろうか。
「……ううん。当たり、かも」
「何かあったの?」
「大したことじゃないんだけど、ちょっと嫌なことがあって……」
仕事の愚痴も弱音も、普段から誰にも吐かないようにしているというのに、なぜか奏には話せる気がして。今日、会社であったことをぽつりぽつりと吐き出していく。
「実は前にね、県民TVっていう番組に出演したんだけど……」
「うん?」
あることないこと書かれたレビューと、私への誹謗中傷、そしてキャンセルの件まで。奏は小さく相槌を打ち、ときに共感してくれながら、私の話を聞いてくれた。
「テレビに出演する時点で覚悟はしてたけど、私のことだけじゃなくて商品も悪く言われて。ショックだったし、私の判断も軽率だったのかなって思っちゃって」
話題になれば売れる、という考えは甘かったのだろうか。デメリットまで考えられていなかったのだから。
「それに……こんな些細なことでいちいち気にするなんてダメだよね。社長のメンタルが弱いとみんなにも悪影響だし」
「些細なことじゃないよ。誰だって嫌なことがあったら傷ついたり、落ち込んだりするし。その度合いは人によって違うかもしれないけど、普通のことだよ。花梨は社長である前に、一人の人間なんだから」
「うん……」
「そもそも、花梨の行動は誇るべきことだと思うよ。少なくとも俺は、軽率だなんて思わない。目立つのって、やっぱり怖いだろうし……会社の為にした覚悟は、並大抵のものじゃないでしょ」
決して私の言葉を否定せず、そしてその場しのぎの言葉で肯定するだけでなく、海のような優しさで包み込んでくれる。そんな奏の優しさに、胸の奥がきゅうっと熱くなった。
「なんて、偉そうなこと言ってごめんね。たぶん俺には、花梨の気持ちを全部理解することはできないと思うけど、話を聞いたり気分転換させてあげることはできるからさ。いつでも頼って」
今日のドライブも花火も、その為だったのだろう。奏は一言も言わなかったけれど。
「ううん、ありがとう。奏のおかげでちょっと元気出た」
「本当に? 俺、案外人の相談乗るの得意なのかも」
敢えて空気をしんみりさせないようにか、奏が冗談っぽく笑う。彼は本当に人の心の機微を汲み取るのが上手い。そんな部分を、私も見習いたいなと思った。
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